35 だれかみつけて、でもだれもみつけないで <挿絵:百瀬守・新井茉里>
<35話あらすじ>
六年生の秋、さとしの家で何が起きていたのかについて百瀬が知っていることを打ち明ける。
写真を確認し終え、Xのアカウントを動かしているのはさとしではないかと推測する百瀬に対し、南朋はプロフィール画面の文言を引いて反論する。
その頃、家から守を連れ出していた祐樹はある場所を訪れていた。
百瀬の説明に、俺は合点がいかなかった。
「成美さんが一緒に住んでないって、どういうこと。だって学校があるだろ」
「俺も、後で守姉から聞いて知ったんだけど、来てなかったんだって、成美さん。もともと休みがちなところはあったみたいだけど、二学期に入ってからは一度も。思い返せば仔ネコの世話に訪ねた時、家族とは一度も会わなかった。いなかったんじゃないかな、家に。祐樹さんがほっとけなかったのはきっとネコじゃなくてさとしのほう。ひとり置き去りにされていることに気づいて訪ねてたんだ」
「さとしが置き去り?」
思い返してみても、俺に怒りをぶつけてきたあの日を除けば、さとしは普段となんら変わらないように見えていた。
なのに、二学期に入ってからずっとひとりだった?
百瀬は困ったように頭を掻く。
「中学校では夏休み明けに、成美さんが急な引っ越しで転校したって話が出てたらしい。お母さんの再婚って噂だけど、先生にも、守姉たち美術部員にも、詳しい事情を知ってる人は誰もいなくて、ほんとに突然だったみたい。俺が家で譲姉にさとしんちの仔ネコの話をしてたら、守姉が割り込んできて教えてくれた。びっくりしてたよ、守姉。さとしが普通に学校に来てることを聞いて」
「さすがにひとりってことはないだろ。親戚が面倒を見てたとかじゃないの」
百瀬は首を振った。
なぜだろう。誰もいない家から学校に通っていたことに気づかせないよう振る舞うことが、さとしにならできそうな気がした。
さとしの父親は、彼が五年生の夏に亡くなっている。
夏休みに家族で海水浴に出かけた先で、溺れてしまったらしい。
その影響か、さとしは翌年の水泳の授業をずっと見学していた。
でもそれを除けばさとしは驚くほど普段どおりだった。
百瀬にちょっかいを出したり、天然発言でみんなを笑わせたり。
夏休み明けすぐの運動会でも活躍してたし、プールを見学している時も、ニコニコ手を振っていた。
俺はその姿に、さとしはもう乗り越えた、大丈夫なんだとホッとしたんだ。
でもそれは、もしかしたら俺たちを安心させるための仮面だったのかもしれない。
本当は見えない場所で震えていたのかもしれない。
実際、どんなに平気な顔をしていても、水を前にして身体は怯えていたのではないか。
だからプールには入れなかった。
父親の死。家族に置き去りにされること。
どんな顔をしていようと、平気なはずがないんだ。絶対に。
もしかすると、俺たちはずっとさとしの仮面を見ていたに過ぎないのかもしれない。
「祐樹は守さんから話を聞いて、さとしの家を訪ねたのか」
百瀬は大きく首を振る。
「それはちがう。祐樹さんは、俺が仔ネコの件で呼び出されるより前から来てた感じだった。言っただろ。仔ネコのことはさとしに口止めされてたって。祐樹さんにはああ言ったみたいだけど、南朋にすら言うなって意味で、誰にも秘密だった。さとしを説得して俺が譲姉に相談できたのは運動会直前」
「じゃあ、なんで祐樹は……」
ふと、ベッドの上に広げられた守さんのアルバムが目に入った。
赤い鉢巻きをした悟ちゃんと私服姿の守さんがカメラに向かって笑顔を作っている。
××年九月二十日。
さとしが姿を消し、体調を崩した百瀬が出られなかった六年生の秋の運動会の写真だ。
運動会を見るために単身赴任先から戻ってきた父親が撮ったものなのかもしれない。
珍しくぶれた写真を見ていて、あっと気づく。
そうか、俺だ。
きっと祐樹は俺が家で運動会の話をしていたから、さとしと成美さんが一緒ではないことを知ったんだ。
今年のリレーは補欠にも入れなかったとか、でもさとしがアンカーだし一位もあり得るとか、日々食卓でいろんな話をしてきた。
成美さんの転校を知る祐樹が、それを聞いて疑問を抱いてもおかしくはない。
でも、それなら……。
「なんで、教えてくれなかったんだ。いや、俺に言わなくてもいい。さとしが置き去りになっていると知ったなら、助けを求めるべきだろ。親とか、先生とか、誰か大人に」
成美さんが学校に来なくなってからさとしがいなくなるまで、さとしは二週間以上、家に一人だった可能性がある。
いったいどうしていたんだろう。
たったひとりで。
百瀬が顔を歪ませる。
「ごめん。俺が事情を知ってすぐにさとしは家を出ることになったんだ。いなくなってからじゃ却って、まずいだろ」
「でも前から知ってた祐樹にはやれることがあったはずだろ。後からじゃ変に噂を広めることになるだけでも、その時は」
言いながら、もしかすると発覚は祐樹が大人に知らせたからなのかもしれないと思う。
秘密裏に問題を解決し、さとしが消えて動揺する俺を見ても、おくびにも出さずに沈黙を貫いていた。
好奇の目から、さとしを守るために——。
「変な噂……あ、うん。そうだね。でも、ごめん。ほんとに、ごめん」
何年も秘密にしてきたことに罪悪感を抱いたのだろうか。
百瀬は目を左右に泳がせ、俯いてしまった。
