34 百瀬の推理 <紹介:高木成美>
<34話あらすじ>
百瀬はXのなりすましアカウントの写真にある重要なヒントを発見する。
祐樹はその発見を確かめるべく守をある場所へ連れ出すことに。
守が留守の間に守のアルバムを紐解く南朋と百瀬は、そこから犯人を見出そうとするが……。
Xの投稿を遡っていた百瀬がおずおずと手を挙げた。
「……祐樹さん。俺、大ヒント見つけちゃったかもです。ここ、高校入るまで守姉が通ってた絵画教室ですよ」
どこにでもあるコンクリート打ちっ放しの壁と、窓の向こうに映るベランダ。室内の写真だ。
高い場所にあるのかヒントになりそうな建物などは、なにも映り込んでいない。
感心した様子で祐樹が尋ねる。
「こんな写真でよくわかるな。そいつはどこにある」
「守姉が美術用エプロンするの、そこでだけだから。場所はさとしの家の向こうですね。うちからだと、込み入った住宅地を通ることになるので迷うんですけど、最寄りの奏天寺駅からだと、窓に美大受験の文字がデカデカと貼ってあるのが見えるので、すぐにわかりますよ。幼児から大人のクラスまである大きな教室です」
「それって、さとしのお姉さんも通ってたっていう」
「うん。他にも同級生は何人かいたみたいだけど。帰ったら、守姉に聞いてみるよ」
これで犯人はかなり絞られる。
「いや。薫じゃ聞いても誰なのかピンとこねーだろ。明日はアイツを美術館にでも誘ってみる。絵画教室のこともそこで聞く」
祐樹はそう言うと、Xの投稿を見ていた百瀬の手から自分のスマホを取り上げ、画面を操作した。
早速行き先の情報を調べ、守さんに連絡を取るつもりなのだろう。
「そういやさ、一度聞いてみたかったんだけど、祐樹はなんで美術部なの」
浮かんだ疑問を口にすると、祐樹は画面を見たままめんどくさそうに眉を寄せた。
「あ?」
「いや。だって二年の総体までバスケに夢中だったろ? 活躍してたし、期待されてたんだよな。柳川先輩も言ってたけど」
背も伸びず、筋肉もつかない百瀬が諦めたくなるのとは訳が違う。
俺からみても、バスケは祐樹の性に合っていた。
人と競い合うことを好む、物おじしない性格と明晰な頭脳。視野が広くて、身体を使うセンスもある。
心から楽しんでいたように見えていたんだ。なのに、飽きただなんて。
もしかしたらその時期に、何か……。
「俺って割と万能だろ。勘が良くて、何やってもそこそこ器用にこなせる」
「はあ。まあ、そうだね」
祐樹の不遜な物言いに半ば呆れて相槌を打つ。
「だが、真っ白な紙を前にすると気付かされんだ。自分の中身のなさに。敗北し、絵筆を放り投げるほかないことにな」
その答えに夏休み、画用紙をぐしゃぐしゃにして屁理屈を捏ねていた祐樹の姿が頭に浮かんだ。
「つまり、苦手だから克服したいってこと?」
祐樹はうーんと首をかしげる。
「ビビって誤魔化すのはやめたってこった。技術を身につけるのだって生半じゃねーが、真っ白から描くには自分の内側にあるものを曝け出す覚悟がいる。逃げずに向き合いてーんだよ。仮面がなきゃものも言えねーよーな、偽物の大人になりたかねーから」
偽物の大人という言葉に、なぜか両親の姿が浮かんだ。
理想の良い親であろうと、朝起きてから寝るまで必死で仮面を貼り付け続けている姿が。
そのそばには言いたいことを飲み込んで、手探りで場にふさわしい言葉を探すヘタレでビビリな俺がいる。
良い子を演じるための仮面を手にして……俺は慌てて頭を振った。
祐樹の答えに百瀬も興味を持ったらしい。
「意外と深いんですね。そう考えるきっかけになったできごとが何かあったんですか」
「それは、たぶんあのバカと同じだと思うぜ」
「守姉と同じ?」
「ああ。高木成美。あの女みたいにやりてーんだ。気色わりーほど中身むき出しの、ニンゲン」
祐樹の変容に影響を与えたのはさとしのお姉さんなのか。
どんな絵を描く人なんだろう。
*
日曜日。
百瀬からのラインで祐樹が守さんを連れ出したことを確認すると、俺は急いで百瀬の家へ向かった。
「南朋、上がって。鍵は開いてる」
インターホン越しに百瀬の声が届いたと同時に、靴を引っ掛け悟ちゃんが玄関から飛び出してきた。
俺の肩を掴んで顔を近づけると、室内の百瀬にも聞こえるような大きな声で耳打ちする。
「今、お兄めちゃくちゃ部屋を片付けてた。普段は床が見えないくらい散らかってるんだよ」
見なくとも長年の付き合いで分かりきっている。
鞄や学校の机の上ですらめちゃくちゃなのだから。
「お前、何やってんの。余計なこと言わなくていいから、さっさといけって」
顔を真っ赤にした百瀬が裸足で三和土まで降りてくると、悟ちゃんはするりと俺の背中にまわり込んだ。
「追い出さなくても、邪魔者は消えてあげますよーだ。昨日から家あけろってしつこいんだからぁ。じゃあね、お兄。愛しの南朋くんと、ごゆっくり〜」
「気持ち悪い言い方すんな。ばぁか!」
靴に踵を入れると、悟ちゃんはケタケタ笑いながら外へと飛び出していく。
無敵だ。
百瀬に何を言われようと怖くも何ともないらしい。
「相変わらず、大変だな」
「あのマセガキ、最近みんなにああなんだ。守姉も散々からかわれてる」
さとしや虎之助と同じで、百瀬の感情的な反応を面白がっているんだろう。
