36 みんな君だった<ギフト:天界音楽さんから>
<36話あらすじ>
祐樹の話を聞いて幾つかの謎は残るも、南朋は六年生のとき姿を消したさとしに起きていたことをおおむね理解した。
なりすましの犯人を追う祐樹は、南朋らの揃えた証拠から早速次の手を打つ。
学校では靴騒動の後、雨降って地固まったのか深町と高橋たちの距離が縮んで見える。
そんな中、ネコの預かり手探しは困難な局面を迎える。
「手間をかけたな。おかげでかなり絞り込むことができた」
守さんを送ってマンションに戻ってきた祐樹は、礼のつもりか俺が肘をついている勉強机にコンビニスイーツを置いた。
選んだのはおそらく守さんだろう。
普段の祐樹が買ってくるものとはモノが違う。
「そっか。役に立てたならよかった」
アルバムを確認した件については祐樹からのラインを受けた後、百瀬が成果をまとめて送っていた。
中学二年の職業体験以降のものは投稿に使われていないこと。
一枚を除けば全て学校行事の写真であり、元の写真の背景には高木成美が共通して写っていたこと。
それから、母に連れられ夜逃げした成美がアルバムを持ってはいないと仮定すれば、犯人は家に残されていたさとしになるのではという百瀬の見解。
隣に並ぶ自分の勉強机の椅子を引き、祐樹が尋ねる。
「お前の考えはどうだ。さとしが犯人だと思うか」
俺はラインにコメントを残していない。
さとしの過去にあった出来事について知らない俺の心象など、当てにならないと思ったからだ。
拗ねていたのかもしれない。
でも。
「正直、背景に映る人が成美さんかどうかわからなかったし、プロフィールの文章も意味深すぎるっていうか」
お前のほうがさとしの事情を知っているだろと目の前の相手の表情を伺う。
祐樹はまっすぐこちらを見つめ返した。
「結論は」
「さとしは犯人じゃないと思ってる」
「俺もだ。薫の見解に反論できる証拠はないがな」
意見の一致にホッと息をつく。
「でも、さとしは俺の思ってるような人間じゃないのかもしれないとも思うよ。現に百瀬は全然違う見方をしてたし」
百瀬といる間、俺の中のさとしの像は揺らいでいた。
いや、さとしが姿を消した時にも違和感を拾ってはいたんだ。
再会した時もそう。
違和感はあった。
すぐさま打ち消し、埋めてしまっただけで。
「人によって見方が違うのは当たり前だろ。たとえば俺から見りゃ親父は小心者のクソやろーだが、母さんからすりゃ生意気なガキを諌めてくれる頼もしい夫なのかもしれねーな。案外、親父自身は子煩悩なつもりなのかもしれねーぜ。お前から見りゃ絶対服従すべき理不尽大魔王なんだろうがよ。誰だってそんなもんだ」
「絶対服従って。祐樹から見た俺は本当にヘタレなんだな」
なんだか悔しくなって唇を尖らせる。
「いや。そうさせた方が悪いんよ。お前はまだガキなんだから。ま、いいじゃねーか。そんなことは」
「祐樹は誰が犯人だと思ってる?」
「高木成美だ。今日の写真で決まりだな。宮下中学でアイツと同じ絵画教室に通っていたのは、同じ学年だとうちの美術部の坂上学、工芸高校の新井茉里、それから高木成美の三人。さっき送った写真に写っていたのは、唯一今も続けている新井茉里。うちの坂上と付き合ってるらしいが、まあ、よくわからん不思議ちゃんだな。この中でアイツと小学校で一緒だったのは、高木成美、一人だけだ」
*
月曜の朝。
マンションから自転車を出したところで家から出てきた百瀬と鉢合わせた。
百瀬にしては珍しく朝が早い。
「おはよ。そっか。南朋、今日から自転車なんだ。部活復帰はまだなんだっけ」
「あと一週間は安静。復帰は病院で見てもらってからになるな」
動きを確かめるように左手を握ったり閉じたりしてみる。
もうほとんど痛みはない。
「あれから祐樹さん、なんか言ってた?」
尋ねられて気付いた。
兄弟で話して共通認識を持った気になっていたが、百瀬と三人のグループラインにはあれから追記していない。
「XにはDMで探りを入れるみたいだ。あとは、走りながら話すよ」
腕時計に目を落とすと百瀬は頷き、自転車を出しに向かった。
昨日俺と話した後、祐樹はさとしの家に電話をかけ、会って話す約束を取り付けた。
直接アカウントを見せて、反応を確認するつもりなのだ。
顔を合わせて話すのと、人伝に聞いて知るのとでは内容は同じでも伝わるものが違う。
俺は昨日祐樹との間でそれを実感した。
さとしが消えた当時、彼が一人取り残されていることに気づき家を訪ねていたのかと追求すると、祐樹はあっさり認めた。
親や学校に報告しなかったのは、さとしが助けを拒否したからだそうだ。
実は、これまでも家族がさとし一人を残して家を空けることは幾度もあったという。
