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黒いネコの友達  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
三章 どんな君も受け止めるよと言えたなら

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43 私は、誰かの友達にはなれない。<ギフト:七瀬渚さんから>

挿絵(By みてみん) 

<43話あらすじ>

突然暴走する深町。

パニックになりどんな声も届かなくなってしまった深町の、深い絶望が南朋の心に刺さる。

「私は、誰かの友達にはなれない。なっちゃ、いけない」

人との関係から引っ込もうとする深町の姿に、南朋は臆病な自分自身の姿を見出していた。

 俺が深町に追いついたのは体育館の裏。土曜日に吉永の靴の件を話し合ったあたりだった。

 後ろから肩を掴んで引き留めると、深町は大きく頭を振り回し、モルタルの外壁に両の拳を打ち下ろす。

 容赦のない勢いに、俺は慌てて深町と壁との間に回り込み、振り上げられた手を掴んだ。


「バカ、何してる。怪我するぞ」


 自由を奪われた深町は、今度は壁との間に立ちはだかる俺の鎖骨に真正面から頭突きを喰らわした。

 あまりの痛みに声も出ない。

 効果を確信したのだろう。深町は再び頭を振り上げる。


「危ないって」


 俺は掴んでいた手を離し、代わりに彼女の後頭部を掴んで自分の胸に抱き寄せた。

 そのまま位置を反転し、小さな背中を壁にじわじわ押し付ける。

 深町は何度か俺の背中を殴り、声にならない呻き声をあげながらひとしきりもがくと、急に全身の力を抜いた。


「しまった、大丈夫か。……深町?」


 全力で走り抜いたあとの大暴れ。

 息も絶え絶えになっていてもおかしくないのに、無理やり口を塞いでしまっていたことに、はたと気づいた。

 窒息させてしまってたら、どうしよう。

 不安になって身を離すと、深町はくたりと膝を折った。

 俺は慌てて腕を取り、壁に背を擦らないように気をつけてゆっくり座らせる。

 深町はとろんとした目で掴まれた腕の先を辿るようにして、俺を見上げた。


「あ、南朋」


 深町は俺の名前を呟くと首を傾け、その口の形を保ったままぐらりとコンクリートの地面に視線を落とした。

 今、初めて深町の意識に俺が映ったのか。

 必死で後ろを追いかけてきたのに、何度も名前を呼びかけたのに、夢中で駆け抜ける深町のアンテナには何も届いてはいなかった。

 轢かれたネコを見た瞬間、百瀬を吹っ飛ばして教室を飛び出した、あの時のように。


「しっかりしろよ……そうだ、深町。怪我は」

「怪我……」


 深町は目の焦点の合わないぼーっとした顔で、俺の言葉尻を復唱する。

 まるで言葉の意味を受け取っていないようだ。

 もう本鈴は鳴っただろうか。

 運動場の方でホイッスルの鳴るのが聞こえる。

 俯いたまま深町が声を発する。


「私は、また、間違えた。どうして、普通にできない。由美子みたいな、かなえみたいな、みんなと同じに、対等になりたいと思って、ちゃんとやっているつもりなのに。どうしてもうまくやれない」


 途切れ途切れの言葉は俺に向けられているというより、頭に詰まった混乱がそのまま押し出されてしまったかのようだ。

 手がモルタルの凹凸に当たって切れているのだろう。

 拳の置かれたジャージのズボンには、点々と赤い血の跡が滲んで見える。

 ひゅっと音を立てて息を吸い、深町が続ける。


「ネコを助けたかっただけなのに。先生が困って、南朋が怪我して、百瀬が怒って、かなえが泣いて、なるみちゃんが…………。本当に百瀬の言うとおりだ。私は人に我慢させっぱなしで、それにも気づけなくて、全然対等じゃない。迷惑でしかない。こんな一方的な関係は、友達じゃない」