守さんも、百瀬も、自らの態度が燃料となっていることに気がついてはいないようだが。
「譲姉も遊びに出たとこ。今がチャンスだね。家族がいたらやりづらいからさ。アルバム持ってくから先に上がってて」
百瀬は一階にある収納スペースに向かいながら、自室のある二階を指差した。
主のいない部屋へ入るのは気がひけるが、手伝おうにも勝手に人の家の収納を覗くわけにはいかない。
勧められるまま玄関に置かれたスリッパを履くと、レトリバーがリビングのガラス越しに顔を覗かせ、見てるよとでも言いたげにアピールしてきた。
対照的に、たくさんいるはずのネコたちは隠れてしまって気配も見せない。
部屋に入るとすぐ、百瀬は何冊ものアルバムを重ねて運んできた。
「こんなに……」
「大丈夫。量はあるけど、母さんの職業柄、写真だけは整理されてるから」
傷むのもかまわず、アルバムをベッドの上にぶちまける。
百瀬の母親はフォトグラファーだ。
イベントごとの多い土日に家を空けがちなのもそのせいなのだが、百瀬の言う通り、アルバムをめくるとすぐに写真はちゃんと時系列に纏まっていることがわかった。
「一目瞭然だな。なぜこの能力が百瀬に引き継がれていないのか、不思議なくらいだ」
「ちょっと。南朋まで俺をからかうわけ?」
百瀬はフグのようにぷっと頬を膨らませる。
なるほど。こういう反応欲しさに人は百瀬をからかうのだなと納得する。
祐樹にラインへ送ってもらった投稿写真と見比べながら、小学生の頃のアルバムに付箋をつけ終えるのに一時間程度かかった。
続けて中学生のアルバムに手を伸ばす俺に、百瀬があらたな注文をつける。
「全部見終わったらさ、投稿に使われている写真のうち、一番今の守姉に近い写真を教えて」
写真がきちんと整理されているので、時系列に沿ってアルバムをめくればそれはすぐに特定できた。
中学二年生の五月に行われた職業体験のものだ。それ以降に付箋を貼られた写真は一枚もない。
報告すると百瀬は何度も小さく頷いた。
「やっぱりな」
正直なところ俺は百瀬が何を確信したのか見当もつかなかった。
ちょっと表情の違うものもちらほらあったけど、使われた写真は概ね特定することができた。
けれど、すべてに共通して写り込んでいる人物を見つけることはできなかった。
宮下南小は一学年三クラス、宮下中では六クラスもある。
学校行事で仲がいい子といつも同じ班になれるとは限らないからだろう。
しかし、犯人はこれらすべての写真を持っている人物のはずなのだ。
俺は百瀬とは反対に、暗礁に乗り上げたと感じていた。
「やっぱりって。いったい何が、わかったんだよ」
「説明するね。まず、この人が高木成美さん」
百瀬は職業体験の集合写真に映る右端の女の子を指した。
同じ職場に向かった人が五人しかいなかったようで、顔立ちまではっきりわかった。
痩せ型で小柄な成美さんは、本当にさとしとは似ても似つかない姿をしていた。
どこか仏像を彷彿とさせる厚ぼったい目も、細い顎も。
唇の薄いところだけはちょっとさとしに似ているかもしれない。
「他の写真にも写ってる。これもそう。これも……」
百瀬が指したのはどれも写真の隅の方に写り込んでいる、長い髪で顔を覆われていて、表情までは確認できない女の子の姿だった。
見比べれば成美さんに見えなくもないが、俺には誰だか特定はできなかった。
見慣れない二学年上の上級生の女の子が写っているかどうかを見分けることは、案外難しいのだ。
「これ、本当に同じ人? っていうか、たとえ自分が写ってたとしてもこんなぼんやりした写真までは注文しなくないか。普通」
守さんのアルバムだから当然だけど、どの写真もメインは守さんや彼女と一緒に行動しているらしい数人の女の子だ。
写真の少女はそこには属しておらず、たまたま写り込んでいるにすぎない。
俺の疑問を百瀬は平然と退ける。
「注文の基準は人それぞれだろ。で、これらの写真から、俺は犯人はさとしだと推理した」
百瀬の推理はあまりにもメチャクチャだ。
「……は? どうしてここでさとしが出てくるんだよ」
「それはこれから説明する。まず、気になったのは最新の写真が中学二年生の五月ってところ。犯人が一緒に卒業したのならこの後ある修学旅行や卒業式の写真を使ってないのは不自然だ。守姉の今の姿に一番近いはずなのに」
その疑問はもっともだ。
守さんが二年生、ということは俺たちが小学六年生。
さとしと成美さんが宮下町の学校に在籍していたのもちょうどそこまでだ。
つまり、その後にある行事の写真が使えなかった理由に納得がいってしまう。
「もう消えてしまってるけど、例のあのカメラ目線だったらしいセンシティブな写真は、小学校の卒業アルバムのじゃないのかな。中学校じゃなくて」
「仮にそうだとして、じゃあ犯人は成美さんだろ。普通に考えて」
たとえ百瀬がさとしと喧嘩別れしていたとはいっても、犯人扱いするのはひどい。
こじつけにも程がある。
だんだん腹が立ってきた。
苛立つ俺を前に百瀬は平然と続けた。
「そうかもしれない。でも、俺、成美さんはたぶん手元にアルバムを持ってないと思うんだ」
「なんで。っていうか成美さんがアルバムを持ってなくてさとしが持ってるってどういう状況だよ。同じ家に住む姉弟だろ?」
「住んでなかったんだよ。少なくとも六年生の秋は」




