22 黒いネコの友達になりませんか <ギフト:星影さきさんから>
<22話 あらすじ>
ネコの様子を紹介するための動画撮影が始まるが、合理的な深町と、ネコにメロメロな小田のやり方は正反対。
一番身近なSNS、ラインとの向き合い方もかなりの温度差があるよう。
帰り道、駅のホームで小田と南朋は兄・祐樹が百瀬の姉・守と連れ立って帰っているのに遭遇する。
無事に点耳薬をやり終えるとガレージの中にネコを解放した。
ネコは長い尻尾をうねらせ、どこまでも伸びるもちみたいにうーんと背筋を伸ばす。
数日前に保健室でぐったりしていたとは思えないほど元気だ。
小田は、家族に見せる動画を撮影するためにスマホのカメラを立ち上げた。
「せっかくだから、ネコと一緒のところを撮ってやろうか」
俺の提案に小田ははにかむような顔で頷いて自分のスマホを差し出してきた。画面はすでに録画中の状態だ。
自分ので撮って送ってやろうと思ったんだが、渡されたのでそのまま小田のスマホで撮影を続けることにした。
小田がネコに手を伸ばすと、深町がそれを横からかっさらった。
「まずは、大事なことを説明する」
かしこまった様子で咳払いすると、事故でできた傷や、荒れていた耳の中を撮影させようとカメラにネコを近づける。
「傷はもうどこかもわからない。わざわざ映さなくてもいいんじゃないか」
やんわり文句を言うと深町はキッパリとした口調で言い切った。
「預かった人の参考になるだろう。どういう経緯でここにきたかはちゃんと伝えておくべきだ」
病院でもらった薬やエリザベスカーラーを並べ、名称がわかるように映せと命じる。
なるほど。もっともだ。
ネコは深町の強引な扱いに対しても従順で、爪を立てようともせず大人しくしていた。
首輪をしているだけあって、やっぱり人慣れしている。
きっと、大事にされてきたんだろうな。
深町による詳細すぎる説明をどうにか端折らせ、ようやく小田の番になった。
小田は深町とはまるで真逆。
終始遠慮がちで、ネコがちょっとでも身を捩ると手を離してしまい、その度に平謝りしている。
ものの数秒で持て余してしまい、撮影の終わりを宣言することとなった。
スマホを返すと、小田は手元で操作してレンズをこちらに向けてきた。
「大葉くん。こっち向いて」
「え。俺はいいって」
手で顔を隠すと小田がアナウンスを入れる。
「撮影は大葉南朋くんでした。以上、三名が今の黒いネコの友達です。ネコの力になってくれる応援メンバーを募集しています。よろしくお願いします」
満足した顔でカメラを切ると、小田はケージに入れようとネコを持ち上げている深町を手招きした。
彼女を俺の隣に並ばせると自分も近くに寄ってきて自撮りできるようカメラの向きを変える。
「せっかくだから写真も撮るね。みんなカメラを見て」
小田の声は教室でいるどんな時より弾んで聞こえた。
ネコをケージに入れてガレージの扉を開けると、気持ちの良い風が入ってきた。
「あー、涼しい」
汗の滲んだシャツがすうっとする。
隣の小田が奥のケージを振り返る。
「ネコ、心配だね。普段は扉を開けてくれているとは言っても、これからどんどん暑くなるし」
ケージにいては自分で涼しい場所を選ぶこともできない。
小田のスマホを借りて撮ったばかりの動画に見入っている深町に、小田が声をかける。
「そうだ、深町さん。この動画、かなえちゃんに送ってもいい? あと明日見に来る友達。もしそれで預かり手が決まらなければ、クラスラインにも流して募集をかけたい。みんなに広めて貰えば早く見つかるかも」
そうかもしれない。でも、俺は小田の思いつきに待ったをかけた。
「一応、深町の家の人に確認してもらってからがいいんじゃないか。小田が家の人に見せるだけだと思ってたから、私物の写り込みも気にしてなかったし、広められるのは困るかもしれない」
小田はシャボン玉が弾けたようにハッとして、冷静さを取り戻した。
