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黒いネコの友達  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
二章 身近で、なんでも知っていると思っていたのに
24/24

24 ひとりぼっちのバスケ <紹介:高木さとし>

挿絵(By みてみん)


<24話 あらすじ>

体調を心配する虎之助に辛く当たってしまった百瀬。南朋は百瀬の身に何か普通ではないことが起きていると直感する。

バスケットコートに戻り、目にしたのは、チームメイトと連携せず、たった一人でプレーするさとしの姿。誰もを楽しませるバスケをしていたはずの彼の変貌に、南朋は言葉を失う。

挿絵(By みてみん)

 トイレの個室で座り込んだまま、百瀬は虎之助の出て行ったトイレの出入り口を呆然と見つめていた。

 ジャージの胸のあたりをギュッと握りしめている。


「吐き気は落ち着いたか」


 問いかけると頷いて、潤んだ目でこちらを見上げる。


「どうしよう。俺、トラに悪いことをした。余裕がなくて……すごく、怖かったから」

「そうだな。戻ったら謝ろう」


 案外人に気を遣う虎之助のことだ。きっと何事もなかったかのような顔でチームに戻っているに違いない。

 百瀬はちいさな声で返事をしたものの、なかなか立ちあがろうとはしなかった。


「どうした。もう少し休んでいく?」

「いや、もう大丈夫。大丈夫なんだけど……手を貸してもらってもいいかな」

「手?」


 言われるがまま右手を差し出すと、百瀬は全体重を預けてくるような強い力で引っ張った。

 幽霊みたいに湿っていて、冷やっこい。

 立ち上がるのを助けて欲しいんだと理解した瞬間、一人で立てないくせにと言う虎之助の言葉が頭を掠め、とっさに左手で百瀬の腕をとる。


「だめだよ。捻挫してるのに」


 俺の手に負担をかけまいとしてか、百瀬は空いた手で俺の体操服を掴んだ。

 虎之助の言ってたことは決して大袈裟じゃない。足が立たないんだ。


「俺は平気。それより百瀬、お前ほんとに大丈夫? 腰が抜けたのか」

「たぶん」


 腕を肩にかけて支えてやると、百瀬の二本の足が真っ直ぐ床を踏み、ようやく負担が軽くなる。

 これなら歩けそうだ。

 百瀬が指す、手洗い場まで足を進める。


「さっき、怖かったって言ってたよな。それってなんのこと」


 自分で口にしたくせに、百瀬は困惑したようにうーんと唸り


「……わかんない」


と言葉を濁した。


「腰を抜かすほど怖かったのに? ……お化けでも見たか」


 発想が貧困すぎて嫌になるが、思いつくのはそんなものしかない。

 このトイレは学校の怪談話の舞台にもなっている。

 体育館裏に呼び出され壮絶ないじめを受けた人たちの、涙と恨みつらみがここには染み付いてるのだとか。


「はぁ? 南朋、学校の怪談なんか信じてんの」

「百瀬が見たって言うんなら、信じるけど」

「そんなことで信じるの? 危ないな。お前の将来が心配」


 お化けは冗談だとしても、じゃあ何がそんなに怖かったんだろうと思い巡らせ、この発想はおかしい、と直感する。

 例えば今、俺がお化けを見たとする。

 支えられていたのなら、このまま百瀬に離れずそばにいて欲しいと思うはず。

 触んな。ほっとけ。あっちいけ?

