19 お前の言う反省ってなんだってんだよ。<ギフト:ぽんさんから>
祐樹は子供部屋のドアを閉めると机の一番深い引き出しを開けて、買いだめしてあったのだろうポテトチップスを投げてきた。
距離が近すぎたせいでとり損ねそうになるのをなんとか持ちこたえる。
「あの卑怯者。飯で脅しやがったな」
祐樹はまるで同士だとでもいうように親しげな態度で同意を求めた。
卑怯者って、父のことだろうか。
飯抜きになったのは祐樹が怒らせたせいだろうに。まったく悪びれた様子がない。
口を結び恨めしげに睨みつけると、祐樹は腕組みをして向き直った。
「なんだよ」
「祐樹。お前、反省してんの?」
人を巻き込んでおいて謝りもしないで。平然とした様子に腹が立っていた。
ポテトチップスなんかで誤魔化されてたまるもんかと睨みつける。
俺の問いに祐樹はしばらく黙り込み、真面目な顔をして尋ねた。
「お前の言う反省ってなんだ。俺は実行可能な案を出した。それ以外にどんな解決方法があるってんだよ」
反省ってなんだ、だって?
「巻き込まれる方の身にもなってみろよ」
反射的に心の声が溢れ出る。
こんなにみんなを困らせて、悪いともなんとも感じていないのだろうか。人の気も知らないで。
「は?」
祐樹は頬をひくつかせた。苦々しい表情に、血の気が引く。
小さいころからそうだ。祐樹はすぐキレる。でかい声で怒鳴る。家族内でトラブルを引き起こす。
ビビリなのは俺が悪いんじゃない。
圧迫するような空気感を出して、言いたいことも言わせてくれなかった祐樹の、家族のせいじゃないか。
さすがにそれは口にできず、唇を噛む。
祐樹は目を閉じ、ふうっと息を吐いた。
「それじゃ返事になってねーだろが。お前の言う反省ってなんだってんだよ。相手の機嫌を取るために申し訳なさそうな顔をして見せることか?」
思わず言葉に詰まった。痛いところをつかれた気がした。
反省とはつまり、自分のしたことを省みて、その後の行動を変えることだ。
今回でいえば、テストを白紙で出すという暴挙に出たのは祐樹で、それで困るのも祐樹自身。
それに対して祐樹は自分で解決策を出している。
白紙提出したぶんは期末で取り返す。自分にはできると言い切った。心配には及ばないと。
それは俺の考える反省そのものだ。
じゃあ今、俺の求めているのはなんだ?
この先通用しないと言い放った父や、母の求めているものは。
祐樹の言うように、ただしおらしく頭を垂れてくれればそれでよかった?
黙り込んでいると祐樹は梯子に足をかけ、二段ベッドの上へと姿を消してしまった。
木の軋む音と、ため息混じりの小さな声が降りてくる。
「結局、俺がお前を巻き込んだってことになんだろーな。悪かったよ」
違う。そうじゃない。
望んだはずの謝罪の言葉を受けて、ようやくはっきり理解した。
祐樹は両親から俺を庇い、何度もあの場から逃がしてくれようとしてたんじゃなかったか。
こいつには関係ない。巻き込まれてんじゃねーよと言って。
「いや、祐……」
ノックの音がして、返事をする前に扉が押された。隙間から母がひょっこり顔を覗かせる。
「お腹。空いてるでしょ」
小さな声で呼びかけると、麦茶とおにぎりが六つ載ったお盆を手に部屋へ入ってくる。
俺は慌ててポテトチップスの袋をベッドに投げ、お盆を受け取り机に置いた。
「ありがとう」
「食べたら下げずに置いておいて。ほら、見つかるとうるさいから」
母は唇の前に人差し指を立て目配せをした。
おにぎりを見ると急に腹が動き出し、ぐーっと音が鳴る。
「父さんは」
「お風呂」
答えながら母は、祐樹のいるベッドの上に視線を送った。二段ベッドの上の柵をコンコンと叩く。
「祐樹。おにぎりだよ」
ベッドを覗き込む心配そうな表情に、ちくりと胸が痛んだ。こんな顔をさせる祐樹のことが憎らしい。
当人はこちらに背中を向けて寝転んだまま手を振って応える。これで返事を済ませたつもりなのだ。
「おい、祐樹!」
「あはは。いいよ、南朋。ごめんね」
横着な態度に文句をつけると母が謝ってきた。
どうして母が謝るんだ。態度が悪いのは祐樹なのに。
戸惑っているとガバッと祐樹が身を起こした。姿勢を正し、かしこまった態度で頭を下げる。
「いや。悪い……心配かけて、悪かった」
「いいってば。ほら、二人ともちゃんと食べてね。栄養取らないと怪我も治らないよ」
母は思い切り子供扱いするように、隣の俺の後頭部にポンと手を置いた。
気恥ずかしくて反射的に頭を傾けて避けてしまったのだが。
「祐樹も。降りてきなさい」
父の手前、長居はできないのだろう。
祐樹がのそのそ降りてくるのを確認すると、母はくるりと背を向け、扉を閉めて出て行った。
お盆から麦茶のコップを祐樹の机に置いてやると、祐樹はおにぎりを手に取り、中身の具を言い当てた。
「ああ、シャケか」
先にかぶりついていた俺は唖然とする。あたりだ。
まだ食べてないよな。感触でわかるんだろうか。それとも匂い?
わざとかってくらい大人たちの地雷を踏んでばかりなくせに、こういう勘だけは無駄に鋭い。
勉強のコツも、運動センスも死ぬほど恵まれているのに、どうして人間関係だけがこんなに不器用なんだろう。
認めるのは癪だけど、面倒見が良くて、優しいところだってあるのに。もどかしくなるほどだ。
「テスト、本当に大丈夫?」
いくつから赤点になるのか知らないが、さすがの祐樹でも厳しいのではないかと心配になる。
高校は義務教育じゃないから赤点を取るのはまずい。十分な点数が取れなければ留年だってありうる。
白紙ってことは零点ってことだから、次百点取っても半分の五十点ってことになるんだろうか?
口一杯のご飯を飲み込み、祐樹はいつもの調子を取り戻したように胸を逸らした。
「あ? よゆーだ。定期テストってのは聞いてりゃわかるもんしか出ねーんだよ」
能天気さにため息が出る。
優秀な頭脳で、そういう発言が嫌味なんだと学習できないものだろうか。
こっちは明日返ってくるだろう英語のテストにヒヤヒヤしていると言うのに。
「だったらなんで白紙なんかで出したんだよ」
呆れてため息をつくと、祐樹はふいっと目を逸らして口ごもった。
「……言ったろ。調子悪かったんだ。文字が読めなかった」
文字が読めないって、本気で言ってるのだろうか。
「大丈夫なのか、それは」
「別に。もうなんともねーし」
あっという間におにぎりを食べ終えた祐樹は、リビングから父がつけたのだろうテレビの音が聞こえてくるとパジャマを持ってさっさと風呂場へ行ってしまった。