「そっか。そうだね。じゃあ、あとで編集したのを深町さんに送るから、お家の人に流していいか見てもらってもいい?」
「わかった。ラインは必ず母がチェックすることになっているから、そこに送っといてくれたら返事があると思うよ」
一瞬、変な間が開いた。小田が困惑した目をこちらに向ける。
「……うん。早めに送るね」
小田の戸惑いが俺にはよくわかった。
親が子供のラインをチェックするというのは管理の厳しい家の子からよく聞く不満だ。
小学生の頃はそれで親とこじれた話を幾度となく耳にしたし、そもそものトラブルを避けるためか家の方針で中学に上がるまではキッズ携帯という家も多かった。うちもそのひとつだ。
祐樹がスマホを与えられたばかりの頃は、管理したがる親とうざったがる祐樹との間で親子喧嘩が絶えなかった。
返信の言葉尻ひとつとって、こんな言い方は人を傷つけるだの、ちゃんとした言葉で伝えなさいだの覗き込んではダメ出しするのを目にすると、こっちまで憂鬱になったものだ。
当時は俺も幼くて「ちゃんとしておけばいいのに、祐樹がまた反抗してる」としか思わなかったのだが、思えば祐樹はよく戦った。プライバシーも何も、あったもんじゃなかったんだ。
俺の時には親もだいぶ緩くなっていたけれど、普通は中学生ともなればプライベートなやり取りを人に見られることには抵抗を感じるものじゃないだろうか。
大人にチェックされていることを友達に知られることにも。
でも深町の反応には抵抗や恥入るような感じがどこにも見えなかった。
「ところでさ、深町の家では親がライン見るのは普通のことなのかな。クラスラインとかも?」
「私はクラスラインには入っていない。ラインを送ってくるのは単身赴任中の父か、従兄弟たちくらいだ。あとはばぁば。でも私が返信しないから母のところに催促が行くんだ。だから最近は最初から母が見てる」
深町の返事に、小田はほーっと息をついた。
俺たちが驚いているのを見て、深町は唇を尖らせる。
「見れば既読がつくから伝わっていることはわかるのに」
返信の必要を感じないと言いたいらしい。
深町の家には、うちの両親と祐樹の攻防とは全く違う世界が広がっていた。
ドラマで描かれる会社の重役と秘書みたいだ。
有能な秘書である母親が、反応しない深町に変わってふさわしいスタンプを選び、円満な親戚関係を維持している。
でも外の世界はそれじゃいけない。俺は慎重に言葉を選んだ。
「親戚はそれでいいかもだけど、友達は深町を信頼して、深町にしか知られたくないことを書いてくるかもしれないよ」
これから小田は深町を誘い、高橋らとのネコのためのグループラインを作るつもりだったはず。
やりとりが深町の親に筒抜けだと知ったら友情が生まれるどころか、警戒され、ますますはじかれてしまうこと間違いなしだ。
「大葉くんの言う通りだよ。お母さんが深町さんの許可なしにラインを見るのは良くないかも。返信は必要ないと思ったらしなくてもいいから私たちからのラインは許可なく見せないでほしいな」
小田の言い分にうーんと考えるそぶりをしていた深町は、渋い顔で絞り出すように言った。
「わかった。言っておく」
深町の親は彼女の言い分を尊重する人だろうか。
……グループラインにはまだ誘わない方がいいのかもしれない。
*
「これでどうかな」
帰り道。駅のベンチで画面を凝視しネコの動画を編集していた小田が顔をあげ、スマホを手渡してきた。
無理に外で編集しなくても家でやればいいのに、よっぽどネコが心配なんだろうか。
「送ってくれたら家でチェックしとくよ」
外だと画面が暗くて見づらいだろ、と続けようとすると小田はすっと足元に視線を落とした。
「でも私、大葉くんとライン繋がってないから」
「あれ。そうだっけ」
そうか。だから小田はガレージで動画を撮ってやると言った時、自分のスマホを渡してきたのか。
