26 試合に集中してくれよ! <ギフト:雪華さんから>
<26話 あらすじ>
宮下中と清水中、混合チームによる練習試合が始まった。
柳川、虎之助らメンバーとの連携を期待される中、さとしが見せたのはチームを完全に無視した、孤独なワンマンプレーだった。
「つまんねーんだよ」と チームメイトから吐き捨てられ、コーチからはその姿勢を問われる。
それでも、さとしの心はコートにはなく、体調を崩したもう一人の親友・百瀬へと向けられていた。
そんな中、南朋の耳に飛び込んできたのは、さとしと深町の過去を暗示する、あまりにも不穏な噂話で……。
「宮下中からは柳川、笹森、百瀬、大葉、長野、宮崎、太田、三島の八人。清水中は高木、古河、八代、水越の四人。俺のところへ集まれ」
清水中の泉コーチのほうでもメンバーが召集され、それぞれのベンチに分かれる。
呼ばれなかったメンバーから審判と得点係を出して、あとはステージで見学だ。
見ると、宮下中でも清水中でも三年生はほとんど、泉コーチのチームに取られてしまった形だ。
百瀬が俺の隣に立ち、ふうっと重いため息をついた。
頭がふらつき、肩にぶつかる。
「ごめん、南朋。俺……」
こちらを見上げる落ち窪んだ目にギョッとしてしまう。
「百瀬、お前さっきより……」
「南朋、ももちゃん、同じチームだね」
さとしが話に割って入るようにして青い顔をしている百瀬の隣に並び、脇腹を軽く肘で突いた。
百瀬が足をよろめかせると、虎之助がまっすぐ手を上げ、コーチに呼びかける。
「コーチ。ももちゃ……百瀬くんは試合、難しいんやないかと思います。休憩中もトイレで吐いてたみたいで。外におってもろたほうがええんちゃいますか」
「百瀬、ダメか。今日は絶不調だな」
「え。ももちゃん、大丈夫?」
口元を押さえ、百瀬はコーチとさとしの呼びかけに小さく頷く。
「では、代わりに多部を入れる。百瀬、座ってていいぞ。……よし。今から呼ばれたやつは順にゼッケンをつけろ。ポイントガードは高木。即席のチームだが、半日対戦して味方の持ち味は見えているな。しっかりパスを回していけよ。シューティングガードに古河。行けるな。柳川はスモールフォワード。パワーフォワードには笹森。ビビるなよ。八代はセンターだ。自信を持っていけ。大葉と一年は見ながら自分ならどう動くか、選手をどう活かすか、チームの戦術を考えろ」
ワンマンプレーの目立っていたさとしが司令塔。彼とかつて共に遊んでいた柳川先輩が三番か。
「しっかり頼ってくれよ」
柳川先輩がさとしにグーを差し出す。
「え、あー、よろしくお願いします?」
「ちゃうやろ。そこはグータッチやん」
首を傾げるさとしの手を虎之助が引っ張って、強引にグータッチを成立させた。
虎之助のいきなり友達な距離感に、さとしが目を瞬く。
「インサイドはまかしちょき。八代くんもよろしゅーな!」
「頑張ります」
素直に返事をする一年生の八代は、虎之助だけでなくさとしにも屈託のない笑みを向けている。
人をほっとさせる笑顔だ。
柳川先輩が言っていたように、コーチたちがさとしを清水中のポテンシャルを引き出すキーマンだと考えているのだとしたら、このチーム編成の目的はチームワークを引き出すことだ。
本来視野が広くチームメンバーの長所を引き出す展開を得意としていたさとしに、司令塔はぴったりだと言える。
かつて共にバスケを楽しんだ柳川先輩が柔軟なプレーでチャンスを作り、さとしに連携する楽しみを思い出させる姿がありありと浮かべられた。
ゴール下にはおっとりした大型犬のような守護神・八代と、機敏で競り合いに強い虎之助がいる。
柳川先輩と虎之助の呼吸も、さとしにいい影響を及ぼすに違いない。
相手は格上なのだ。ワンマンではやっていけない。
「どうせ、ただの数合わせなのに」
古河が冷めた顔で嫌味を放った。
「そんなこと言わんと、古河くんも……」
虎之助がグーを構えて寄っていくと、古河は静止するように顔の前に手を広げた。
