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黒いネコの友達  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
一章 どうしたら人と親密になることができるの?
17/24

17 どうしたら人と仲良くなれるの <ギフト:及川りのせさん・田中桔梗さんから>

挿絵(By みてみん)


<17話 あらすじ>

 人に興味がないように見えるのに、友達を得ようと人知れず思い悩んでいた深町。

「どうしたら、人と仲良くなれるの」

 深町の問いは南朋自身が望む関係をあぶり出す。

 第一章完結。

挿絵(By みてみん)

 とりあえず家の敷地を一周りするが人のいる気配はなかった。家やガレージの鍵が開いたままになってしまうのが気になるが、目の前の児童公園に足を踏み入れる。ここなら家に人が近づけばすぐにわかる。


「ごめん、深町」


 公園内を歩きながら呼びかけた。夕日が沈みかけていて、たぶんもうじき暗くなる。シャツの色が変わるくらい汗をかいた小学生たちが自転車にまたがって手を振り、散り散りになっていく。彼女の姿は見えない。


「深町、いるんだろ。俺が悪かった」


 バスケットボールを突いていた五、六年生くらいの肌の焼けた女の子がちらっと俺の顔を見た。ドリブルをやめ、ボールを隣の男の子にパスして、こちらに駆け寄ってくる。


「ベンチの後ろにいるよ。ほら、あれ」


 内緒話をするように口に手を当て教えてくれる。見ると木製のベンチと植え込みの隙間から宮下中の制服の紐リボンと同じオレンジ色がちらりと見えた。植え込みの中にしゃがんでいるんだ。

 でもあの子にどうして俺の探しているのが彼女だとわかったんだろう。疑問が顔に出ていたのか、少女は言葉を続けた。


「有名人だから。あの人。じゃあね」


 少女たちが行ってしまうと、公園に残っているのは、奥の砂場で帰る、帰らないと押し問答している親子と俺たちだけになった。タコを模した滑り台の柱には丸い時計がついている。小田は電車に乗れただろうか。


「深町、本当にごめん、俺が悪かった」

「来るな!」


 ベンチに手をかけると深町は手元の草をむしって投げた。思わず顔を庇おうと腕を振り上げ、ベンチの手すりに打ちつける。


「いっ……て!!」


 俺の声に、深町はあっと小さく叫んで立ち上がった。制服のあちこちに草の実がついている。俺は右手で深町の腕を掴んだ。見られた恥ずかしさからか、それとも泣いたせいなのか、深町の目の周りが真っ赤になっている。


「お願いだから、逃げないで。本当に悪かったと思ってるんだ」


 深町はあいた方の手で制服のスカートを握りしめた。伸びすぎた前髪の隙間からこちらを睨みつける。


「……そんなこともわからないって、バカにしてるんだろ」

「え?」

「あんな本を読まないと友達も作れないのかって。必死すぎてバカみたいだ」

「思ってない。バカみたいだとか思ってない。全然ハズレ」


 俺は力を込めて否定する。これ以上深町に酷いことを言わせたくない。

 ふと深町の怒りに満ちた瞳が、さとしと重なる。ヘラヘラしてばかりいたアイツがいつになく険しい顔で俺を責めた、あの日の濡れた瞳。……なんで今、さとしがでてくるんだ。俺は頭を振って無理やりさとしの顔を振り払った。今は深町との関係をつなぐ大事な時なんだ。


「むしろ真逆。頑張ってたんだなって思ったんだ。そこまで必死だったなんてわかってなかった。正直深町ならネコのためにもっとやれるだろ、ちゃんと声かけろよって思ってたくらいだ」


 思い返せばわかる。深町は困っていることを精一杯正直にうちあけていた。


「……俺が悪いんだよ。決めつけたり、勝手に覗いたり、深町の気持ちを踏み躙った。ごめん」

「そうだ。なんで勝手に人の本を見たんだ。信じられない」


 よりによって『人と親しくなる方法 〜仲良くなりたいと思わせる人の12の特徴〜』なんてタイトルだ。俺だって、もし思い悩んでこの本を買うことがあったなら、人には知られたくないと思う。軽率なことをした。


「真面目な話、深町は俺のことを大葉じゃなくて南朋って呼ぶだろ。小田も言ってたけど、女子に俺のことを名前で呼ぶ奴はいない。少なくとも俺の周囲では付き合ってるとか、あとは兄弟とか、よほど特別な関係でない限り男と女で名前を呼び合ってるヤツはいないと思う。それだって人前では控えてるかな。深町が呼ぶのは俺と仲良くなりたいからだとは思ったんだけど。……だからあのタイトルを見た時、深町の事情がわかるような気がした。魔が差したんだ。……ごめんなさい」


