40 俺がそれを選んできたんだ
<40話あらすじ>
祐樹に宮下中美術部卒業生の集合写真を差し出された南朋は、これが例の守さんが半裸に加工された写真の大元だと聞かされる。
そこにはこれまでどの写真にも共通して映り込んでいた高木成美の姿はない。
悪意の加工を施した人物にこの集合写真を提供したのは、南朋にとって思いもよらない人だった。
祐樹の犯人に対する怒りを前に、南朋は自分自身についてのある問題に気付く。
部屋に戻ると、パジャマ姿の祐樹が気だるそうに机に頭をつき、一枚の写真を眺めていた。
「もう風呂に入ったのか。早いな」
祐樹は身を起こすと、それには答えず無言で写真を差し出してくる。
スナップ写真よりほんの少し大きなサイズで、宮下中の制服を着た男女が壁に飾られた絵の前に並んで写っている。
生徒の中には、晴々とした笑顔を向けている守さんと普段と変わらず無愛想な祐樹の顔もあった。
「この絵、学校の校長室前か。なに。これがどうかした?」
俺が場所を言い当てると、祐樹はふっと表情を緩める。
「これは俺が最初に見せられた、あのえげつねー写真の大元だ。土曜、薫とXアカウントの写真をアルバムと照合してもらったが、これだけは確認できなかったろ。フォロー承認前に消されたと思ってたからな。そいつが今日、いろいろあって出てきたんだ」
それってカメラ目線で微笑む上半身裸の……と思い至り、写真の中の守さんの眼差しにどきりとする。
「そ、そう。じゃあ、この写真にも成美さんが……」
微笑みかける守さんから目を逸らし、中学生七人を順に見る。
職業体験の写真で見た、小柄で目の細い成美さんの姿を浮かべてみるも、それらしい人は見当たらない。
「いねーよ。卒アル用の写真だからな。ここにいるのは俺の代の美術部員だ。ピースしてるアホっぽいのが、土曜絵画教室にいた工芸高校の新井茉里。んで、俺の隣のデカブツが南綾高校の坂上学。卒アルのはこの真面目バージョンだな」
祐樹は棚から卒業アルバムを引っ張り出すと、部活紹介のページを開いた。
同じ場所、同じ並びでかしこまった顔をした七人が載っている。
新井さんだけがにやけた表情を引きずっているが、守さんも、祐樹もバッチリよそゆきの顔だ。
祐樹は俺の手から写真を奪い、開いたページの上に重ねた。
「アルバムは卒業生百四十人の手に渡っているが、このバラの写真を配られたのはほんの数名だ」
「ってことは、この写真を持っている人の中に犯人がいるんだ。成美さんは対象から外れたのか」
七人の中には祐樹と守さん本人もいるから候補は五人。
このうち新井さんと坂上さんは絵画教室で一緒だったが、出身小学校が違うから学校行事のスナップ写真は入手できない。
そして他の三人はあの絵画教室には通っていない。
犯人は複数なのか。
こんなに仲が良さそうなのに、人間不信になってしまいそうだ。
祐樹はいや、と首を振る。
「高木成美がバラの写真を持っていないとは限らないな。その理由は後で話す。今回分かったのは、Xのアカウント主と例の一枚を加工した犯人は別だったってことだ」
「この一枚が例外ってこと?」
「そうだ。この写真を加工した犯人は俺にXアカウントの存在を知らせた小塚って男だ。放課後、小塚は美術室で部員の坂上に例の一枚を見せていた」
「部室で……じゃあ写真の提供者は坂上さんか」
守さん本人もいるだろう部室でその人を裸にした写真を人と見ているなんて、考えるだけで目眩がする。
坂上さんは新井さんと付き合っていると聞いたはずだが、彼女がいても別の女、それも友人の裸を平気で見ていられるものなのか。
彼女が同じ目に遭っていたらとは考えてみないのだろうか。
祐樹はあっさり俺の結論を否定した。
