5 怪我を負わせた犯人があまりにも平然としすぎていて言葉を失う2 <紹介:笹森虎之助>
<5話 あらすじ>
怪我の手当を受ける深町に、「深町がぶつかったことが原因で自分も怪我をしたのだ」と告げる南朋。
多くのクラスメイトが「怪我をさせたのは深町に違いない」と憤っていた教室に戻る彼女を心配し、神妙な態度でいるように忠告する南朋だが、深町は不服そうな顔をして……。
深町は何故か顔の前で変な角度に両手をヒラヒラさせた。そんな見方じゃ肘なんて確認できないだろうに。床に滴っていたのはネコじゃなくて深町の血だったんだ。洗ったはずの右肘の先に水で薄まった赤い雫が溜まっている。先生は俺の座っているベンチシートを指した。
「消毒するわよ。深町さんも座って」
俺は慌てて端の方へ尻をずらす。不思議そうな顔で傷を眺め、深町はざっくりと怪我の理由を振り返った。
「急いでたから。でも、どこでぶつけたんだろう」
どっかにぶつけた。そんなあいまいな感覚なのか、と不思議に思い、尋ねる。
「なんで怪我したか、覚えてないの?」
「ひきにげの現場を見たら、誰だって慌てるだろう。それどころじゃない」
「はぁ」
先生が呆れたようにため息をつく。俺は、教室で女子が「窓の外を見ていたのに、なんかつぶやきながら、急に出ていった」と証言したのを思い返していた。
消毒の後、先生は大判の絆創膏を貼ってやる。
「だとしても痛むでしょう。もう、ネコの血かと思ってびっくりしたじゃない」
「私もそう思っていた。ほっといたらまた次の車に轢かれちゃうから急いで出たんだ。ネコに怪我がないなら良かった。けど、となると何で起きてこないのかな。先生、いいから早く病院に電話して」
深町は怪我を診てくれた礼も言わずに、先生を急かした。ビニールの上のネコは一見するとただ眠っているだけのような、綺麗な体をしていた。脳震盪か何かを起こしているのだろうか。ぴくりともしない。顔色がわからないせいか、ただ眠っているようにも、いままさに命の危機が迫っているようにも見えた。
先生がデスクに戻って電話をかけると、深町はネコの前にしゃがみこんだ。スカートが汚れないように気遣うこともしないので、だらしなく床に裾が広がっている。学校の床になんてつけたら、埃で真っ白になるのに。クラスの他の女子がそんな座り方をするのは絶対に想像できない。たぶん正面にいたらパンツが見えてしまうような、まだオムツを履いているよちよち歩きの赤ちゃんみたいに大股びらきの無警戒な座り方。……後ろにいる俺からは見えないけど。
顔を上げてこちらを見た先生が受話器を押さえて叫ぶ。
「深町さん、スカート!」
心を読まれたのかと思ってびっくりする。先生のデスクからは丸見えなのだ。深町はスカートがどうしたといったようすでスルーし、同じ姿勢のままでいる。俺からは見えない事がわかっているからか、そもそもが見ないよう俺を牽制するための発言だったのか、先生はなんとかしようともしない深町をそのままに、電話口の相手との会話に戻った。
彼女が、ホッとした顔でベンチシートに戻ってくる。
「生きてる。ネコの腹が上下しているのを確認した」
「よかった。でも本当に、どこで怪我をしたか覚えてないの?」
「私のことか? さっき話しただろう。慌ててたんだ」
深町は意外にも低く、はっきりと通る声をしている。クラスで人と喋っている姿は見ないけど、授業中発表するときなんかむしろ目立って仕方がないくらいだった。早口で捲し立て、先生が止めても止まらない。まさに演説。今日彼女が教室に戻ればどんな目でみられるか。うまく受け答えできるだろうか。想像するだけで頭が痛い。
黙り込む俺の態度を、自分の返答が伝わっていないと理解したのだろう。深町は再度説明した。
「ひき逃げの現場を見たんだから、もうそれどころじゃなかった」
「それは伝わってる。けど」
