25 なるみちゃんって誰だよ。 <紹介:吉永杏>
<25話 あらすじ>
ようやくさとしと話す時間を持つことができた南朋だが、さとしの関心事は、彼の失踪以来抱えてきた南朋の思いとはかけ離れていてもどかしい気持ちに。
一方、ネコのために体育館前に集まった小田らの元に深町七緒が現れると、彼女を知る清水中バスケ部の連中が噂話を始めて……。
扉の前に立つさとしの側には、小田ら宮下南小出身の女の子たちが集まっていた。
「さとし」
呼びかけると当人が振り返るより前に、ステージ下あたりに座っている清水中のチームメイトの目が一斉に注がれる。
「あ、大葉南朋」
さとしと視線があうと同時に、吉永杏が手を振った。
フルネームで呼ばれるのは恥ずかしい。
「久しぶり。ね。聞いて? 高木くん、スマホ持ってないんだって! 家電教えられたし。ヤバくない? 嘘だよね。絶対」
久しぶりという言葉と裏腹な、まったくひさびさ感のない距離に圧倒される。
まるで昨日まで同じ教室にいたみたい。
吉永は相変わらずのコミュ強だ。
「ほんとだってば。誰もライン知らないから。聞いてみてもいいよ」
さとしは昔と変わらない涼やかな王子様スマイルで答える。
吉永は手をメガホンにするように唇の横に当てて、物怖じすることなく初対面の相手に声をかけた。
「ねえねえ、高木くんのチームの人たち。この人スマホ持ってないって、ほんと?」
清水中の連中は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
目を合わせようともしないのは、吉永が派手な格好をしているせいかもしれない。
「あは。本当に聞くんだ」
さとしが無責任に笑うと、常識人の高橋が吉永の服を引っ張った。
「やめなよ、杏。引いてるじゃん」
「だって、高木くん急に消えちゃったでしょ。あの頃ラインで繋がれてればって、ねぇ凛花……凛花ぁ?」
さっき黄色い声をあげていた遠山凛花の姿がない。
小田は静かに自分の背中を指差した。
彼女の後ろに隠れているのだ。呆れた高橋がため息をつく。
「ま〜た、石になってんの?」
「もー、凛花は。高木くんの家電、教えてやらないよ」
吉永はぷっと頬を膨らませた。
本人のいないところではあれほど騒ぐのに、遠山がさとしと直接話しているのは見たことがない。
男子と話すのが苦手な内弁慶なのだ。
「南朋は出てこないの。試合」
さとしのいつも少し微笑んでいるように見える目が、俺を見据えた。
「怪我してるから、止められてて。百瀬も体調が悪いんだ」
「そっか。混合チーム、期待してたのに。残念」
あんなに強いのに、それでも俺と一緒にやりたいと思ってくれているんだと思うと嬉しかった。
また背が伸びたんだな。
あれからどうしてたの。
今の暮らしはどう。
今度遊びに行ってもいい?
積もる話が内側で膨れ上がって溢れそうなのに、実際さとしを前にすると言葉にならなかった。
休憩の十五分じゃとても足りない。
今日は予定があるけど、また改めて会ってゆっくり話がしたい。
「合同練習終わっても、また連絡していい?」
この言葉を口にするのに、なぜかすごく緊張した。
「もちろんだよ」
返答を聞いて、同じ想いでいてくれていたんだとホッと胸を撫で下ろす。
でも同時に、それは本心なのかという疑問が腹の奥から沸々と湧き上がってきもした。
——偽善者。バカにしやがって。僕は、ずっと嫌いだったよ。南朋のこと——
いなくなる直前にさとしから言われた言葉。
あの時は呆気にとられて、なんのことかもわからないまま別れたのだけれど。
どんな思いがあったんだろう。怖くて聞けない。
さとしは、もう忘れているだろうか。
ふと目の端に、正門のほうから制服姿の女の子がこちらに向かって走ってくるのがうつる。