何を問うても「別に特別じゃない。必要だからそうしてるだけ。言ってもわからないよ」と誤魔化すさとしに、祐樹は運動会までと期限をつけた。
部活の後、必ず様子を見に訪ね、菓子やパンなどを差し入れたのだそうだ。
祐樹はさとしの気持ちが動くのを待っていたのだ。
運動会の日を待たずにさとしが姿を消したのは、百瀬とのトラブルが原因だった。
祐樹がいつものように家を訪ねると、二階で激しく口論するのが聞こえ、階段から百瀬が転がり落ちてきた。
すぐに意識を取り戻したのだが、一時は脳震盪をおこし意識の混濁する様子を見せた百瀬をそのまま帰すわけにはいかない。
祐樹が百瀬に家へ連絡を入れさせたことで、放置されていたことが明るみに出たのだろう。
その後、さとしは急に転校し、百瀬は学校を休むことになる。
結局さとしの家族に、そしてさとしと百瀬の間で実際になにが起こっていたのか、大人たちの間でさとしの処遇についてどんなやり取りが交わされどうなったのか、母親と成美がどこにいるのか、祐樹からは見えなくなってしまった。
自転車にまたがり百瀬が戻ってくる。
「行こう。なんの目的があって守姉を騙ってるのか知らないけど、絶対許さないから」
百瀬には俺とも祐樹とも違うさとしの姿が見えているのだと、彼の思い詰めた顔を見つめた。
*
校門をくぐると百瀬はぴたりと例のなりすましの話をやめた。
硬い表情のまま早足で前を歩く。
俺は靴箱の前で一心に踵を上履きにしまい込んでいる深町を見つけ、おはようと声をかけた。
窮屈なのだろうかと目を落とすが、見た感じそういうわけでもなさそうだ。
深町は黙って顔をあげ、俺の顔を穴が開くほどじっと見つめた。
「え、なに」
「いや、人に挨拶されるとは思わなかったから。おはようございます」
自然に挨拶が飛び出したけど、言われてみれば、用もないのに学校で深町に話しかけたのは初めてかもしれない。
隣の百瀬が靴を持ち、苛立たしげに深町へ文句をつける。
「邪魔。後ろ、俺の靴箱なんだけど。さっさとどいてくんない?」
今日も深町へのあたりが強い。
深町は靴箱を振り返り貼られた名前を確認すると、慌てて尻を横にずらした。
それから、再び自分の上履きに目を落とす。
「上履きがどうかしたのか」
尋ねると深町は上履きを脱いで俺の方へ差し出した。
「これのことなんだけど、あの人は上履きをどうしたかなと思って。土曜日、小田さんちまで履いて行っただろう」
「ああ、高橋の上履きね」
壊れた靴の代わりに吉永が借りて帰ったことを言っているのだろう。
「そう。なくて困ってたら、私のを貸したほうがいいかもしれない。私のせいだから。でも……」
深町の視線が俺の後ろへ逸れて行く。
「洗ってきたわ。念入りにね。持って帰るの忘れてたから、ちょうどよかった」
背後から声がして振り返ると高橋が立っていた。
その後ろで小田がおはようと手を振る。
深町は座ったまま丁寧に頭を下げた。
「あ、おはようございます」
「おはよ。ばかね。あんたの上履きにあたしの足が入るわけないでしょ。どんだけ身長差があると思ってんの」
高橋は深町の目の前で上履きを出し、さっさと履き替える。
「たぶん、二十センチくらい。だから足の大きさも違う気はしていたんだ。上履きがあるのならよかった」
「そこまでじゃなくない? 相変わらず頓珍漢ね。さっさと履きな。こんなとこに居座ってたら邪魔でしょーが」
辛辣な言い方とは裏腹に、高橋は廊下まで出てから立ち止まり、深町が上履きを履くのを待っている。
土曜日、深町の家へ向かった一行がどんな話をしてきたのかわからないが、小田だけでなく高橋と深町の距離も近づいているような気がする。
深町はつま先をトントンすると二人の方へ寄って行った。
「さっき百瀬にも同じこと言われた」
「ほらぁ。っていうかあんた、ちゃんとももちゃんに助けてもらったお礼言っときなさいよ。これから相談したいこともあるんだし」
気がつくと百瀬がいない。
周囲を見回すがどこにも姿がない。
置いて行かれてしまったようだ。
黙って行くことないのに。
「百瀬に相談って?」
三人の背中に投げかけると小田が悲しげに眉を寄せ、こちらを振り返った。
「実は、うちで猫を引き取ることはできないって言われちゃったんだ。放課後も、日本舞踊の公演が近いから練習をおそろかにできなくて、もうお世話にはいけないんだ。もちろんこれからも飼い主探しは続けるつもり。そういうの百瀬くんが詳しいって聞いたから、ね」
小田が同意を求めると高橋が頷いた。
「ま、なんとかなるよ。薬は大葉がやってくれるんでしょ。凛花たちだって貰い手探してくれるんだし、ネコも元気だしさ。由美ちゃんは、おばあちゃんに良い舞台を見せることに専念してればいいの」
高橋の明るい言葉に俺も同意するほかない。




