理由~featuring 山本~
「俊哉君は意識を取り戻して、ゆっくり寝ているところです。彼は熱中症だろうと思われます。恐らく、最近は気温が急に上昇しましたので、その影響も考えられます。他の部員さんが熱中症を発症する前に、こまめな水分補給を呼びかけてください」
と医者は監督と顧問に告げた。
「分かりました。ありがとうございます」
と顧問は医者に頭を下げた。顧問は監督に向き直り
「監督、あの子達の練習には監督が必要です。この子の保護者にも連絡しました。後は僕が看ておきますので」
と顧問が言うと、監督は
「すまない、任せた」と言って学校へ向かっていった。そして顧問は俺に向き直り、
「君は来る必要があったかな?」
と言った。その言い方にイラッと来た俺は
「“友達”なんで。」
と“友達”の部分をやたら強調して答えた。
「そうか、それは彼にとっても良い事だろう。友達はいないと思ってたもんでな。悪い。」
と言う顧問の言葉に再び腹が立った。
「友達はいないと思ってた、ってどういう意味ですか?彼は…」
と言いかけている俺の言葉を遮り、
「いや、悪かったな。しかし、彼はずっと練習をしている。朝から晩までだぞ? だが、その間、あの取り巻きの女子生徒以外が、彼に声をかけているところは見たことがないんだ。だから、友達はいないと思っていたんだよ。」
と顧問は言う。
確かに、俺が武田を見に行ったのも今日が初めてだし、クラスメイトと言っても同じ部活生しか見に行かないし、そういうことを考えると、周りから見れば友達は居ないと思われていても無理はない。ふと、俺は武田の事を“友達”と呼べるのか、と疑問に思ってしまう。
「でも、俺はコイツの友達です。」
と寝ている武田を見て、自分に言い聞かせるように言った。
俺は立ち上がり
「先生のお名前をお伺いても宜しいですか?」
と聞くと
「俺は熊谷 哲夫だ。普段は3年の英語を教えている。」
と答えてくれた。
「熊谷先生、コイツは俺がついてるんで大丈夫です。先生も学校に戻られては?」
と提案すると
「いや、保護者が来るまでは離れられない」
と断られた。
「でも、他の部員さんも倒れたら大変ですよ。彼は大丈夫です。俺から伝えときますんで」
と言うと、少し沈黙した後、
「わかった、頼んだぞ」
と言って、顧問は病室を後にした。
「おい、武田。お前、頑張りすぎじゃねぇのか?何でそこまで頑張る必要があるんだ?」
と独り言のように言いながら、気がつけば武田の頭を撫でていた。それに気づいた瞬間、俺は手を引いた。
「何してんだよ、俺…」
と呟くと、俺はまた武田に話し始めようとした。
すると、武田は
「親父…」
と呟いた。
「おいおい、俺はお前の親父さんじゃ無いぜ?」
と笑うが、すぐに寝言だと気づいた。少しして、武田は再び寝言を話し続ける。
「親父、俺さ親父の夢、叶えたいんだよ。息子が甲子園出てるっ て夢をさ。でも、俺の叶えたい夢もあるんだ」
武田はへへへっと笑いながら言った。
「なんだなんだ?メジャーリーガーか?」
と俺は笑いながら言うと
「いーや、俺の夢はさ、甲子園に出て、母さんに見てもらうことなんだよ。母さんがどこかで俺の事を見たら、きっと俺の事を誇りに思ってくれると思うんだよな」
俺は武田の寝言を聞いて
「そうか…」
と呟いた。
「だからお前は頑張ってるんだな。俺も応援するよ」
と言って武田の手を握りしめた。少しの沈黙の後、武田はいびきをかきながら寝た。
また暫くして、武田の親父さんが病室に来た。武田の状況を伝え、学校に武田の荷物を取りに行く旨を伝えて、病院を後にした。
「俺達、似てるかもな、武田」
夕焼けを眺めながら呟いた。