つま先立ちで走っているかのような妙に危なっかしい様子で、不思議と目が離せない。
小田が両手を広げた歓迎の身振りで彼女を迎える。
「深町さん。ライン見て来てくれたの?」
深町七緒だ。
家で待っているものかと思っていたが、小田が呼んだのだろうか。
深町はふうふうと胸を上下させながら答える。
「体育館にいると、書いて、あっただろう」
「え。グループラインだよね。あれはあたしが遅れるって打ったから、由美ちゃんが残しといてくれたの。あんたは家でいてくれてよかったのに」
高橋が突き放すと、吉永はそれを翻訳した。
「電車に乗ってわざわざ。大変だったでしょって言いたいんだよね。かなえは」
「違う。別に、あたしは……反応がないのに急にこられても、すれ違っちゃうじゃんって思っただけで」
なんだかんだ高橋は、深町が迷子になったらと心配したらしい。
言葉はきついが繊細で、よく気を配るタイプなのだ。
「そうか。返事をしないとわからないのか」
深町の反応に、高橋は何を当たり前のことを言っているのという顔で
「そうよ。ちゃんと反応してよね」
と釘を刺した。
あれから結局、小田はこのメンバーでグループラインを作ったようだ。
昨晩、小田から深町の親に動画共有の許可をもらったとラインがあった。
早速それも貼ったのだろう。
「私は、吉永杏。由美子の後ろに隠れているのが遠山凛花。二人の小学校の時の友達だよ。よろしくね、深町さん」
女子同士の交流が始まると、さとしが俺に目で合図を送った。
中で話そうと言うことらしい。
さとしはわざとらしく体育館の時計を見上げ、あっとつぶやく。
「僕たちは、そろそろ時間だから。また今度ゆっくり」
「じゃあ大葉くん、練習見て待ってるから」
小田が言うと 吉永がさとしに向かって顔の前で拳を握る。
「電話するから、絶対出てよ」
出ないと殴ると言わんばかりだ。
「うん。じいちゃんが出るかもだけど、懲りずにかけて」
さとしが手を振り奥へ戻ろうとすると、突然、深町が大きな声を出した。
「あ。なるみちゃん! どうして」
足を止めて振り返ると、深町は怯んでしまいそうになるくらいまっすぐな目で、さとしを見つめている。
「え……っと」
さとしは困ったように首を傾げた。
なるみちゃんって誰だ。
さとしのことを指しているのか?
男子に薫、女子に譲や守、などとつける百瀬家のようなパターンもあるから一概には言えないけど、なるみは一般的に女性に対してつける名前だ。
深町の姿を見て、清水中のメンバーが急にどよめきだした。
かすかに「深町七緒、宮下中にいんの?」という言葉が耳に届く。
話についていけず「誰?」と尋ねて回る人もいたが、噂話に加わると深町やさとしに対し粘っこい視線を送りはじめる。
体育館の中の細かな様子までは見えていないのだろう。高橋がいつものようにあきれた調子で言い放つ。
「はぁ? どこからどう見ても男子でしょ。高木くん、気にしないで。この子、人の顔覚えないから」
高橋のよく通る声に反応し、顔を突き合わせていた清水中のメンバーはどっと笑い声を上げた。
嫌な空気を感じ取った吉永が、困惑する高橋の腕を引く。
「なんかアイツら、すごい深町さんのこと見てる。行こう」
「どこ行くの。私はなるみちゃんと話してるのに」
戸惑う深町の手を高橋が引っ張る。
「いいから来なって。あんた笑われてんだよ。……あたしのせいかもしれないけど」
小田と遠山も黙って三人の後に続き、扉から離れて行った。
深町の家は綾川駅付近にある。
清水中が綾市のどの辺にある学校なのかはわからないが、もしも駅付近を校区としているのなら、バスケ部内に同じ小学校出身の人がいてもおかしくはない。
祐樹がさとしに会ったのも綾川駅だ。
深町はさとしを知っているのだろうか。
もしかしたら同じ小学校に通っていたのか。
でも、なるみちゃんて……なんだ?