「いや、坂上は俺と同じよ。いきなりヤベーもん見せられて、ビビり散らかしてただけだ。小塚の敗因は、坂上の反応を甘く見てたことだな。叫ぶわ、椅子から転げ落ちるわ、スマホを床に放り出しちまうわ、散々だった」
全く平気じゃなかったようだ。
「そらびっくりするよ。急にそんなの見せられたら」
「まあな。俺は逆に声も出なかったが。同じビビるなら坂上みてーにでけー声出したほうがいいな。おかげで小塚の悪事にも気付けた」
いつも冷静に見えていたが、祐樹も自分と同じなんだと親近感が湧く。
ビビって固まっても状況は動かないのだ。
坂上さんにしても、あえて叫んだわけではないのだろうけれど。
「守さんや、周りの人は」
「落ちたスマホを拾ったのは俺だ。アホがでかい声出してふざけてるとしか思われちゃいねーよ」
「そっか。よかった」
日頃のバカな行いが生きることもあるんだな。
今もまだ他の誰も何が起きているか知らないのだとわかり、ホッとする。
「小塚が写真を見せるのに試験日の教室や、本人のいる部室を選んだのは、余裕を奪って画面を細かく確認させないようにするためだろな。最初にあのXアカウントを見せてから、過去にはこんなものもあったと投稿を探すふりをして端末に保存したあの一枚を出しやがんだ。投稿されたものと誤認させるようにな。なめたまねしやがって」
「つまりあの一枚はXアカウントとは無関係。最初から投稿されてないんだ」
思い返してみれば、百瀬と確認した写真の加工はどれも守さん以外の人物がわからないように消去された、シンプルなものだった。
わざわざ裸を生成したか、くっつけたかしたらしい、見るものを煽ろうとする意図が明確な一枚とは質が違う。
Xのアカウント主と、例の一枚を加工した犯人は別人なのだ。
「でも、だとすると小塚さんはどこから写真を手に入れたんだ。さっき、このバラの写真を成美さんが持っていないとは限らないって言ってたけど、成美さんとつながってるのか」
守さんと祐樹を除けば、部内には坂上さんしかいないのだ。
自然と疑いが部の外へ向かう。
「いや、入手先は高木成美じゃない。高木が写真を持っているかどうかもわからない。むしろその可能性は低い。ただの俺の希望みたいなもんだ。せっかく部員みんなで撮ったんだ。あの絵の前で。もしかしたら中に誰か一人くらい居場所を聞いてた奴がいて、こっそり届けられていたら、なんてな。大した根拠もねー戯言だ」
これまで祐樹に美術部は似合わない。どうせ幽霊部員だろなどと思っていたが、違う。
彼を含めた写真に映る七人と成美さんは、本当に良い仲間だったんだ。
改めて写真の絵に注目する。
最初に見たときは、記念すべき卒アル写真をどうしてこんな禍々しい絵をバックにして撮ったんだろうと疑問に思った。
中央にへたりこみ、口を半開きにして天を仰ぐ女の子の絶望の眼差し。
手を伸ばしても届かないほどに高い小窓から降り注ぐ、胸が痛くなるような白。地にゆらめく青。少女の黒。そして赤。
「成美さんの絵だったんだ」
校長室前の怖い絵。
今の俺と同じ中学生の成美さんが描いた。
美しい。
見入っている俺に祐樹がどこか得意げな声で話す。
「気色悪いくらい存在むき出しだろ。とても昇降口なんかにゃ飾れねぇ。小学校上がりたてのガキが見たらトラウマになっちまう。この絵のこと、お前よく知ってたな」
「怖い感じだけど、どこか見過ごせないところがあって、印象に残ってた」
描かれている女の子には不思議な親近感があった。
ずっと前から知っているかのような。
「部員は皆、本人は居なくとも卒アル用の写真はここでと決めてた。あのバカは特に浮かれてたな。小塚が写真を入手したのはその百瀬守、本人からだ」
「……は?」
この集合写真を? なんで守さんが?
