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2人はその時、本当の愛を知った  作者: 楯山 鐘光
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念望~featuring 武田~

──「ねぇ、お母さん。お母さんはどこ行くの?」

 幼い少年が尋ねる。女性は屈み、幼い少年と目線を合わせた。

 「お母さんはね、これから遠いところにね、お仕事に行くの。」

 幼い少年は再び尋ねた。

 「ねぇ、お父さん。お父さんは一緒に行かないの?」

 「そうだよ。お父さんはね、俊哉と一緒に居たいからね、お母さんとは一緒に行かないんだよ。」

 男性は幼い少年の頭を撫でた。

 「なんでみんな一緒じゃいけないの?」

 幼い少年は涙を滲ませながら尋ねた。

 「それはね、俊哉の為だよ。」

 2人は答えた。

 「お父さんとお母さんと一緒に居たいよ!」

 少年は泣きじゃくった。でも女性はドアを開け、出ていった。

 「ねー!なんで行くの?!戻ってきて?!お母さん?!お母さーーーーん!!!!!!!」──

 

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 悪夢を見て目を覚ました俺は、今の時間を確かめる為に、携帯を見た。そして、日付を見て、悪夢を見た理由を思い出した。

 6月8日。

 12年前の今日、俺の母は家を出た。俺の母は何故いなくなったのか、理由は知らない。母が仕事で家を出たとは思っていない。それに親父は家を出た理由を話したがらない。今更ながら知ろうとも思わないが。

 「下らねぇ」

 俺はそう言って、またベッドの中にもぐり込んだ。

 

 

 「もう一球だ! 気合を出せ!」

 と先輩や監督の声が晴天のグラウンド中に響き渡る。俺がこの高校を選んだ理由、それはこの野球だ。ここは野球が強い上に、設備もきちんと整っている。思いっきり野球を学び、それをきちんと活かせる所は他にないと思っている。

「ナイスボー!!」

 と先輩キャッチャーからの声が聞こえる。他の所からも掛け声、声援などが聞こえる。

 今、みんな必死に練習しているのは、甲子園の地区予選があるからだ。

 “これに勝てなければ甲子園へは出場することが出来ない、そういう気迫が毎年このグラウンドで生まれているんだな”

 と確信すると、再び緊張する。。

 通常であれば、3年生が主体で2年生が入るかも知れないというチーム編成の中、俺は1年生でリリーフ投手としてチームに入ることになった。それも、俺をリリーフ投手として推したのは、今年で最後のはずの先輩達だったという。こういう事は異例で、チームに入れるというのはとても光栄なことなだが、『今年で最後』というメンバーからのプレッシャーは重い。俺が負けたとしても『来年頑張れば良い』と思うだろうが、先輩達は違う。先輩達が自分を追い込んで練習しているなら、俺もそれ以上に追い込まなければ、先輩達と同じ舞台には立てないし、立つことは許されない。だから、夜は深夜徘徊ギリギリまで残り、朝は始発に乗って朝早くに来て練習しなければならない。そうしないと俺自身がプレッシャーに押しつぶされそうだから。

 

 「ただいま」

 と靴を脱いで家に上がるが、返ってる声はない。テーブルの上に『練習お疲れ!』と書かれたメモが貼られている晩飯を温め、

 「いただきます」

 と手を合わせ食べ始めた。俺が練習で遅くなることが多く、

 “最近親父とは話せていないな。親父、寂しくないかな?”

 とか考えたりしながら、晩飯を平らげ、風呂に入った。これから課題を済まし、少し寝て始発に乗る。それを考えるとため息ついてしまう。ぶっちゃけ、こんな生活は疲れる。

 だが、そこまでするのは叶えたい夢があるからだ。

 俺は課題を済ませ、ベットに横たわって天井を見つめた。最近は親父が休みの日くらいにしか顔を合わせて話していない。親父は応援してくれてるし、甲子園に出てる俺を見るのが親父の夢だ。俺はその夢を叶えるため、日々練習している。

 「ま、親父のためだけじゃないんだけどな」

 と呟き、布団に潜る。

 “甲子園に出てる俺を、母さんが見てくれたら、母さんは俺の事を誇りに思ってくれるだろ?”

 なんて考えてしまい、突然寂しさがこみ上げてくる。充実しすぎているはずの日々、部活中や終わった後に声をかけてくれる女子達もいる。だが、それらは俺の心の隙間を埋められなかったらしい。気がついたら涙を零しながら呟いていた。

 「会いたいよ、母さん」

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