図書館で勉強した帰り、祐樹が綾川駅でさとしに会ったと言った時、百瀬が「言いたくない事情があるんなら、無理に知ろうとしないのも友情かな」などと突き放したことを言った理由が、いまならわかる。
なんでも知りたがる俺に、詮索しないよう牽制していたのだ。
「状況はわかった。急ぎ母親と家を出た成美さんは写真を持ち出せてはいない。だからさとしが犯人だって百瀬は推測したんだな」
「うん。実際にアルバムがあるか確認したわけじゃないけど、家財一式そのままで普通に生活してる感じだったし」
家のものをほとんど置いて出たのなら、当然アルバムも置いていったものと百瀬は考えたのだろう。
俺は直感的に、もしも母親と成美さんがもう帰らない覚悟で家を出たのなら、アルバムを持って行ったのではないかと考えた。
描いてきた絵や、手紙。それから写真。
家具は新しく揃えることができるが、それらは本人や家族にとってかけがえのない物だからだ。
他の何もかもを置いて出たのだとしても、これだけはと握りしめはしないかと。
「でも、写真を加工しようにも、さとしはスマホを持ってないよな」
「そんなの、ほんとかわかんないし」
百瀬はさとしの言葉を全く信用していないらしい。
たしかにさとしはずっと仮面をかぶっていたのかもしれないが、百瀬が疑っているような酷い嘘つきだとは、俺にはどうしても思えない。
俺はヒントを求め、ラインで共有したXのなりすましプロフィール画面のスクショを確認した。
@momoirotoiki「わたしを守って」。そして「美しく成るはずだったのに わたしはにせもの いらないこ だれのめにもうつらないわたしを だれかみつけて」。
心の悲鳴が聞こえてくるような強い言葉たちだ。
「俺、さとしがこんな意味深な文章を書くとは思えないんだよな。誰の目にも映らないどころか周囲がほっとかないタイプだし。本人もよく期待に応えてた」
さとしは作文が大の苦手だったし、百瀬と違い、机で作業すること全般に興味が持てないように見えた。
なによりこの文章とは反対に、彼はむしろ、誰にも見つけられないように自分を隠してきたのではないか。
運動会や球技大会でみんなに求められてきたさとしが、偽物だとか、いらない子だとか、拗ねた言葉を吐く理由が見つからない。
スマホを覗き込んだ百瀬は、俺とは違う見解を口にする。
「でも、置き去りにされた状況と内容があまりにも重なってる。『いらないこ』に『だれかみつけて』ってさ」
「そうだけど、でもさとし、今はおじいさんと住んでるって言ってなかったっけ?」
「知らない」
吉永さんが家に電話をかけるって言った時、さとしがおじいさんが出るかもしれないと答えていたのを思い出す。
だとすると「だれかみつけて」というのは、今のさとしが発するメッセージとしては似つかわしくなく思える。
既に安全な場所にいるのだ。
アカウント名の@momoirotoiki「わたしを守って」はあからさまに百瀬守を仄めかして見えるし、プロフィールの「美しく成るはずだったのに」とひらがな表記の中にわざわざここだけ漢字を使ったのは、成美の名を見出させようとしているようだ。
素直に、見つけて欲しがっているのは成美さんだと読み取れないだろうか。
守さんのアルバムでの印象でしかないが、成美さんは幽霊のようによるべなく、誰かに見つけられるのを待っているかのように俺には映った。
実際、表彰されるほど絵が上手いのだというのに、その姿は全く人の記憶に残っていない。
百瀬だって守さんと絵画教室が一緒でなければ、彼女のことを知らなかったと言っていたくらいだ。
偏見かもしれないが、何をしなくても目立つさとしの影に隠れ、成美さんはどんな成果を出しても「わたしはだれのめにもうつらない」と劣等感を覚えていても仕方がないように思えた。
絵に憧れを持つ祐樹や守さんから見ると違うのかもしれないけれど。
百瀬は大きくひと息つき、ベッドに広げたアルバムを片付け始めた。
「だいたい、さとしは南朋が思うほど明るく人懐こい人間ではないよ。ちょっかい出してきてウザいとこはトラに似てるけど、二人は全然違う。トラは真っ先に自分を見せて相手の気持ちを開かせようとしてるけど、さとしは真逆。自分を隠して人をつつき反応を試してる。人懐こそうな仮面の裏で人が侵入できる弱みを見せるのを待ってるんだ」
「……百瀬、さとしとなんかあったのか? 仔ネコのことだけじゃなくて」
俺は百瀬の顔を正面から見据え、尋ねる。
弱みとか、侵入とか、なんでそこまでさとしのことを悪く言うのかどうしてもわからなかったから。
「別に」
百瀬はサッと視線を逸らし、重ねたアルバムを持ち上げる。
その時機械音がして、スマホの画面に通知が出た。祐樹からのラインだ。
——進捗はどうだ。時間が必要なら潰してくるが、こっちの用は済んだ。いつでも戻れる。時間を指定してくれ。あと絵画教室の写真はおそらくビンゴだ——
開くと、今日撮ったらしい守さんと絵の具まみれのパーカーを着た女の子のツーショット写真が添付してあった。
守さんのアルバムで見た顔だ。
例のXの投稿には使われていないものだけれど、今、祐樹に送られてきた写真と同じように互いにピースをクロスするポーズで写っていたのが印象に残っている。
写真の背景は、百瀬が絵画教室のものだと指摘した場所と全く同じに見えた。




