8 私はいつもそうだから <紹介:高橋かなえ>
<8話 あらすじ>
百瀬からの追求をきっかけに、クラスメイトからあまりよく思われていないことを突きつけられてしまった深町。
その深町を庇ったことで百瀬とギクシャクしてしまった南朋は、帰り道、ひとり駅へと向かう途中で、動物病院から出てきた彼女と偶然出会う。
本鈴後すぐに担任が教室に入ってきて、遠巻きに騒動を見ていたみんなも散り散りになった。百瀬の言葉に何も返すことができないまま、席につく。
あのまま深町七緒は座席で静かに固まっていた。自分のせいでクラスメイトが怪我をした。それでみんながこんなにも怒っている。どうしよう。なんてことを考えて、内心落ち込んでいるだろうか。
あるいはまったく別のことを考えているのかもしれない。残念ながらそう思わせるようなところが、深町の態度にはある。百瀬が目の前で怒ってるのに自分のペースを崩さない様子は、よそから見るとまるで自分のやらかしたことなのに他人事のように振る舞っていると映っても仕方がなかった。
百瀬は片肘をついてホームルームで出番などあるはずもないシャーペンをくるくる回しながら、いかにも退屈そうにしていた。いや、昂りすぎた気持ちを落ち着けようとしているのかもしれない。休み時間になったら話をしよう。深町のことじゃなくて、部活のこととか、なんかどうでもいいことを話すんだ。
そう思っていたのに、チャイムがなると同時に百瀬は教室から飛び出して行ってしまった。俺の気持ちを盛り立てようとしてくれているのか虎之助が寄ってきて、推しのYouTuberのことを熱く語りかけてきたが、どうしても気が向かず生返事をしてしまう。
始業のチャイムで教室に戻ってきた百瀬は、席に戻ると「この本知ってる。面白いよな」なんてわざとらしく近くの席で本を読んでいたクラスメイトに声をかけた。普段俺の席はハズレだ、気の合うヤツが誰もいないとか文句を言っていたくせに。相手だってびっくりしてる。
「ほんま。あからさますぎて困ったもんや、ももちゃんは。しばらくほっとくしかないか。じきに機嫌も直るやろ」
虎之助は肩をポンと叩いて席に戻って行った。他にもクラスに仲がいいやつは何人かいるけど、やっぱり一番気が合うのは百瀬だ。いつもそばにいるのが当たり前だと思っていたヤツに避けられるのは居心地が悪く、まるでアンテナが立っているようについ教室にいる百瀬の様子を拾ってしまう。
そういえば深町には、俺にとっての百瀬や虎之助みたいに、たあいのない話をする相手がいるのだろうか。さっきの休み時間もそうだったが、深町はこれまでも決まって席でひとり本を読んでいた気がする。
座席から深町のあちこちにはねている、不揃いの後ろ髪を見ながらぼんやりと考える。きっと深町は周囲の目を気にしたことなどないんだろうな。高橋たちのようないつも身綺麗にしている女の子たちとの差はあまりに大きい。共通の話題を探すの自体苦労しそうだ。
深町には俺みたいに思わずアンテナを張ってしまうような相手はきっとここにいないのだ。騒動ではっきりしたようにクラスのほとんどは、深町をちょっと敬遠している。誰かが積極的に彼女をいじめているなんて感じたことはない。無視されているわけでもない。それでも、いやそれだからこそどうしようもなく深町は浮いていた。先生が来る前のさわがしい教室の中で、深町の周りだけ、何か透明な膜があるみたいに見えた。それが彼女にとって安定なのか、不本意なのかわからないけれど。
百瀬とは結局口を聞けないまま放課後を迎えてしまった。帰宅時間になると彼はさっさと部活に消え、俺は一人駅へ向かう準備をする。いつもはなかなか支度しないくせに、今日にかぎってやけに素早い。話す隙も与えてくれないつもりか。
「ももちゃんのこと、あんまり深く思い悩みなや。ほな、また明日な!」
教室を出る俺の背中を虎之助がバシッと叩いた。正直腕に響いてちょっと痛い。彼がいつも以上に明るく振る舞って見えたのは、俺の気持ちを盛り立てようとしてのことだろう。
「トラ、ありがとな」
「なんも」
虎之助は爽やかに手を振り体育館につながる西階段を駆け降りていった。俺は下駄箱のある東階段だ。
普段は正門前を通る国道を自転車で帰る。国道を渡った向こうはほとんど通ることがない。駅までは商店街のある一本道なので迷うこともないのだが、通り慣れない道を行くのは落ち着かない。
しばらく行くと商店街沿いに動物病院が見えた。緑の看板に肉球のマークが目立っていて、すぐにそれだとわかる。ゆい動物病院。保健室の先生が話していた駅前の動物病院とはここのことだろう。確かに駅近だ。
気になって通り過ぎざまにチラッと中を覗くと、目の前のドアが開き、深町が出てきた。どうせ目も合わないだろうと思ったら、深町はあっと目を見張り、立ち止まった。
「よ、よぅ」
深町がじっとこちらを見つめたまま動かないので、なんとなく通り過ぎにくくて、俺は気の知れた友達にするように軽く手を上げて挨拶した。それに対して深町は不思議そうに首を傾げてはいたが、おずおずと同じように手を上げて返した。まるで人間との距離を測りあぐねている宇宙人みたいだ。
「あー、ネコはどうだった? 昨日ここへ連れてったんだろ」
尋ねてみたものの、ネコは事故にあったんだ。助かったとは限らない。まずい質問だったらどうしよう。
