疑念〜featuring 武田〜
「……ごめん」
俺がそう言ってもこの場の空気は変わらなかった。
山本のアレの状態は臨戦態勢そのものだが、それを山本は一生懸命隠していた。
“何か言わねぇと……”
俺は必死に言葉を探したが、なかなか見つからない。
漸く言えた言葉は
「…………風呂借りるぜ?」
だった。
“またやっちまった……”
俺はシャワーを浴びながらやり過ぎた事を後悔した。
頭ではセーブをかけないといけないって事はわかっていた。
でも出来なかった。
俺は俺自身への怒りと、山本への申し訳なさでいっぱいになる。
“今度こそ嫌われたか?”
もしこれで山本のプライドを著しく傷つけてたとすれば、また口すら聞いてもらえなくなるかもしれない。
“なんて言えば良いのか……”
俺は山本のアレが反応しているのを見ることができて嬉しかった。
体は正直だ。
もし俺の事が嫌であればアレもああはならないはずだ。
冷やかしもしようと思ったが、それは出来なかった。
山本のあの顔は屈辱を味わったような顔だった。
その状況で冷やかしなども出来るはずがなく、ただ立ち尽くすしかなかった。
「どうすんだよ……」
と呟きながら湯船に浸かる。
もし山本に再び嫌われてしまったら、今日山本から聞いた夢のような言葉、それらが全て本当に夢になってしまう。
「謝らねぇと……」
と呟いたのは良いが、何をどう謝ればいいのか分からなかった。
だが、ゆっくり浸かってる暇は無い、そう思った。
ひとまず風呂から上がり、俺はベッドに腰掛ける。
“さて、山本になんて言おうか……”
考えを落ち着かせ
「山本」
と言う。
だが、山本からの返事は聞こえない。
「山本?」
さっきより大きい声で呼びかけるが、沈黙が続くだけだ。
俺はスマホを取り出し、公式アカウントからのメッセージ無視して山本に電話をかける。
──プルルルル
──ピリリリリリリリッ
山本の着信音が机の上から鳴り響く。
“携帯を置いてでも俺から逃げたかったのか?”
考えすぎだとも思ったが、今はそういうふうにしか思えなかった。
ベッドにスマホを放り投げと、その近くのベッドの端に綺麗に畳まれている着替えが目に入る。
“俺の着替え……か?”
俺はさっき閉じたメッセージを見てみる。
ゲームと公式アカウントからのメッセージに紛れて山本からのメッセージがあった。
『着替えはベッドに置いてあるからそれを着て』
“嫌われた訳じゃねぇのか??”
少しだけ不安が解消され、気持ちに余裕ができた俺は、改めて山本の部屋を見渡す。
俺の荷物も綺麗にまとめられ、部屋はすっかり綺麗になっていた。
だが、山本の机は別だった。
机には何かの本が何冊か置いてあり、その内の一冊は開きっぱなしで放置されていた。
その本の正体は料理本だった。
開かれているページに載っている料理は晩飯のものでは無かった。
「おい、お前風呂上がるの早くないか?」
ドアが開くとともに山本の声が聞こえる。
「早くねぇよ」
俺はまだ気まずい雰囲気になっていると思っていた為か、声が小さくなる。
「予選前は長かったくせにな」
山本は笑いながらそう言う。
“気まずいって思ってたのは俺だけかよ”
と思い、心配して損をしたと思った。
だが、山本の言葉が気になった。
「予選前って、お前、寝てたんじゃねぇのか?」
「いや、起きてたぜ?」
「待て待て待て待て」
確か予選前の日に山本は泊まりに来た。
俺は確か、その時にキスをしているはずだ。
“何故最近キスをして避けられたんだ?”
俺の中で疑問ばかりが膨らんでいった。
俺はその時、山本の額にキスをした訳で……