 深町は魂が抜けたように口をぽかんと開けて、俺の謝罪を聞いていた。すぐにハッとして頬を紅潮させて言い訳する。


「本は親が買ってきたんだ。私のじゃない。名前で呼んだのは南朋……大葉の友達がみんなそう呼んでいたから」

「百瀬や虎之助か。アイツらは男だろ。男でも普段あまり喋らないヤツが下の名前で呼びかけてきたら、急に距離詰めてきたなってびっくりする」


 とはいえ虎之助は出会ってすぐに俺を名前で呼び始めたし、百瀬に対してなんかももちゃん呼びしてるけどぎりぎり許されている。人によるのだ。距離を詰めるのが上手いヤツもいれば、かしこまってるのがデフォルトなのもいる。いろいろだ。

 同性なら少しは自然だったのかもしれない。由美ちゃん、かなえちゃんと呼び合う小田と高橋のように、深町も誰かとそうなれる可能性がないわけではない。いや、初っ端じゃ馴れ馴れしいと引かれてしまってたか。難しい。


「じゃあどうやって?」

「うーん。どうやってきたんだろ」


 俺自身は人とどうやって仲良くなってきたんだっけ。百瀬とは物心着く前から一緒だからきっかけなんて明確に覚えていない。小学校で知り合ったさとしも、いつの間にかボール遊びしてる中にいて、名前なんか知らなくてももう友達だった。

 中学に入って知り合った虎之助とは、同じ時期にバスケ部に入り、互いに仲良くなりたがっているのをなんとなくわかってた。彼は入学のタイミングで関西から越してきて、アウェーだったはずなのに「俺のことはトラって呼んで」と宣言してすぐに馴染んだ。目には見えない人との距離を器用に測り、自然と懐に入り込むのは転勤族の経験値ゆえだろうか。


「わかんないや。その辺は虎之介が上手いかも……でも別に、もう友達だろ。俺も、小田も、深町の」

「いや、それはネコがいるからだ。今度はうまくやりたいのに」


 私たちは、黒いネコの友達だ。そう小田由美子が命名した通り、ネコがいるから繋がっているというのはシビアだけど、正しい認識だろう。俺も、小田も「怪我を負った飼い主不在のネコという問題」を介して集まったのにすぎず、他に共通項となる話題もない。ネコの問題が解決した後も続いていくとは想像できない。


 正直、深町といるのはハラハラするし、人が面倒に思う気持ちもわかる。積極的に友達になりたいのかと問われると、正直百瀬の件やクラスでの評判を天秤にかけて躊躇してしまう。特にからかわれるのが面倒だ。このあたりは深町じゃなく俺の側の問題だけど。さすがに深町のいう通りだとは言えず、慰めの言葉を口にする。


「クラスも一緒だし、これから仲良くなる時間はたくさんあるって。ただ、みんな深町はクラスの誰にも興味がないと思ってると思う。俺もそう思ってたし。誰も深町の思いを知らないんじゃないか」

「私の思い?」

「あ。今度はうまくやりたいってやつ」


 深町の友達への期待は大きい。今度こそはという意気込みから見えてくるのは、その手前にあるのだろう失敗の痛手だ。


「でも、何を話してもダメなんだ。うまくいかない」


 正直、深町が本気で友達を必要としているのかは、よくわからない。普段から人に関心を向けている様子がないからだ。百瀬が俺の怪我で気を動転させたような、虎之介が気もそぞろな百瀬を陰ながら心配するような、かけがえのない人を思う感情を誰かにむけているのを見たことがない。ネコに対する気持ちはまっすぐな正義感であって、そのネコである必要はない気がする。生き物全般に向ける愛みたいな感じだ。

 百瀬や小田への態度を思い返してみても、仲良くなりたい人の態度じゃなかった。嫌われたくない、怒られたくないという気持ちは見え隠れするけれど。ネコを助けるという目的以外に、俺や小田、百瀬にも個人的な興味なんかあるように見えない。


「うーん。友達か。改めて考えてみたことがないからな。よくわからん」


 例えば百瀬を思い浮かべてみる。毎日鬼ごっこやらサッカー、それからバスケ、いろんなことをして遊んでいる中にいつもいた。昔からどんくさかったけど、嫌がることなんか一度もなかった。彼は深町とは真逆でこれぞという好きなことはまだピンときてなくて、仲間と楽しめるならなにをするでもよかったんだと思う。


 百瀬みたいなタイプは人から肯定されやすいけど、別に深町みたいに目的がない限り人と話さないのがダメなわけじゃない。むしろネコという目的のために必死になれる深町には十分に魅力があると言える。