窓際にいたクラスメイトの誰も気がついていないひき逃げを見つける事自体すごいけれど、たとえ目撃したからといって俺なら学校を飛び出して行くだろうか。下校時刻でもないのに勝手に校外に出るのは、ものすごく勇気がいる。自分ごとの心配全部を吹き飛ばして目の前の相手のために動ける深町は、きっと俺よりずっと人として正しい。それも現場を見た人の多くから見捨てられ、助けを得られないだろう動物のために。そんな深町だからこそ、伝えておかなきゃいけない、と思う。
「俺、左手を捻挫してる。たぶん深町がぶつかったから」
隣に座る深町がやや角ばった感じの大きな目で、じっと俺を見つめた。百瀬と違って感情の読み取りにくい顔だ。至近距離から怯むことなく見つめられて、居心地が悪くなる。
深町の口から飛び出したのは疑問だった。
「なんで?」
なんで。……ってなんで? どういう意味なのかわからなかった。なんでぶつかったとわかるの? って意味? じゃなくて、なんで怪我したのかってこと? そんなことで間抜けにも。それとも?? 何をきかれていて、何を答えればいいのか、さっぱりわからなかった。深町は黒目がちな目で、不躾なほど俺の顔をまっすぐ見つめ続ける。
「なんでって、怪我してるだろ。俺も、深町も。教室の入り口でぶつかったからだよ。正確には俺じゃなくて、百瀬の背中になんだけど」
「どういうこと? 百瀬って?」
あまりにじっと覗き込まれて落ち着かなくなり、すっと目をそらしてしまう。百瀬の名前を出したせいで余計に混乱させてしまったみたいだ。
「教室出る時、誰かにぶつかった感覚、あるだろ?」
「どうだろう。ぶつかってない。いや、ぶつかった? たぶん教室の扉にぶつかったんだ。よくぶつけるから。でも……わからない」
深町は脳内で自分の行動をつぶさに思い返そうとしているのか、左上に視線をやって眉をひそめ、考え込んでいる。あの勢いでぶつかって気がつかないなどということがあり得るのだろうか。水を向けたらすぐに「そうだったのか、ごめん」なんて言って、認めてくれるものだと思っていたのに。
もしかしたら本当にぶつかったのは深町じゃないんじゃないか? みんなはああ言ってたけど、誰もはっきり見てたわけじゃない。ブツブツひとりごちている深町を見ていると、自分のしていることに確信が持てなくなってくる。
「とにかく教室で騒ぎになってたから、伝えとく。ひとまず神妙な顔しとけばいいよ」
「神妙に?」
「悪いことしたなって顔しとけってこと。大ごとになるから」
何で自分に怪我を負わせた犯人に助言しているんだ、俺は。やったことを認めてくれてもいないのに、庇うようなことを。
「いや、神妙って言葉の意味くらいわかってるよ」
電話を終えた先生が不服そうに唇を尖らせた深町の前までやってきて、メモを差し出した。綺麗な字で、病院の名前と簡単な地図が書いてある。
「話がついた。駅前商店街にあるゆい動物病院。費用はかまわないからすぐに連れてきなさいって。自分で行ける?」
「すぐ行きます」
深町はバネでも仕込んであるかのような勢いで跳ね上がり、ネコに手を差し伸べようとする。
「ちょい待ち。先に帰りの支度してきなさい」
「でも。一刻を争うかも」
「カバンはどうするつもり? いいから黙って取りに行く。ネコのことは先生が見てるから」
深町は命令に口を尖らせ、手間をかけてくれた先生に礼のひとつもせず保健室を出て行った。先生は気持ちを切り替えるように小さく息をつき、こちらに向き直ってにっこり笑う。
「さて。遅くなって悪かったわね。君はどうしたのかな?」
左手首を見せると、先生はすぐにアイスノンをタオルに巻いて出してくれた。両手を見比べてはじめて左側だけがびっくりするほど腫れていることに気づく。はじめは触れるだけで電気が走るように痛んだけど、じっと冷やしていると少し楽になった気がする。