 深町の頬から手の甲にいくつもの涙が落ちる。


「やっぱり、ダメだ。私は、誰かの友達にはなれない。なっちゃ、いけない」

「っ……」


 反射的に「そんなことはない」と慰めの言葉が出かかって、俺はそれを飲み込んだ。

 深町はすでに感じてしまっているんだ。

 高橋の苛立ちも、俺の遠慮も、それを見てきた百瀬の憤りも。

 周囲の困惑や、嘲りも。

 適切に対処できない自分自身も。

 否定しようのない実感を持って。


「深町」


 彼女は一所懸命やっている。

 怪我した俺に謝ってはいけないと思い込んだのも、吉永の靴を捨てておくと言ったのも、深町なりに精一杯相手の気持ちを慮って選んだ行動だった。

 自転車も、靴紐も、時間に遅れないように気をつけることも、俺らにとっては息を吸うように当たり前のことが、彼女には普通でいたいがための努力だった。

 的外れで、不器用で、どれも思い描いたようにはならなかった。

 怒りや悲しみ、今のような混乱が生まれさえした。

 百瀬からなんて、どんな歩み寄りもほとんど拒絶されている。

 何をしても報われない。

 だからこそ絶望しているのだ。


 言うべき言葉が見つからないまま、俺は深町の隣に腰を下ろした。

 見上げる空は青く、日差しが強い。


「授業。もう始まってるな」

「ごめん。私はいつも……」


 深町の靴下の指先が、緊張したようにギュッと縮まる。


「そうじゃなくて。謝ってほしいんじゃなくて……ひどいな、深町は」

「ひどい? なんで」


 被せるように問いが返ってくる。

 涙で濡れた顔を突き出すようにして、俺の顔を覗き込む深町から目を逸らし、考える。

 このどうしても内側に入れてもらえない寂しい感じを、何と言って伝えればいいんだろう。


「今、俺は別に責めたわけじゃないんだ。なのに勝手に自分のせいにしちゃうだろ。あれもこれもできないで迷惑かけてばかりって言うけど、完璧じゃないと友達にもなれないのか? こっちは友達だって思ってるのに、勝手にそこから締め出して、鍵閉めて。俺が傷つかないと思ってる? 俺が深町のことをどう思ってるかは、関係ないの?」


 言ってから、今朝百瀬に深町のことをどう思っているかと問われて、困惑したことを思い出した。

 相手が祐樹であれ、百瀬であれ、誰のこともどう思っているかなんてわざわざ言葉にして伝えたことはないし、説明なんかできない。

 ただ、大事なんだ。それだけ。

 それだけのことが、まっすぐ伝えられない。

 俺のたたみかけるような質問に、深町はしばらく黙り込み、それから口を開いた。


「南朋を捻挫させた時にも、嘘になるからもうしないとは約束できないと言っただろう。気づけば迷惑かけてて、どうしようもないから。仲良くしてもらっても、今度もまた傷つけることになるから、絶対なるから。私はそういう人間なんだ。だったら最初から友達になるべきじゃない。そんなのはみんな私の都合で、つまり南朋や、みんなのことは、私は何も考えてない」