「そういうノリ正直苦手なんで。だいたいボールなんて、こないよ。一緒にやれば、そこの司令塔がどんなやつかすぐにわかる」
古河の声。さっき「深町七緒、宮下中にいんの?」と噂していたヤツの声だ。さとしに粘っこい視線を送っていた中の一人……。
虎之助は古河の言い分を否定せずに受け止める。
「あいつひとりでバスケやっとったもんな。ムカつくんはわかるけど、チームメイトになったんや。迎え入れてもらおうか」
古河は鼻で笑って虎之助に背を向けた。
「仕事はする、あればの話だけど」
清水中との五対五。
さとしが入っていない対戦で見た古河は落ち着いていて堅実で、清水中の支柱となりうる、いいプレイヤーだった。
もしも俺の身体が万全なら彼とポジションを争うことになったはずだが、よほどの事情がない限り十中八九、古河が選ばれるだろう。
清水中としてはさとしと古河が連携を取れない限り成長はありえない。
「さとし。チームを信頼していけよ」
本当は同じコートに立って言いたかった。実力が足りない。対等な相手でないことが悔しい。
想いを胸に押し込めて試合前最後の一言をかけると、青いゼッケンをつけたさとしはステージのほうを見てつぶやいた。
「ねぇ、南朋。ももちゃん、今日はずっとああなの?」
見学の連中に混じってステージに座る百瀬を見ていたのだ。首を傾げてさらに続ける。
「……僕のせい、なのかなあ」
コイツ。目の前のゲームに夢中になれないで、どうするんだ。
友達の俺だけじゃない。柳川先輩やコーチたちに心配され、単に戦力としてなのだとしても清水中の連中にも求められて、こんなに幸福なことはないと思うのに、心ここに在らずでいるなんて。
「なんでそうなるんだよ。言ったじゃん。朝から悪かったんだって。いいから切り替えて、試合に集中してくれよ」
俺や百瀬を含め、どれほどたくさんの人がさとしのことを気にかけているか。期待しているか。
このぜいたくものが。
何があったのかは知らないが、過去からも、俺たちの気持ちからも、今のチームの人間関係からまでふわふわ逃げ回って。
もどかしくてたまらなくて、ついキツイ言い方になってしまった。
笛が鳴りゼッケンをつけたメンバーがコートに集められる。
「悪いな、南朋。お前の代わりに楽しんでくるわ」
虎之助がバンと背中を叩いて通り過ぎ、未練がましく百瀬を見ているさとしの腕を引っ張っていく。
小学生の頃はさとしが同じようにして百瀬を校庭まで引っ張り出していたのに。
しっかりしてくれ。
こんな気持ちでさとしをコートに送り出す時が来るなんて、考えたこともなかった。
*
「やっばぁ。マジ? 変態じゃん」
「今、うちにいるあの子とってことか。きっつ。小学生のやることじゃねーだろ」
「見る目変わるわ」
俺らのすぐ後ろにあるステージの縁で見学している連中が騒がしい。
興奮した様子で噂話をしているのが嫌でも耳に入ってくる。
「おい、ステージ。見る気がないなら、自重トレでも入れとくか」
ゲームを進行しようとしていたコーチが振り返り、強い口調で黙らせる。
さとしの位置まで噂の内容は届かなかったのだろう。ヘラヘラした緊張感のない表情は以前と変わらない。
気分が悪くなったのかステージにいた百瀬が降りてきて、さっきの扉の前にひとり腰を下ろした。
今、うちにいるあの子と。
古河ら清水中の連中が深町七緒を見た時の、あの嫌な表情が頭に浮かんだ。
今ステージにいるのは全員、宮下中の部員だろう。清水中は八人しかいないのだ。全員ベンチに入っている。
つまり噂のうちにいるあの子とは宮下中の生徒だ。
もしも”あの子”が深町を指すのだとしたら隠れた主語は誰になるのか。
”と”って言葉が引っかかる。
あの時、清水中の連中は粘っこい視線をさとしにも向けていた。
深町とさとしの間で何かがあったってことだろうか。
でも、さとしは深町に話しかけられて困惑している様子だった。いったい誰の噂をしているんだ。
さとしや、深町とは関係がないのか。
変態。小学生のやることじゃない?
