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3話

 狭い格子の隙間から淡い月の光が暗闇へと降り注ぐ。


 ガタンゴトン。


 護送車の振動が身体に伝わってくる。エレナは重い瞼をゆっくりと開けた。

 隙間がないほど護送車の中は人で埋め尽くされており、珍しい髪の色や瞳の色、見目麗しい容姿の幼子達で溢れかえっている。


(……私、まだ生きていたのね。ここはどこ、かしら?)


 軋む身体に喘ぎながらも、自分の身体を見た。相変わらず真っ白な下着は敵の血で真っ赤に染まっており、かなり血生臭い。


 ガチャリ。


「……え?」


 音が聞こえたところに目を向けると、首に魔封じの陣が刻まれた首輪と頑丈な足枷が嵌めてあった。


「随分とまあ警戒されたものね……」


 エレナはボソリと呟く。

 この世界には魔力というものが存在し、王家の血筋に近ければ近いほどその力は強くなっていく。

 国王に次ぐ魔力の持ち主であるシュルツ王子と王家の血が流れる公爵家の娘であるエレナとの婚約は必然なことだった。だから、いくらローズ男爵令嬢との間に子供が生まれようが、結局はエレナの血をひく子供の方が王位継承権は高くなる。

 国王に必要なのは、全ての国王を潤す膨大な魔力。愛など必要ないのだ。

 また(おおやけ)には秘密にされているが、エレナは王家の直系であるシュルツ王子よりも所持している魔力が強かった。その力は初代国王の魔力を遥かに凌ぐと言われている。

 太古の昔、ギルバート公爵家は神狼と血の契約を結び、王国の窮地を救った。その際、ギルバート公爵家の血と神狼の血が混ざり合い、その血は刻々とギルバート公爵家に受け継がれている。中でもエレナは、神狼の血の影響を強く受け、人間では有り得ないほどの魔力の持ち主である。それが原因で、エレナは神狼の眷属である白狼に変幻することができた。

 この事実に目をつけた王族は、無理矢理シュルツ王子とエレナとの婚約を取り付けてしまった。

 魔力は権力の塊。魔力がなければ、他国に対抗するどころか、国を治めることさえもできない。


(ヴァンは無事に公爵家に辿り着けたかしら……リリーがついているから大丈夫だとは思うけれど……)


 我が身よりも弟のヴァンの心配をしてしまうのは、姉だからだろうか? 

 自らを囮にし、ヴァンを逃したことに後悔はしていない。なぜなら、弟の命を姉として救うことができたのだから。


 それから、エレナは公爵令嬢としてのプライドがズタズタにされるほどの酷い扱いを受けた。

 身につけていた装飾品は昔初恋の相手から貰った小物のネックレス以外全て盗られ、奴隷が着るようなボロボロの麻服を渡された。多分記憶を取り戻すエレナだったら発狂していたことだろう。

 まあ、生憎前世で味わったサバイバルに比べたら全然マシだ。

 前世のエレナは十六歳の時、山で遭難し、二週間山を彷徨ったことがあった。救出されるのが少しでも遅れていたら、きっと野生に帰っていたことだろう。三日間飯抜きなんて当たり前だったし、生き残るためにあらゆる生き物の命を奪った。

 それに比べて、味さえ我慢すればご飯にありつけるし、なんといっても自分の近くに人がいる。人は群れて生きる生物で、強靭な精神を持っていない限り、一人で生きていくことはできないだろう。

 だからエレナにとって、近くに人がいるということが一番有り難かった。ただ人が入れ替わることを除いては……。


(はあ……仮にも公爵令嬢であった私が奴隷まで堕ちるとは……随分と落ちぶれたものね)


 思わず溜め息が出てしまった。


 ずっと格子の中で生活していたせいか、時間の感覚が少しずつおかしくなってきた。

 今日で何十日目だろうか。幾度なく変態オヤジ共に犯されそうになりながら、それを乗り越えてきたエレナに怖いものなどなかった。『やられたらやり返す』主義なので、変態オヤジ共の急所を不能になるまで蹴り上げたことはエレナだけの秘密である。


 抵抗するたびに、鞭で叩かれ、その痛みで何度も意識を飛ばした。それでも、エレナは決して泣かなかった。いつか、きっと誰かが助けに来てくれると信じていたから……。


 しかし、それは道中を旅していた旅人達の噂話を耳にしたことで粉々に打ち砕かれた。


『シュルバート王国のシュルツ王子が男爵令嬢を側室に迎えるらしい』という話はエレナにとってさほど重要ではなかった。勝手にやってろ、とさえ思った。


 それよりも『ギルバート公爵一家が不審な死を遂げた』という話の方が、十六歳のエレナの心を壊すにはあまりにも十分すぎるものだった。


 この時、エレナは一晩中静かに泣き続けた。宰相として常に帝国を支えてきた父、『社交界の華』とまで呼ばれた母……そして肉らしいけど可愛い自慢の弟。もう彼らにエレナは会うこともできないのだ。


その日から、エレナの色鮮やかだった世界は白黒の世界へと変化した。

周囲は人形のようで狂気の塊であるエレナを不気味がり、誰一人買おうとはしなくなった。


「────」


 初恋の相手の名前が口から漏れる。今となっては淡い初恋。叶うはずもない恋だと分かっていたが、それでもやめられなかった。


「……会いたい」

時間の流れが可笑しかったので、訂正しました。

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