 考えてないなんて嘘だ。理屈と心が正反対。

 わからないままひとりで考えすぎているから、傷つけないために立ち去るなんて身勝手な結論になるんだ。

 俺は拳を握りしめる。


「深町の嘘つき。人と親しくなる方法なんて本を読んでいたくせに。こっちはとっくにお前を選んでるんだ。それでも友達でいたいって、ちゃんと言えよ」

「でも。それ、は、私の、わがままで。人が、私に関わるのは面倒だって、思うのは、当然、だから」


 顔をあげた深町の目が潤んで、頬も濡れてびしょびしょで。

 本音は、もうわかってるじゃないか。どんな顔をしているか。それが真実だ。


 深町は配慮されて当然なんて思ってない。我慢させっぱなしで平気でもない。

 自分なりに頑張ってそれでもどうにもならなくて、自分の存在は迷惑だと自分を責めて、人との関わりから引っ込もうとしている。

 それでも存在を許して欲しいと願うなら……常に申し訳ない気持ちでいなければならない、のだろうか。

 関わって()()()ことに、感謝し続けなくてはならないのだろうか。


「もう、授業に行って。構うと、泣くのは、卑怯だと、百瀬にまた、怒られる」


 そう言ってしゃくりあげる深町を前に、俺は呆れたようにこちらを見下ろす祐樹の顔を思い浮かべていた。

 ヘタレ。ビビリ。事なかれ主義。

 怖いから、困りたくないから、責められたくないから、そうなることを回避するために行動する。

 原動力は、恐怖。

 お前を見てると腹が立つ、祐樹によくそう言われた。

 今の深町は、まるで俺みたいだ。

 諦めて、最初からなにも望まない、フリをする。

 感じないフリをする。

 俺はそれをずっと当たり前だと思ってきた。それ以外を知らなかった。苦しいことだと気づきもしなかった。

 何かを欲しいと望み、手放すことは。なりたい姿を思い描き、諦めることは。こんなにも、痛い。


「ここまで既にネコのために、めちゃくちゃやってきたじゃないか。今更、勝手に引っ込むな。堂々と迷惑かけてみろよ。誰が何と言おうと俺は」

「百瀬、待たせた。大葉と、深町はどこだ」


 すぐ近くで聞きなれた声がして腰を浮かした。

 俺たちのいる体育館の壁の角を挟んだ向こう側、ゴミ箱のあったあたりから担任がひょこっと顔を出す。

 担任は深町が目を潤ませているのを見て駆け寄ってきた。


「どうした、どこか痛むのか」


 担任が正面にしゃがみ込み尋ねると、深町は首を横に振る。

 やっぱり気づいてないのか。

 怪我のことを伝えようと口を開きかけたところで、担任が出てきたのと同じ場所から百瀬が姿を現した。


「深町さんが暴れてたから、小田さんが先生を呼びに行ったんだ。……別に覗くつもりじゃなかったんだけど、成り行き上、俺はここで様子を」

 

 百瀬が早口で言い訳する。

 暴れてたのを見ていたということは、かなり前からそこに隠れていたのか。

 百瀬を見た深町があわてて涙を拭うと、濡れた顔に血の線がつく。

 担任が目を見開いた。


「ああ。手を怪我してるじゃないか」


 担任の指摘に深町は「手?」と呟き、目の高さに両手を持ち上げ、ひらひらさせる。

 両手の小指側と右肘の下が切れて血が垂れそうになっているのに気づくと、深町は体操服でそれを拭った。


「そんなところで拭わないよ。それ、どうしたんだ」


 深町が首を傾げるのを見て、百瀬は担任に深町が自分で壁を殴ってたこと、それを俺が身を張って止めたことを端的に説明した。


「笹森と高橋から事情は聞いた。今二組の方でも話を聞いているから、まずは保健室で手当しよう。大葉は、なんともないか」


 頷くと、担任は深町の前を歩き誘導する。

 ちょうど虎之助と小田が高橋を保健室に連れて行ったところだという。

 高橋の顔を覆って蹲っていた姿が浮かぶ。

 怪我をした様子はなかったが……大丈夫だろうか。


「百瀬は授業に戻れ。大葉と深町は遅れて行くと伝えてくれるか。少し話がある」


 担任が指示を出すと百瀬は素直に返事をした。そのまま運動場へ向かうかと思えば足を止めて戻ってくる。


「先生。俺、二組の子たちが深町さんにやったのは、あれは、集団暴行。暴力だと思ってます」


 百瀬はそれだけ言うと、ちらりとも俺や深町の顔を見ずに踵を返した。

挿絵(By みてみん)

七瀬渚さん(https://mypage.syosetu.com/700031/)から2017年連載当時にいただきました。

深町七緒と大葉南朋です。

当時のシーンは二人とも制服で、場所も体育館裏じゃなくて屋上だったんですよ。

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