「ちょっと話そ」
さとしはチームメイトのほうを見ようともせずに、すんとした顔をしてステージ前にいる連中とは離れた場所へと俺を誘った。
二面あるバスケットコートの体育館中央側に腰を下ろすと、さとしは真面目な顔をして尋ねた。
「小田さん、南朋のこと待ってるって言ってたけど、この後、ふたりはなんかあるの」
「へ?」
思わぬ話題に拍子抜けする。
てっきりさっきの深町に関する騒動か、いなくなった時のことについて話すのかと思っていたから。
「えーと、話すと長くなるんだけど……」
まずは聞かれたことに答えようと、黒いネコをめぐる事情をかいつまんで説明する。
「そういうわけで、深町の家にいるネコの世話をしつつ、引き取り手を探しているところなんだ」
ひととおり話を聞き終わったさとしは、こちらの表情を見逃すまいとするような真剣さで俺の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、付き合ってるとかじゃないの。小田さんと」
「付き合ってない」
真剣な顔して追求する問題がそれなのか。
ふーんと口を尖らせ、急に興味を失ったようなさとしの顔を見ていると、なんだかイライラしてきた。
「さとし。今、ふたりで話したいことってそういうことじゃなくないか。急にいなくなって俺、みんなだって、すごく心配してたのに、何年も連絡ひとつよこさないでさ」
しかも、もしさとしの家が綾川駅付近なのなら、電車でたった五駅の距離だ。
互いに家の電話番号を覚えてはいなかったけど、放課後、みんなのいる宮下南小や俺らの家までだって、来ようと思えばいつだって来られたんじゃないのか。
俺らと違ってさとしのほうはこっちの居場所をわかっているのだから。
憤慨する俺の姿を前に、さとしは気まずそうに目を泳がせた。
「ごめん。昔から、小田さんは南朋のこと好きなんじゃないかなって思ってたから、気になって。それに、あの頃の話は、しても、楽しいことじゃないし」
この表情、昔よく見た。
苦手な勉強とか、真面目な説教とか、仲間内の喧嘩とか、深刻そうな雰囲気を感じ取ると、さとしはいつもスルッと逃げ出してしまう。
放置しても悪くなる一方だと分かりきってることでも、のらりくらりかわして向き合おうとしない。
テストが終わるたびに嘆く虎之助のほうが一瞬でも反省する分、まだもうちょっとはちゃんとしている。
次のテスト前にはすっかり忘れているのだとしても。
「俺が気になっているのは、人に彼女がいるかどうかじゃなくて、さとしが俺らのいない場所で、どこでどんな気持ちで過ごしてきたのかってことだよ。友達だろ」
「でも、話しても南朋にはわからないことだと思うし。そんな話しても、つまんないよ」
カチンときた。俺はさとしのなんなんだ。
楽しいととか、楽しくないとか、そういう問題じゃないだろ。
友達なら、どんな時も気持ちをわかちあってほしいと願うのは、おかしなことだろうか。
……人の気も知らないで。
「じゃあ今、さとしは楽しいの。よそよそしいチームメイトの中で、ひとりぼっちのバスケをして」
声を荒らげると、さとしはまたあの表情をして、黙り込んだ。
目を逸らしたら余計怒られるとわかっているのか、一応こちらの顔を見てはいるが……百瀬家で飼われているゴールデンレトリバーが譲さんに叱られている時みたいだ。
ご主人、機嫌悪いな。どうしてかな。悲しいな。……早く元に戻って、いつものように遊んでほしいよって顔。
全然わかってない顔。
響いて欲しくて、俺は言葉を重ねる。
「お前が幸せそうだったら過去は振り返りたくないんだな、そっとしておこうって思えるかもしれない。けど、全然そうは見えないから、俺は……」
コーチがパンパンと手を打ち、号令をかける。
「はい、集合。最後のチームを発表するぞ」
さとしはカラッとした笑顔を振り向け立ち上がった。
「集合だね。また後で話そ」
ちょうど救いの手が降りてきたといった風だ。
話すって何をだよ。何も話すつもりなんかないくせに。
つい恨みがましい目を向けてしまう。
この試合が終わったら、俺は深町の家に行かなくちゃならないんだ。
引き続きお読みいただき、ありがとうございます。
自己紹介を兼ねてキャラバトンに答えてみました。
吉永杏
キャラバトンより(本人が話している風に)
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1、自己紹介
城東中学校2年1組。吉永杏。
手品部。
どんなことできるのか、気になるから入ってみた!
2、好きなタイプ
そーだなー。
自分にないものを持ってる人かな。
面白そう。
3、自分の好きなところ
そだね。
私といると割と快適なんじゃないかと思う。
合わせるの得意だし。
4、直したいところ
合わせすぎて疲れちゃうところかな。
八方美人って怒られるし
5、何フェチ?
えっとね。
今いいなって思ってるのは、寝てる犬の背中。
好きは好きだけど、でも一番かってなると、すぐ変わっちゃうと思う。
6、マイブーム
出汁茶漬け。
美味しくない?
7、好きな事
面白いことならなんでも。
あ。私、笑わせてくれる人が好きなのかも。
さっき好きなタイプ聞かれたよね。何って答えたっけ?
まあいいや。
とにかく、笑い死にするってくらい笑って暮らせたら最高。
8、嫌いな事
えー?
怒られるのは嫌。
時々人からすっごい勢いで怒られるんだよね。
言いやすいからなんだと思うけど、凹むからやめてほしい。
地獄!
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