 でも、あの本を手にした深町はきっと自分の足りてないところばかりを見て、必死でページをめくったんだ。そしていまもって上手くいかないことに困り果てている。


「とりあえず。キャッチボール、しようか」


 唐突に投げかけると深町は怒ったように眉を寄せた。質問をはぐらかされたと思ったのかもしれない。


「なんのために」

「特に意味はないけど、こんなところにスーパーボールがあった」


 ベンチの足の横に落ちていたラメの入った赤いボールを拾いあげる。誰かが落としていったものだろう。少しの間拝借してもきっと問題はないと判断する。


「じゃ、深町からな」


 このまま彼女を放り出して一人ぼっちにしてしまったら、たぶん俺は一生後悔する。深町の手を取ってスーパーボールを握らせ、タコの滑り台の方へと走った。


「は? どういうこと? えっと、私すごく下手だよ。ほんとにやるのか」


 何が何やらわけがわからなくなっている深町に向かって、手を振る。


「今なら左手分のハンデがあるぞ。よし。こい」


 腰をおとし大げさに構えると、深町は戸惑いながら何度か投げる真似をして、明後日の方向にボールを投げた。


「わ。マジで下手くそ」

「ちゃんと言っておいただろう!」


 深町は大声で叫び、地団駄を踏む。俺は公園の低木に刺さったスーパーボールを拾うとバウンドでボールを返した。人が最も取りやすいとされている相手の胸のあたり、真正面ストライクだった。それでも深町はつかみ損ね、ボールは彼女の胸に当たって地面に転がる。


「あ、ごめん」


 深町は走ってボールを追いかける。それから投げる。捕る。拾う。笑う。叫ぶ。文句を言う。当てる。謝る。気遣う。俺たちは時間を忘れてキャッチボールをし続けた。深町は本当にノーコンで、全然ボールも飛ばなくって、俺はたくさん走らされたけど、なんだかすごく楽しかった。


「ねえ、もう暗くてボールが見えないけど」


 深町が笑いながら文句を言う。声で楽しそうなことはわかるけれど、もう俺からは深町がどんな表情をしているのかもよく見えない。


「直感を鍛えろ!」


 ふざけて叫ぶと、深町から文句の声が上がる。


「バカみたい。そんなことして意味あるの」


 意味なんかない。ただ面白いんじゃないかって思うだけ。深町と一緒に楽しい時間を過ごしたいだけ。ミスすると笑うこと。でも意外とムキになること。投げる前の真剣な顔。取る時に限って目をつぶってしまうところ。たくさんの深町を知りたいし、たくさんの俺を知って欲しい。真っ暗で見えなくなっても、動きがもうわかってしまうくらい。友達になるってただ、そういう交感を互いにし合おうとすることだったんじゃないか。


「ほら、最後だからな、捕れよ」


 ボールを投げた瞬間、再びさとしの暗い瞳が頭をよぎった。あの日の校庭は今よりもっと真っ暗だった。俺は尻餅をついてさとしを見上げていた。至近距離で顔面にバスケットボールをぶつけられたのだ。驚きと痛みでヒリヒリしていたのを思い出す。


 ——バカにしやがって。僕はずっと嫌いだったよ、南朋のこと——


 そうだ。あの日さとしが言ったんだ。自分のことをバカにしてたんだろって。俺を睨みつけた深町の言葉と重なる。

 あの時、俺は違うって言ってやれなかった。走り去るさとしの背中を呆然と見送ることしかできなかった。あまりにも唐突で、なんのことだか心当たりが全然なくて。さとしの様子が普段と違いすぎて、困惑したんだ。翌日学校で聞こうと思ってたのに、彼は姿を消してしまった。それ以来、一度も会えていない。

 でも、俺はさとしのあの言葉は本心ではなかったんだと思う。十分に彼を信じるに足るほどの交感が、さとしとの間にあったから。今、深町と紡ぎ始めた何年ぶんもの。


「やった! 捕れた! はじめてっっ‼️」


 深町が叫び声を上げ、駆け寄ってくる。わざわざ見せに来るほど嬉しいんだ。深町はそういう喜び方をする人だと知る。


「ほら、みて」


 息が上がっているのがわかる。顔面に差し出す手の距離が近い。近すぎて却って見づらいくらいに近い。

 俺の投げたぼてぼてのバウンドボールは、致命的に運動音痴な深町の右手に奇跡的に収まっていた。

【後書き】

第一章はこれでおしまいです。

ここまで使ってきたタイトルバナーとアイコンを改めて紹介します。


こちらは生まれて初めていただいたFA。タイトルバナーです。

挿絵(By みてみん)

及川りのせさんから2016年連載時にいただきました。

https://mypage.syosetu.com/782021/

神出鬼没な黒いネコのイメージ。


お話ごとに使っているキャラクターのアイコンです。

笑い顔

挿絵(By みてみん)

怒り顔

挿絵(By みてみん)

田中桔梗さん(VTuber ききょうぱんださん)から2017年改稿時にいただきました。

https://mypage.syosetu.com/697203/


桔梗さんにはこのメンバーのほか、同じ黒ネコシリーズである『バレンタインまであと少し』高橋かなえのアイコン、『星に願う』のバナーや、登場人物イラストも描いていただいています。


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