深町は越境通学している。
今でも浮いている深町への見る目が、さらに変わってしまうような何かが越境の理由なのだとしたら……。
……だめだ。
よくない想像が浮かんでくるのを打ち消して、今から始まる試合に気持ちを向けるんだ。
ジャンプボールが上がり、黄ゼッケンをつけた泉コーチのチームのジャンパーがボールをタップした。
青のジャンパーだった八代はゴール下へ素早く戻り相手のセンターをガード。
インサイドに入り込む三年のパワーフォワードの前に、虎之助が立ちはだかる。
八代も、虎之助も学年では飛び抜けて体格が良いが、技術も肉体もバランスよく鍛え上げられた三年に押され、早くもシュートを妨害するのに体力を削られる展開だ。
敵が一旦ボールを戻そうとシューティングガードにパスをあげた瞬間、さとしがそれを掻っ攫った。
速攻だ。
ディフェンダーの脇を無表情で抜き去り、あっという間にゴール下にいる。
鮮やかなボールハンドリング。
そして、散歩中の公園でひょっと木の葉に触れてみるような、静かなレイアップ。
緩急巧みな、美しいダンスを見ているみたいだ。
ワンマンプレー。さとしの視界には、敵も味方も存在しない。
誰も見ない。声もかけない。
「はっ。つまんねーんだよ……勝手にやってろ」
古河が毒付く。最初の得点を決めたのだというのにチームメイトの誰にも笑顔はなかった。
*
何度か同じような展開が繰り返された後、コーチがさとしを下げ、代わりに清水中の水越を上げた。
水越は小柄ながらボールキープ力が高く、力強いリーダーシップを発揮する、さとしとは全く違う性格のポイントガードだ。
「高木。指示をちゃんと聞いていたか。俺はしっかりパスを回していけと言ったんだ。半日対戦して、お前はアイツらの何を見ていた?」
コーチと俺の間に座らされたさとしは、とぼけたように首を傾げた。
小学校のときから変わらない。飄々とした態度。
いつもどこか真剣味が足りず、相手を苛立たせる。
コーチはさとしからの返事はないのだと理解していたかのように、コートの水越を指差し話を続けた。
「水越の仕事を見ていろ。同じようにしろと言ってるんじゃないぞ。アイツのような積極的な介入はお前には向いてない。だが、形は違えどやるべきことは同じなんだ。古河のプライド。大物ながらまだ一年の八代の不安。相手を見てるからこそ適切に支えてやれるんだ。うちの笹森や柳川の性格も、水越はもう見抜いているぞ。今のお前は盲目だ」
さとしのために大事なことを言ってくれているのに、ちっとも響いていないことが、俺には手にとるようにわかってしまう。
神妙なふり。さとしは先生からの長くて難しい説教をいつもこれで切り抜けてきた。
右から左へ聞き流し、先生が行ってしまうとあっけらかんとしすぐに遊びのつづきを始める。
早く元に戻って、いつものように遊んでほしいよ……じゃないんだよ、さとし。
ゴールデンレトリバーの姿がぽんと浮かんで首を振る。
さとしはぼんやりした目でコートを眺め、それから、扉の前に座る百瀬の背中に視線を移した。
コーチのため息が重い。
一筋縄では行かないことを悟ったのかもしれない。
「頼むぞ!」
水越が古河にパスを託す。
古河は期待に応え、誰もが見惚れてしまう隙のないフォームで見事なスリーポイントを決めた。




