指導〜featuring 山本〜
「おい、何がおかしいんだよ」
今日は久々に俺の机1つに椅子2つを使って弁当を食べていた。そして俺は向かいで俺の事を見て笑ってる武田を小声で叱る。
「いいや、何も?」
そう言いつつも武田は何かとニヤケてるんだか、微笑んでるだかしてる。
「落ち着かないんだけど」
武田にそう言っても武田はずっとニヤケっぱなしだった。
すると武田はいきなり俺のひじきの佃煮を箸で摘み俺の口の前に持って来る。
「ほら口開けろ」
何の違和感も無しに俺に食べさせてくれようとする武田の行為を無視して
「いや、自分で食えるから」
そう言って俺は自分で佃煮を口に運ぶ。武田は俺に食べさせようとした佃煮を自分の口に入れ
「なんだ、俺に食わせられるのが嫌なのか? なら……」
武田は少し微笑み、俺の手前に武田の弁当を寄せてきた。
「お前が俺に食わせろ」
俺は武田が寄せてきた弁当のハンバーグを一口サイズに切り、口に運ぶ。だが、武田の口ではなく、俺の口だ。武田は口を開けて待機してたが、俺が自分の口に運んだのを見て
「何俺のハンバーグ食ってんだよ!」
と怒る。
「俺に食べさせてもらわなくても自分で食えるだろ?」
意地悪そうに笑うと
「お前に食わせてもらいてぇんだよ!」
流石に周りに配慮したのか、声を小さくして俺に怒鳴った。
「ここは学校だぜ? そんな事が出来ると思うか?」
俺は武田に問いかける。
「普通のカップルは普通にしてるんじゃねぇか?」
武田も即答する。俺はついため息をつき、
「いやいやいやいや、そんな事したら城之内みたいな奴らが可哀想だろ?」
そう言うと武田も
「あー……それもそうだな」
と納得してくれたようだ。
本当は食べさせたり、食べさせられたりなんて事をしたいのだが、恥ずかしいという思いが先行してなかなか出来ない。
“素直じゃないよな、俺”
と心で反省するが、すぐには改める事は難しい。
今までも遠回しには伝えていても直接は伝えてなかったが為に武田を振り回してしまう結果となった。
それに武田は俺と違い、感情をストレートで伝えてくる。それは嬉しいのだが、戸惑ってしまう。嬉しいが素直に言葉に出来ず、そうしているうちに恥ずかしくなり、その恥ずかしさを隠すために攻撃的な姿勢になってしまう。
武田のように素直に感情表現が出来たらどれほど楽なのだろうか。俺も言葉を素直に口に出来ていれば、この一週間を無駄に過ごすことも無かっただろう。
「なぁーに考えてんだ?」
「あ、あー……何でもない……」
ボーッとしながら返事をしていると武田の箸が俺の前に延びてくる。そしてその箸は俺の弁当箱からチキンを持ち上げる。
「っておい!! なに他人の弁当食べようとしてるんだよ!」
「さっきから俺の話聞いてなかっただろ?」
と武田は呑気な顔で俺のチキンを頬張る。
俺は割と大きいため息をつきながら
「何の話だよ」
と尋ねる。
「一緒に帰らねぇか?って話だよ」
「お前、練習は無いのか?」
地区予選はまだ終わってないから、まだ練習をしなければならないはずだ。でもその疑問はすぐに解決された。
「テスト期間だからだよ」
武田はそう答えると大きなため息をつく。
「そっか、お前テストは大丈夫そうか?」
一応心配して聞くと
「大丈夫な訳ねぇだろ?」
そう言いつつ俺の弁当を勝手に食べ進める。
「他人の弁当を勝手に食べんなって!」
再び延びてきた箸を払い除けて
「じゃあどうするんだ?」
俺もいい加減弁当を食べ始めると
「お前に教えてもらいてぇなと思ってよ」
武田は自分の空になった弁当箱を片付け始めた。
「どこでやるんだ?」
と質問すると
「俺ん家かお前ん家のどっちかだな」
と武田は答える。
「それなら、お前の家で良いよ」
と言ったが、武田の親父さんが気を遣うはずだと考え直し
「やっぱり俺の家でやるか」
と言いかえた。
「よっしゃ、決まりだな!」
そう言って武田は自分の席に戻っていく。
そんな武田の顔はとても嬉しそうだった。
“そんなに嬉しいのか?”
なんて思ったが、口に出す事はしなかった。