「整形へかかって骨に異常がないか確認してもらったほうがいいと思うよ。今日はテストだったのに、なにしてこんなことになったの」
「ちょっと教室で転んじゃって」
「ひとりで?」
「……まあ。教室、人がごちゃごちゃしてたから」
電話をしていた先生は深町と俺とのやりとりを耳に留めてはいなかったらしい。歯切れの悪い受け答えを都合よく解釈してくれる。
「じゃあ、トラブルってわけじゃないのね。家に電話入れておくけど、すぐに病院にかかれそう?」
「たぶん、母が戻ってくれば」
「念のため、迎えにきてもらおうか」
「それは……いいです。大丈夫です。ひとりで帰ります」
学校に親を呼びつけるなんて、いやだ。思った瞬間、本当に平気かどうかを判断するより前に大丈夫だと口にしていた。こんなふうに思うようになったのは、いつからだろう。学校のような自分だけの人間関係がある場所に、進路とか大人に相談しないといけないことでない限り家族を立ち入らせたくない。別に何に困るわけでもないんだけど、面倒をかけるのがいやだった。
先生は来室記録用紙に目を落としたままたずねる。
「大葉くん、家は城東図書館の方じゃないの? あのへんだと自転車通学でしょ。迎えがなくて本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
一度断った手前、今更撤回できない。根拠もなく言い切って保健室を出ようとした時、テストから解放され浮かれた生徒たちが数人、保健室前の廊下を大声をあげて走り抜けていった。先生が顔をしかめているところへ、息を切らせて戻ってきた深町が勢いよく扉を開ける。
「やっぱりあなたね。廊下を走らない。人にぶつかったらどうするの。いままさに怪我して保健室まで歩いてきた人がここにいるんだよ。危ないでしょう」
叱られた深町は俺の方をチラリと一べつし、黙ってネコを抱き上げる。
「返事。それから挨拶くらいしなさい。深町さん、あなたももう二年生だよ?」
「失礼しました」
珍しく言い訳のひとつもせずに深町は素直に敬語で挨拶すると、さっさと扉を閉めて行ってしまった。ネコのことで頭がいっぱいで、それどころじゃないからだろうか。それとも俺と会うのがちょっと気まずかったから?
「大葉くんも、気をつけて帰りなさいよ」
「はい。ありがとうございました。失礼します」
素直に返事をして、俺も教室を後にした。結局、自転車で帰ることは諦めて電車を使った。乗ることはおろか、混み合った自転車置き場から自転車を抜き出すことさえも困難だと分かったからだ。
整形外科へ向かう車内で母からどうしてそんなことになったのと追及されたが、うまく答えられなかった。レントゲンを撮った結果、骨に異常はみつからなかった。重度の捻挫。全治二週間だった。
引き続きお読みいただき、ありがとうございます。
自己紹介を兼ねてキャラバトンに答えてみました。
笹森虎之助キャラバトン(本人が話している風に)
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1、自己紹介
宮下中学校2年1組。笹森虎之助や。
バスケ部所属。
2、好きなタイプ
せやなぁ。自分の持ってないもん持ってるタイプがええんちゃうかな〜。
落ち着きとか!
3、自分の好きなところ
人に溶け込むんはうまいかもな。
たぶん。そゆとこ!
4、直したいところ
調子乗りなとこは直せやってよー言われる
5、何フェチ?
秘密やで。
あんな……いや〜やっぱ言われへん!!
6、マイブーム
都市伝説系YouTubeにハマっとんね
7、好きな事
カラオケ。
スカッとするやん?
8、嫌いな事
食い物残すやつは嫌いやね
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