驚き過ぎてフリーズしてしまう。
やはり自分はビビると固まってしまうタイプらしい。
「アイツは南綾美術部の自己紹介にこの写真を持ってきた。自分もこんなふうに卒業後も学校に残せる作品を作りたいと宣言してな。高木の力作をぜひ手に取って見てほしいと写真を席に回した結果、小塚のスマホに収められ加工されちまったってわけだ。迷惑だよな。今頃は俺の加工ヌードも全世界に公開されてるかもしれねーぞ」
「げ。世界の治安を守るためにも、写真はちゃんと管理しないと」
つとめて明るく返したつもりが、祐樹は急に真顔になった。
「いや、アイツの落ち度じゃねえだろ。迷惑なのは小塚だ。普通のヤツはこっそりカメラに収めたり、それを加工し見せて回ったりしねーのよ」
「それはそうだけど、気をつけるに越したことはないだろ」
「みんなが気をつければ安全ってか。何か起きたらありもしねー落ち度を責めて、おかしな奴には何も言わない。それはビビリが過ぎんじゃねーか。俺は小塚に責任を取らせる。やらかしたのはバカ女じゃねーよ」
祐樹の理屈にハッとした。
たしかに一人一人が気をつけるように求めれば何も起きずにすむかもしれない。
その点で、守さんは不注意だったのかもしれない。
でもそれを強調しすぎるといざ何か起きたとき、気をつけなかったせいだと責めることにはつながらないか。
本人も、周囲も。
現に俺は小塚さんの行動のおかしさに目が向かなかった。
過剰に自衛を求めることは、彼のしたことを庇うことにつながっている。
「そう、だね」
「あーゆーことやっちまうのは、見てくれがどうだろうが赤ん坊だ。人は自分のために存在してるわけじゃねーのに、いつまでもそれがわかんねえ。相手が生身の人間でこれが傷つくことだと理解できないほどに傲慢で幼稚だ。そんな理解度で人を破壊するような武器をひけらかしてんだ。ビビるよな。だからといってやられる側のせいにして誤魔化すわけにはいかねーと、俺は思うんだわ」
ビビる。でも誤魔化さない。
そうか、やった相手から目を逸らし、やられた側の落ち度に目を向けるのは逃げなんだ。
目が向かなかったんじゃない。
事を構える勇気を出さずに済む理由となってくれるから、俺はそれを選んでる。
祐樹からヘタレ、ビビり、事なかれ主義と散々言われてきた理由がようやくはっきりとわかった気がした。
「うん。祐樹はこのあとどうする」
「まずは小塚にXのアカウントを知った経緯を吐かせる。アカウント主にはDMを送ってあるが今のところ返信はない。二人に繋がりがあるのか、偶然か。ともかくもはっきりさせる」
祐樹はスマホを机に置き、XのDMを開いた。
——@momoirotoiki「わたしを守って」ことN.T 見つけた。返事をくれ——
N.T……高木成美。
プロフィールに書かれた「だれかみつけて」に応えるように、成美さんと特定したことを伝えるメッセージだ。
ラインと違ってXには既読の通知がない。
アカウント主はもう目にしただろうか。返信が来るまでわからない。
祐樹はアイコンをタッチし@momoirotoiki「わたしを守って」のプロフィールページを開いた。
「Xで写真だけでなく、わざわざアイツの名前を彷彿とさせるユーザー名まで使ってんだ。アカウントが本人かその周囲に届く事を願ってるんじゃないか。俺や坂上に届いたことには意味があると信じたいね」
想いが届いたと信じる。
祐樹は案外ロマンチストなのかもしれない。
「意味といえば、文章にもなにかメッセージが込めてあるのかな。守さんになら伝わる何かが」
反射的に浮かんだ事を口にすると、祐樹はうーんと首を捻る。
「アイツになら、か。まずは小塚とこのアカウントの繋がりをはっきりさせてからだな。明後日の放課後には、さとしから話を聞ける。何か出てくるといいんだが」
さとしに会うと聞いて、ぱっと百瀬の顔が浮かんだ。
「祐樹に頼みがあるんだ。さとしと再会してから百瀬の様子がおかしい。すごく変なんだ。聞いても何も話してくれないし。あの頃のことを思い返しても、小学校では取り立てて変わったことはなかったと思う。さとしの家での様子とか、なにかさとしのほうで思い当たることがないか聞き出してほしい」