同じライングループに入ってはいても、個別メッセージは互いに友だち追加していなければ届かない。
卒業した先輩に未読スルーされると嘆いていた部員に、詳しい子がラインはそういうシステムだと教えていたのを思い出す。
「友だち追加してもらってもいいのかな」
「もちろん」
「よかったぁ。繋がるの嫌なのかなって思っちゃって」
小田は胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「俺が? 小田と?」
小田は黙って頷いた。
「そんなわけないだろ。深町とライン交換してる時に言ってくれたらよかったのに」
反論しながら気づく。そうか。今日、深町とラインで繋がったからだ。
深町にQRコードを読み取らせたあと、俺はスマホを片付けてさっさと薬の準備を始めた。
早く撮影を済ませ、暗くなる前に小田を解放してやろうと思ったからだった。
つまり、小田に繋がる暇を与えなかったのは俺だ。
「いや、ごめん。俺、小田とはとっくに繋がってると思い込んでた。……じゃあ、今、交換しようか」
「うん」
ずいぶん気にしてたんだろうか。小田の胸に当てた指先が震えて見える。
俺はスマホを取り出し、ラインアプリを開いた。
「南朋くーん。どうしたの制服でこんなとこまで来て。補導されちゃうぞ」
聞き馴染みのある声に顔をあげると、胸まであるまっすぐな髪を揺らしながら制服姿の高校生が歩み寄ってきた。
百瀬の姉の守さんだ。
「こんにちは。……げ、祐樹」
ご機嫌な守さんの半歩後ろには、いかにも気怠そうに首をポキポキ鳴らしている祐樹の姿がある。
百瀬が昨日、二人が一緒に帰ってきたと話していたのを思い出す。
二日連続か。偶然、じゃないよな?
確かめようと祐樹に視線を向けるが、不機嫌そうに顔を背けたままこちらを見ようともしない。
小田はベンチから立ち上がり、二人に頭を下げた。
「お久しぶりです」
「薫と同じクラスの小田ちゃん、だよね。え、なに。二人、付き合ってるとか?」
守さんは俺と小田を交互に指差した。
小田も二学年上の二人とは小学校で四年間一緒だったのだ。親しくはなくともお互い顔くらいはわかっている。
否定する前に祐樹が守にダメ出しする。
「おい。相っ変わらず単純な脳みそだな。事故に遭ったネコのこと、薫から聞いてんだろ。そいつの世話しにきてんだとよ」
そんな言い方をされると「二人こそどういう関係?」とは突っ込みづらい。
「だって、薫が一年の時、バレンタインにチョコ渡してたって言ってたんだよ。進展したのかもしれないって思うじゃない」
守さんはぷうっと頬を膨らませると、腰に両手を当てて祐樹を睨みつけた。
その仕草、まるきり百瀬そのものだ。姉弟揃って、感情が素直に顔に出る。
小田は両手を振って思い切り否定した。
「誤解です。あれは友達とたくさん作ったから、バスケ部のみんなにちょっとずつお裾分けをしただけです。百瀬くんにも渡したんですよ?」
柄の入った小さなジップロックにトリュフを三つずつ。みんなに。
それでも守さんはしつこく食い下がった。
「でもでも、もしバスケ部に小田ちゃんの本命がいるとしたら、南朋くん以外に考えられな……」
「しつこく絡むな、うぜーぞ」
「お二人こそ。いつも一緒に帰ってるんですか?」
祐樹が守さんを諌めるのと、小田がズバッと切り込んだのが同時だった。
守さんの反応は、あまりにもわかりやすかった。
「違っ、違うのよ。このバカが試験中に電車でヤバい人を見たって言うから。ほら、宮下方面からうちの学校に来る人そんなにいないじゃない。美術部だとコイツと私だけだし。一人じゃ危ないからって、ねっ」
守さんは火を灯したように耳まで一気に真っ赤になって、祐樹の制服の胸をバシバシ叩いた。
彼女が祐樹に好意があるのは、誰がどう見ても丸わかりだ。
「いってーな。ま、そーゆーこった。急げ。電車が来るぞ」
祐樹は守さんの手を掴み、乗車口へと引っ張って行った。