14 黒いネコの友達1 <ギフト:孤独堂さんから>
<14話 あらすじ>
百瀬に「深町のことばかり気にかけてる」とからかわれ、ムッとする南朋。
虎之助が反論してくれるが、怪我をした黒ネコを放っておけないからとはいえ、いつのまにか”引き取り手探し”を丸投げされている感じに、南朋自身もうんざりしてきていて……。
結局、放課後まで深町から小田にアクションを起こすことはなかった。小田のそばにはいつも高橋ら友人がいるし、気兼ねするのだろう。
小田の方も深町に直接アプローチせず、席の近い俺に色々尋ねてきた。俺もほとんどなにも知らないから、ひとまずは小田の習っている日本舞踊のレッスンまでの間、動物病院に付き合うとことで話がついた。
人の間に入ると言うのは疲れるものだ。
「なんか。気もそぞろってやつだね」
「何が」
百瀬に見透かされ、慌ててしらを切った。
「そんなに気になる? 深町七緒」
当てつけられている気がしてムッとする。
「そうじゃなくて。深町は本気で貰い手を探す気あるのかって。小田で確定ってわけじゃないのにさ。現状よく分かってないのに丸投げされても困る」
「あー、はいはい。よっぽど心配なんだ。深町さんが」
「ネコが! だって、これからもっと暑くなるのにガレージで面倒見るとか言うんだぜ。心配だろ」
「どうだか」
百瀬は意味深な笑みを浮かべ虎之助をチラ見する。むかついた。なんでそんなにからかわれないといけないんだ。虎之助は真正面から百瀬を見返し、急に真面目な顔をした。
「俺的には、ももちゃんこそ、そんな気になるんやったら深町さんと話してみればって思うけど」
「は?」
「深町さんとのこともそうやけど、ネコのことやって気になっとんやろ。だって深町さんの話しないでって言っておきながら話ふってるのももちゃんやで? なっ」
虎之助が俺に同意を求める。そうだ。深町にこだわっているのは百瀬の方だ。百瀬は顔を耳まで真っ赤にして否定する。
「違う。別に俺は、俺が気にかけてるのは……」
「大葉くん」
背後から呼び止められて振り返ると小田が一人で立っていた。そばに高橋の姿はない。部活に向かったのだろうか。
俺はパッと深町の席に顔を向けた。なにをのんきに本を読んでるんだ。用があるのは俺じゃなくてお前だろ? 小田からしてみれば話したことのない深町より、男子であっても小学校の頃から知っている俺の方が話しかけやすいのだろうけれど、俺では事情がわからないのに。
百瀬は深くため息をつき、強引に虎之助を扉の方へと引っ張った。
「じゃあ、俺らは部活だから。トラ、行くよ」
「ももちゃん、カバン。持っていかんでどないすんの」
百瀬の方が反対に虎之助に窓際の席の方へ引きずり返される。そもそも百瀬だって手ぶらだ。深町の件になると、どうも百瀬は様子がおかしい。ぷっと頬を膨らませ百瀬は机の上においてあった通学用リュックを抱え込むように引っ掴み、一人で教室を出て行ってしまった。
普段気の長い虎之助も振り回され続けてうんざりしているようだ。がっくりと頭を垂れ、愚痴をこぼす。
「あーもう、ここんとこずっとこの調子。なんやねん、ほんま。ネコの件は一応部でも当たってみるわ。んじゃ」
虎之助の親切がありがたい。小田はぎゅっと胸の前にカバンを抱え込み、百瀬の出て行った廊下の方を見て言った。。
「なんか、ごめんね。百瀬くん大丈夫かな」
「いいよ。全然。小田のせいでもなんでもないし。それより……深町、聞こえてるだろ」
深町の肩がビクッと上がる。本を読むふりをして、ずっと小田たちの様子を伺っていたに違いない。小田が怖い高橋と別れ、さあどうやって話しかけようと考えているうちに俺のところへ行ってしまった。今度は近くにもっと恐ろしい百瀬がいるから話しかけられない。おおかたそんなところじゃないか。
すでに教室には俺たちのほかに数人の女子しか残っていない。水を向けられた深町は意を決したようにすくっと立ち上がった。そしてリュックを胸に抱え、真っ赤な顔を半分隠すようにして、隙間からチラリと俺の後ろにいる小田の姿を確認する。登校時はあれほど周りのことなど気にもしていなかったくせに、こんな時だけ妙に引っ込み思案になるのはなんなのか。
「なんで声かけてこないんだよ。行くんだろ?」
「タイミングとか考えていて……だって邪魔しちゃ悪いだろう」
人と話していると邪魔しちゃ悪い、一人で何かしてればそれはそれで邪魔しちゃイケナイ。それじゃいつまでたっても自分から話しかけることなどできないのに、なんというか深町は難しく考えすぎている。ただ、怖いだけじゃないのか。声をかけるのが。これまであまりいい反応をもらってこなかったから。だから理由はどれもこじつけ。ビビリでヘタレな俺には手に取るようにわかる。
「深町さん、今日はよろしくね」
小田が俺の後ろから微笑みかけると深町は勢いよくのけぞった。
「よ、よろしくお願いします」
声を裏返らせ、膝に頭がつきそうなほど深々と頭を下げる。尻が当たって椅子が後ろの机にぶつかり、声をかき消すほど大きな音を立てた。小田が小さくクスッと笑うと、深町は慌てて顔を上げ、あわあわとおちつきなく顔の前で両手を動かした。
「あっ。ごめんなさい、ごめんなさい」
「全然だよ。家族に話さないとまだお世話できるかわからないんだけど、本当に今日、一緒に行ってもいいのかな」
「はい。病院は四時半に予約してある、あります」
深町はわざわざ丁寧語で言い直す。先生や俺と話す時よりずっと緊張して見えるのが不思議だ。
「え。四時半? ちょうど今四時半だよ」
小田が腕時計を確認すると、深町は慌てて通学用リュックを振り上げた。
「えっ、なんで。さっきまで余裕だったのに」
リュックを回して肩にかけ、一人教室を飛び出そうとする深町の肩を掴む。
「おい、小田を置いていくなよ。案内するんだろ。まったく予約してるんなら言っといてくれよ」
「言おうとしたんだ」
深町が鼻を膨らませて抗議する。
「あのな。やろうとしてもやってなかったら伝わらないんだよ。あの病院なら十分もかからない。心配なら俺が先に行って事情を話しとくから、深町は小田の支度を待って、後から……」
俺が話し終えるよりも前に、小田が深町の手を引いた。
「私、走れるよ。大葉くんこそ怪我してるんだから後からゆっくりおいでよ。案内して、深町さん」
「え。あ、はい」
小田に促されて、深町は教室を飛び出した。
「きゃあ、深町さん、はや〜い」
廊下に小田の声が響く。二人が直接やり取りしてくれることになってよかった……んだよな? 間に挟まれて面倒にすら思っていたはずなのに、俺はひとり教室に取り残されてなんともいえずモヤモヤした気持ちになった。