葛藤~featuring 山本~
一瞬何が起きたのかわからなかった。
俺は話してる途中に押し倒され、もがいた次の瞬間、
「お前が言ったんだからな」
そう呟かれた気がした後、武田の顔は至近距離にあって、俺の唇には温もりを感じる。それは典子との間にもあった行為。
“キスかよ!”
頭の中で今起こっていることが理解出来た瞬間、俺は首を左右に振り武田のキスから逃れようとする。
そんな俺に武田は俺の腕を拘束していない方の手で俺の頭を固定し、
「暴れんな」
そう声をかけて再び顔を近づける。その顔に俺は思いっきり頭突きをして、武田を怯ませる。武田は
「クソッ!」
と鼻を押さえながら悪態をつく。その隙に俺は起き上がり、武田を突き飛ばした。
「おい! お前! 自分のしたこと、分かってんのか?!」
俺は鼻を押さえて座り込む武田を指さしながら怒鳴る。武田も立ち上がり、そしてキレた。
「好きな人にキスしたらダメなんかよ!」
「好きな人どうのじゃなくて、俺ら男同士だぜ?!」
「それがどうしたっつーんだよ! 関係あんのかよ?!」
俺の言葉を武田はすぐさま否定する。
「男同士が愛し合うってのがいけない事なのか?」
武田は俺に問いかける。
「いや……」
そう否定したが、頭の中では理解できていなかった。
「なら男同士でキスしたって良いだろうよ!」
武田はそう言うが、俺は
「違う……」
と再び否定してしまう。
「お前は俺の事が『好きかもしれない』って言ったよな? だが、お前は俺に触れられるのは嫌ってわけか」
武田は少し悲しそうな目で言う。
「違う……」
何故俺は武田の事を否定する事しかできないのだろうか。
「お前がどんだけ否定したって、それが事実だろうが!!」
武田はこれまでには無いほど声を荒らげる。
その武田の様子を見て立ちすくむしか出来ない俺に
「こう言っちゃ悪ぃが、俺に! ……男に触れられたくねぇなら、思わせぶりな事を言うのは止めてくれ。俺は……お前に踊らされてるなんつーのはごめんだからな」
始めは怒鳴ったが、その後の言葉は出来るだけ平静を装い、静かに発していたが、その声は悲しみに溢れていた。
「な、武田」
俺は帰り支度をする武田に呼びかけるが、
「もし俺の気持ちが迷惑ならそう言ってくれよ」
そう言うと武田は俺の側を通り、
「そういや晩飯、ごちそうさま。 美味かったぜ。……邪魔したな」
と悲しげな表情と言葉を残して俺の部屋から出ていった。
急に静かになった部屋に俺はただ佇んでいた。
“迷惑なんかじゃない”
そう否定したかったのに出来なかった。
俺はさっきの事を頭の中で整理していた。
確かに思わせ振りな発言であった。それに、武田が何故強引にキスしてきたのかも理解出来た。
『決定的なもの』
キスする直前の呟きが、それを俺に与えるための行動だったことが分かる。
そして自分でも、微かにだがそれを与えられる事を期待していたのも事実だ。なのに、武田の行動を否定した。
そして、俺は未だ覚悟が出来ていない事を改めて実感した。
── 男同士での恋愛 ──
俺はそれを受け入れる覚悟が出来ていなかった。だからこの期に及んでも、キスだとかそういうのを『男同士だから』と言って否定してしまうのだろう。
「俺って最低だな」
そう呟いて、俺は暗い気持ちのまま食器を洗ったり、翌日の準備をしたりした。
ベッドに潜り目を閉じるが、なかなか寝付けない。ふと目を開けると、時計が視界に入った。それはカチッカチッと時を刻んでいる。
「こんな日でも明日は来るのか」
“どうせなら巻き戻ってくれれば良いのにな”
そう考えながらまた目を閉じた。