母様〜featuring 伊集院〜
ママと私は何年も貧乏な生活を送っていた。ママは仕事をかけもちして、昼も夜も働くけど、生活は楽にはならなかった。理由として、ママも私もあまり身体が丈夫では無かったから。それでも、体調が極端に悪い日以外は頑張っていた。昼間は隔週のスクールカウンセラー、それが無い日はコンビニでのバイト、夜は居酒屋をしていた。
私にはパパがいた記憶がない。ママはパパの事を悪くは言わないけど、私のカンでは借金とかしてたんだろうなって思う。でなきゃ、ママがこんなに苦労するはずもないもの。
でも、そんなママにも幸運が訪れる。相手は居酒屋にたまに来る常連さんなんだけど、優しくて誠実。私のカンも珍しく『いい人』と言ってくれた。その人はお医者さんで、ママと歳は2つしか変わらない。そして、半年くらいで私の新しいパパになった。ママは新しいパパと結婚して、仕事をかけもちしなくて済むようになった。そして、ママは新しいパパにお願いしてママのお姉さんの息子さん、つまり私の従兄をさがし始めた。『罪滅ぼしが出来れば』と言って。
そしてそれから少しして従兄は見つかり、従兄の里親とも近々食事をすることを約束した。しかし、従兄の養母が亡くなってしまい、養父は耐えきれず従兄に全て話してしまったらしい。そして荒れてしまった従兄を何とか立ち直らせるため、ママは学校に掛け合い、スクールカウンセラーとして従兄と接した。田舎だからか、スクールカウンセラーというのが今までなくて、学校への手続きは時間が掛かったけど、何とか出来た、ってママは言ってた。そして私はたまにママの所に遊びに行ったんだけど、その時に従兄の声を初めて聞いた。
私はそれで倖大さんの声を聴くと懐かしく感じる。母がまだ元気だった頃を思い出せるから。私が典子から貰った倖大さんの画像を見せると、ママは涙ぐんだ。私が懐かしく感じるのも納得ができた。
残念ながらママはもう長くないらしい。少し前までの無理のせいか、癌がかなり進行していたみたい。
だからママは必死に罪滅ぼしをしようとしている。
病院へ行き、ママの元を訪ねるとママは
「おかえり」
と痩せた顔をクシャっとさせる。
「ママ、あのね、倖大さんが会いたいんだって」
と伝えると
「私のこの姿を見たら心配させるんじゃない?」
と心配そうに言う。
「でも、ママも会いたいんじゃない?」
「そうね。今のうちにしかあの子に会えないかもしれないものね」
ママは少し悲しそうな目をする。
「大丈夫だよ! ママ! ママは元気になってお家に戻ってくるんだから!」
その可能性は殆ど無いけど、少ない可能性に賭けていたい。
「優しいのね」
ママは弱々しく微笑む。
「優しいんじゃなくて、当たり前の事!」
と言って頬を膨らませてママを笑わせる。
「あ、そう言えばね」
“寺田さんには充分救われた。だから、俺の事を気にかけないでくれ”
と言っていたことを伝えると、ママは
「あの子らしいわね……」
と言って窓を見つめる。
「いつなら大丈夫そう?」
私はママと倖大さんが会う日程を調整して、
“明後日の放課後、都合つきますでしょうか?”
と倖大さんにメッセージを送った。