 これじゃまるで虎之助がお化けだったみたいじゃないか。


「百瀬、トラに……」


 何かされた? と尋ねようとすると同時に百瀬が耳元でつぶやく。


「俺、ほんとにトラに悪いことした。許してくれるかな」

「さぁ。だいぶ酷い態度だったからな。トラが百瀬に何かしたんなら別だけど」

「そうだよね。助けようとしてくれただけなのに」


 水をむけてみたけれど、百瀬の反応に虎之助を疑わせるものはどこにもない。

 実際、俺もあんな辛そうな虎之助の姿を見たのは初めてだった。

 能天気でどこにでもすぐに馴染んで見えていたけれど、人懐こい顔の下に知らない人の中に入っていく不安や、寂しさを隠し持っていたことに、俺は全く気が付かなかった。

 彼が百瀬を怖がらせるようなことをしたとは思えない。


「急に変になったんだ。吐いて背中ををさすってもらってたら、うわあって怖さがきて、震えが止まらなくなった」


 俺の肩に預けていた腕を下ろし、百瀬は洗面台に手をついて、鏡越しに俺を見た。


「怖さがくる?」

「わかんないけど。怖いのが覆い被さってきて、自分の身体が自分じゃなくなっちゃう感じっていうか。触られるとゾッとして……いいや。やっぱよくわかんない」

「大丈夫じゃなくないか、それ」


 俺の視線から目を逸らし、百瀬は念入りに手を洗う。


「すごいベタベタ。俺、汗臭くないかな」


 ハンカチで手を拭くと、腕を持ち上げてニオイを確認している。

 抱えた時にも感じたが、百瀬の身体は冷たくじっとりしていた。

 練習に参加したわけでもないのに、今も額に汗の玉が浮かんでいる。


「臭くはないけど、汗で体が冷えそうだ。戻ったらジャージの上、貸してやるよ」


 脱いだジャケットを荷物と共に体育館の隅に置いてある。

 礼を言うと百瀬はホールに向かって歩き出した。

 もう足元はしっかりしているようだ。

 




 ホールに戻ると虎之助はすでにコートで試合中だった。

 百瀬はコーチに「気分が悪くなったのは寝坊して、食べながら自転車を爆走させたせいです。吐いて楽になったので、空気のいいところにいればもう大丈夫だと思います」と説明し、すみませんでしたと頭を下げた。

 コーチから熱を測って一番近い扉のそばに腰を下ろしているよう言われ、おとなしく体育館裏を流れる川を眺めている。


 試合に出ているのは柳川先輩たちベストメンバーではない。

 一、二年に経験を積ませるつもりなのだろう。

 虎之助をはじめそれなりの選手を入れているはずだが、点数を見ればさとしのチームが押していた。

 ボールを手にしたさとしは、軽やかにディフェンダーをかわし、まるで散歩をするようにさりげなくボールを置いてレイアップを決める。

 共にプレイしている相手など、どこにもいないかのように。

 笛が鳴り、息を上げ、膝に手をついていた虎之助がトボトボ戻ってくる。


「清水中の南朋の知り合い、高木くんやっけ。南朋、毎日、あんなんとやっとったん?」


 朝、さとしを見て興奮していた俺は体育館へ向かう間に、自分にとって彼がどんな存在だったか虎之助に話して聞かせていた。

 校庭で毎日バスケをしたことも、中学では百瀬と三人でバスケ部に入って、同じチームでやるものだと信じていたことも。


「今みたいに本格的なゲームじゃないよ。小学生の遊び」

「いや、キッツイわ。ももちゃんともやろ? ゆーたら悪いけど、ゲームにならんかったんとちゃう?」

「そんなことないよ。一緒にやるの楽しかった。さとしがいたからバスケを好きになれたんだ」


 対等にやれてるなんて自惚れたことはない。

 昔からさとしのバスケは特別だったから。

 今のさとしとは違う意味で……。


「さすがに想像できひんわ。俺、もーイヤんなったもん。負けてるからとちゃうで。なんか……」


 虎之助が言葉を探していると、俺の後ろに腰掛けていた柳川先輩が代わりに続けた。


「ひとりぼっちのバスケ」

「そう。それです。仲間にパス回さへんし、俺らの動きも意に介さん。確かにすごい選手やとは思うけど、でもやってて、つまらんのです」

「高木くん、変わったよ。彼はすごく器用でね。俺が師匠って呼んでた大葉の兄貴と、百瀬みたいな、言ったら悪いけどちょっとどんくさいのとを同じコートで一緒に楽しませるような、そういうバスケができるヤツだったんだ」


 柳川先輩は百瀬に聞こえないように気を使い、身を寄せて話した。

 そう。祐樹は面倒見がいいから俺や百瀬が入れてと言えば応えてはくれるけど、ある程度付き合えば「頑張って上手くなれよ」と放り出し、別で遊ばせようとするのが常だった。相手にならないからつまらないのだ。