「入院したんだ。命に別状はないようだよ。いま様子を聞いてきた」
「そっか、助かって良かった」
無事だとわかってホッとする。深町は徒歩通学なのだろうか。病院周辺に路駐している自転車はない。
ちょうど駅の方からペットカートを押して人が近づいてくるのに気がついた。乗っている茶色の丸い塊はポメラニアンじゃないだろうか。小さい頃、百瀬の家にいたから知っている。
「出入り口、じゃまだからどっちかに避けた方が」
「あんた、ネコを保護できないか?」
俺が声をかけたのと、深町が話し出したのとが同時だった。
「ごめんなさい。私、こちらに用があるんです」
「えっ、あ」
カートを押していたおばさんに声をかけられて、深町は俺のいる車道側へと飛んできた。驚きすぎだし、動きがいちいち大袈裟だ。
「すみません」
深町に代わって頭を下げると、おばさんはふふっと笑って会釈を返した。深町は瞳をキラキラさせて話を続ける。
「うちの母はネコアレルギーなんだ。それにウサギもいるから家に入れるわけにはいかない。だって天敵関係だろう? あんたがネコを預かってくれたら解決するんだが」
「待て。なんの話だよ」
内容の唐突さもあるが、いきなりのあんた呼ばわり、おもわず目をそらしたくなるような勢いで、じっとこちらを覗き込んでくる距離感のなさにドギマギする。
「いいわね。仲が良くて」
おばさんはくすくす笑いながら病院に入って行った。深町はなんのことかといった様子でキョトンとしている。
誤解です。仲がいいどころか、彼女はたぶん俺の名前もわかってないから。あんた呼ばわりするのがその証拠です。心の中で言い訳しながら曖昧な笑みを返す。ドアが完全に閉まるのを確認すると、はあっと一息ついて訂正する。
「あんたじゃなくて大葉南朋。それからうちはマンションだから、ネコは飼えない」
「そうか。そうだ。南朋だった」
呆れたことに、ここまできてもほんとにまだ俺の名前と顔が一致していないかったらしい。俺、そんなに特徴のない顔立ちだろうか。俺の顔を見上げていた深町の目がまるでスキャンしているみたいに瞬きもせず、頭から靴の先まで順番に見下ろしていき、テーピングをした左手に戻る。
「病院行った?」
あまり気を使わせないように、それから万が一にもぶつけられたりしないように腕をそっと後ろに隠す。
「ああ、心配ない。ただの捻挫。二週間で治る」
「そうか。それはよかった。それにしても、ネコ保護できないのか。困ったなあ」
もしかして言葉どおりに受け取って安心している? いや、もちろん安心してもらっていいんだが、どこか釈然としない。ごめんを連発する百瀬も困るが、さすがにここで深町が俺に言うべきことはネコをどうするかということではないとは思う。思うのだが、深町の不思議さにも慣れて、さほどおかしな返事だとも感じなくなってきた。
「深町の方はどう。怪我は」
お返しに様子を尋ねると深町は保健室でもしていたように両手を持ち上げてひらひら振った。もしかして怪我をしているのがどっちかわからないのか? 何かの儀式みたいだ。
「今朝起きたら動きにくくなっていた。やっぱりぶつかったのは私だな」
ほらっと深町が右肘を顔に近づける。顔面に肘鉄を喰らわせようとしているのかと思うような勢いだ。
「ちょ。近すぎてかえって見づらい」
身をのけぞらせて手を顔の前に出すと、今度は後ろ歩きで無駄に距離を取り、商店街を歩く人に嫌な顔をされた。ちょっとは周りを見て動けないものか。気づかない深町の代わりに頭を下げる。これで二度目だ。
怪我をしている右肘には大きな絆創膏が貼ってあるが、それ以上に上腕の腫れが目立つ。よく見ると深町の肘の上は不健康に黄色く痣になっていた。動きにくいっていうか、痛いだろう。
「悪かったな。覚えはないが、たぶんそうなんだ。私はいつもそうだから」
初めて聞く深町からの謝罪の言葉。ここに百瀬がいなくて本当に良かった。覚えはないけどなんて言われたら、百瀬なら確実にキレる。あまりにあっけらかんとしすぎていて、謝られているというより開き直られているようにも見えるし。
私はいつもそうだから。
俺はサラッと飛び出したこの言葉を、深町がどんな気持ちで口にしたのか測りかね、はあ、と生返事をして黙り込んでしまった。
引き続きお読みいただき、ありがとうございます。
自己紹介を兼ねてキャラバトンに答えてみました。
キャラバトンより(本人が話している風に)
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1、自己紹介
宮下中学校2年1組。高橋かなえ。
茶道部。あんまり活動ないけどね。
2、好きなタイプ
そういうの聞かれるの嫌い。
3、自分の好きなところ
それが見つかれば苦労しないわ。
4、直したいところ
言い方がキツくて後輩に怖がられる時ある。
気をつけようと思ってはいるのよ。
5、何フェチ?
セクハラ。そういうの。
6、マイブーム
抹茶とチョコは合う。すんごい合う
7、好きな事
茶道。
私も日本舞踊やってる由美子(親友:小田由美子)みたいに和の習い事してみたかったのよね。
8、嫌いな事
持久走。何が楽しくてトラックぐるぐるまわんなきゃいけないの。
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