 でもさとしは違う。同じゴール下で祐樹を面白がらせ、百瀬にも活躍させる。

 どういう魔法かはわからないけど、どちらにもつまらないと感じさせない。

 そして自分自身も思い切り一緒に楽しむんだ。


「今の印象とまるで真逆ですやん」

「そうなんだ。ポテンシャルのあるチーム。キーになるのは高木くんだろうな」


 虎之助の言葉に同意し、柳川先輩は俺の顔をまっすぐ見つめた。

 このチームは、今のままじゃだめだ。

 チームメイトからひとり離れて腰を下ろすさとしの顔は、俺のジャケットを被り外を見ている百瀬の方を向いていた。





 最後に混合チームで五対五をやると発表があり、チーム編成を話し合うため十五分の休憩を入れることとなった。

 コーチたちが体育館の舞台袖で会議を始めると、さとしたちのいるコートの方から「うそっ、王子!」と黄色い声が上がる。

 百瀬の隣に腰掛けて川を見ていた虎之助が振り返り、声の方へと首を伸ばした。

 反対側の扉の向こうに私服姿の女子の姿が見える。


「あれ。高橋さんやん。小田さんも。あとは……?」


「城東中学校の遠山と吉永。小学校の時の同級生。高橋がネコの件を話してくれて、今日一緒に深町の家へ行くことになってる」


 説明すると思い出すものがあったらしい。虎之助はすぐに合点した。


「あ。バレンタインの時に来とった子たちか。柳川先輩目当てとちゃうかったん?」

「みんなが勝手に言ってるだけだろ。さっき叫んだ遠山さんの大本命は高木さとし。あんなののどこがいいのか」


 百瀬は抱え込んだ膝に頬をつけ、溶けたカピバラみたいな顔をする。


「綺麗な顔しとるし、バスケ上手いし。かっこええんちゃう?」

「どこが。中身はてんでお子様なのに」


 さとしに対してやたら評価が辛いのは昔のまんまだ。


「ももちゃん、男の嫉妬はみっともないで。友達なんやろ?」

「関係ないし」


 虎之助に指摘されると、百瀬は外へと視線を戻した。

 陽光が不機嫌な百瀬の色素の薄い髪を透かし、彼の視線の向こうにある川の上で煌めいている。

 いつもなら余計なちょっかいをかけているところだが、今日の虎之助はおとなしい。

 トイレでの件が堪えているのだろう。


 あの後、百瀬から声をかけて二人は無事仲直りした。

 助けてくれた礼を述べ頭を下げる百瀬を前に、虎之助は気恥ずかしそうに鼻を掻いた。


「こっちこそ、拗ねたことゆーてもうて、気ぃ遣わせたやんな」

「「全然!」」


 咄嗟に発した言葉が百瀬と揃ったのを聞いて、虎之助は八の字に眉を下げて笑った。


「でも、やっぱ羨ましいわ。幼馴染って」


 この先ずっと、そんな風に感じていたことなんか忘れさせてしまえるような、楽しい日々を送れたらと願ってしまう。


「俺、コーチが戻る前にさとしのとこ行ってくるけど」


 どうする、と百瀬を誘うつもりで声をかけた。

 虎之助が背を向けたままでいる百瀬の肩をつつく。


「ももちゃんはええの」

「いい」


 顔もあげず、即答だった。

 思いがけない再会だと言うのに、あまりにもそっけない反応だ。


「百瀬はさとしと、話したくないのか」


 思えば祐樹からさとしの話を聞いた時から、百瀬の反応は冷たかった。

 少なくとも俺が懐かしく感じているようには感じていないように見える。

 百瀬は抱えた膝の間に頭を埋めた。


「違う。気分が悪いの。気にせず行ってきて」

「え、マジで。大丈夫なん」


 虎之助はいつもの調子で背中へ置こうとした手を止め、ぎゅっと握りしめる。


「ごめん、トラ。頼む。じゃあ俺、行ってくるから」


 合同練習が終わった後は高橋たちとネコの世話だ。さとしと話すなら今しかない。

 俺は虎之助に百瀬を任せてさとしの元へと走った。

引き続きお読みいただき、ありがとうございます。

自己紹介を兼ねてキャラバトンに答えてみました。

挿絵(By みてみん)

|高木<たかぎ> さとし

キャラバトンより(本人が話している風に)

=====================

1、自己紹介

清水中学校2年1組。高木さとし。

バスケ部所属だよ。


2、好きなタイプ

きれいよりかわいいのが断然好み。

小動物的な感じ? 思わずちょっかい出したくなる。

それで怒ったりするのもかわいいよね。


3、自分の好きなところ

スポーツが得意なところかな。


4、直したいところ

勉強は苦手。

あと泳ぐのはダメだね。


5、何フェチ?

さわり心地の良さそうなものが好きだよ。

ふわふわしたのとか。


6、マイブーム

ココアにマシュマロのっけること。

転校する前の小学校でやってた子がいたんだよね。

最近じーちゃんに買ってきてもらって、やってみたら懐かしくてはまった!


7、好きな事

体を動かすことならなんでも好きだよ。

チーム競技だと頼りにしてもらえるからうれしいしね。

やっぱりバスケが一番好きかな。


8、嫌いな事

苦手なことはやりたくない。

だって楽しくないでしょ?

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