第3話 ランク戦③
剣戟が響く。観客たちはその戦いを固唾をのんで見上げるしかなかった。Sランク能力者である妹のユメとAランク能力者である後輩の天瀬。序列も上で、飛行能力という圧倒的なアドバンテージをもったユメが簡単に勝ってしまうと大多数は思っていただろう。しかし現状は───、
「てぃやぁあああ!」
「…っ!」
ユメの斬撃は悉く天瀬の細剣に阻まれ、防御されてしまう。一見すると天瀬が防戦一方に見えるが、攻め倦ねているユメの方が若干不利な状況だ。
「まさか、空中でここまで渡り合える相手がいるなんて思わなかったよ」
「恨み言からあなたのお兄さんに言ってくださいよ。私は昨日のお返しに、仕方無く、今回だけは特別に、先輩の策に乗ってあげただけですから」
「へぇー。アキがねぇ…。まあ、そのことは後でゆっくり。サクッと決着付けちゃおうか!」
するとユメは二つの刃を天瀬の細剣に叩きつけた。ガードした天瀬だったが、押し負けて落下していく。
「くうっ!?」
地面に叩き落とされた天瀬はとっさに体勢を立て直すも、もう遅い。
「いくよ!────緋天一閃ッ!!」
再び必殺の破壊力を孕んだ双刃が振り下ろされ、今度こそその刃は確実に天瀬を捉えていた。
「そろそろ、種明かしの時間ですね」
「えっ?」
剣と剣がぶつかり合う。ユメが、不敵な笑みを浮かべる天瀬が握る剣が先程までとは違うことに気付いたのは、その一撃をその剣に当ててしまった瞬間だった。
「きゃああああーーー!」
悲鳴を上げて吹き飛ばされた人物を見て、会場中が驚愕に包まれた。なぜなら、それは圧倒的有利な状態から必殺の一撃を繰り出したユメだったから。そして、土埃が晴れ、その中に立っていた天瀬が握っていたのは、もう一本の剣。フェザーレイピアとは似ても似つかない漆黒の剣。闇のような禍々しさすら感じられるその剣は天使と呼ばれる少女が握るにはあまりにも不相応だった。
「私が優芽さんみたいな人とまともに戦っても勝てませんから。ちょっと本気で欺いちゃいました」
欺く。彼女はそう言った。すると、ユメの表情が段々と青ざめていく。
「ま、さか…、全部嘘だったの?」
「はい。大掛かりでしたから疲れちゃいましたけど、おかげであなたを追い詰められた」
そして天瀬は観客に向かって種明かしを始めた。
「まずはじめに、皆さんが見ていた試合の経過そのものが偽りだったんですよ。正確には、優芽さんが飛行を始めたときから既に私の『天使の悪戯』は発動していた。ああ、そうですね。もっと言うと、私の能力に対する認識そのものが間違っていたんです」
つまり、天瀬は自分の能力が相手の時間を止めるものではないと、そう言っているのだ。
「私の能力『天使の悪戯』は接触した相手の五感を上書きする能力です。つまり、戦った優芽さんや大気を通じて接触した観客や実況の皆さんが見て感じていたのは、私が作った幻。そもそも最初と今の二回以外は私は優芽さんと剣を合わせていない。聴覚や触覚に働きかけてそう思わせていただけなんですから。私は一人芝居を演じる優芽さんを誘導して、あの技を放ってきたのを狙ってこの剣の刃を当てるだけ」
そう言って左手に握った漆黒の剣を振りかざす。フェザーレイピアを持っていると見せかけて、最初からこの剣を持っていたのだろう。
「何なの、その武器…?あれを跳ね返すなんて……」
「『デモンズソウル』。私の、もう一つの武器です。受けた攻撃を無効化し、何倍もの威力で相手に返す特性を持っています。さあ、これで終わりですよ」
天瀬は右手の白い剣を振り上げる。そして目の前のユメに向かってその刃は振り下ろされた。しかし───。
「あ、れ…………?」
標的には届かずに刃はユメの隣の地面に突き刺さる。そして天瀬はそのまま倒れてしまった。
「観客全員はさすがにやり過ぎでした……。残、念です」
どうやら大規模な能力の行使で身体は限界を迎えていたらしい。こうしてあれだけ激しい戦いだった試合は意外な形であっけなく決着が付いてしまった。
「アイツ…。惜しかったんだけどなぁ」
『試合終了ーーー!天瀬莉愛選手が戦闘続行不可能!勝者は東郷優芽選手だーーー!』
◇ ◇ ◇
倒れた天瀬は医療施設に運ばれたと聞いて俺は見舞いに向かった。
「病室は……ここだな」
至って健康体のため自分が行く機会もなく見舞いに行く友達がいない。そのため病院の類とは無縁だったのでこういうシチュエーションは初めてだ。
「まさか『はじめてのおみまい』が年下で学園で人気者の美少女様だとは思わなんだ。……どこで俺の人生変わるか分からんもんだ」
扉を開けようと手を掛ける。が、昨日のことを思い出した。
「…っと、危ない危ない。これでまたあんな状況だったらヤバいからな」
扉を二回ノックすると、短く「どうぞ」と愛想のない返事が帰ってきたので扉を開ける。
「来ると思ってました。ホント世話焼きですよね、先輩って」
「そうは言いながらも俺が来てうれしかったりするんじゃないか?」
「…あの、嫌がらせですか?」
平然と返すその態度に一瞬たじろいでしまう。やっぱり可愛くない奴だ。
「心配したが、減らず口を叩く余裕があるなら大丈夫そうだな。んで?どうだった今日の試合?」
そう聞くと、天瀬も予想していたようでため息をついてこう返した。
「疲れましたし、おまけにこんな目に遭って…、最悪でしたよ」
「それで?」
「まあ、そうですね…。少し楽しかったので、本気で戦うのも悪くないって思いました。…ホ、ホントに少しですからね!」
なぜか顔を赤くして訴える天瀬。その光景がなんとなく嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
「ホント、お前は素直じゃないなぁ。頑張った頑張った。お前すげーよ」
「せ、先輩が私を誉めるなんて、何か悪いモノでも食べたんですか?…って、頭撫でないで下さい!」
「あ、ワリィ」
言われて、無意識に動いていた手を引っ込める。親しい後輩の女子ができたというだけで俺の心はどこか舞い上がっているようだ。
「はぁ…。で、先輩?何か用ですか?」
「いや、これといって用は無いんだけど、試合の後倒れただろ?心配したんだぞ?」
無理させたのは俺のせいって部分も無いわけでは無いので、責任も感じているのだ。あれだけ派手に戦って倒れてしまったので心配したが、とりあえず元気そうで安心した。
「心配性ですね、先輩は。体の調子ならこの通り大丈夫ですから。明日は一応大事を取って休むことにしますが、それからはまたいつも通りです」
「おう。俺、帰るよ。じゃあな」
元気そうに振る舞っていたが、仕草を見ていると腕や脚がまだ痛んでいるようだ。暇があったら明日も来てみよう。無理するな、と伝えてから俺は病室を後にした。
「ん?メッセージ?ユメからか。なになに…、今日はお父さんがいるから早く帰ってきてね…?ああ…。父さん、今日はいるのか」
俺達の父親は我らが東郷学園の理事長で、真面目で厳格……とは程遠い、冗談好きの明るいおっさんである。普段は仕事で帰宅することは少ないのだが、帰ってくる日は母さんが腕によりをかけて豪勢な料理を作るのだ。
「さてと、そんじゃあ急ぎますかね…」
面倒くさそうに言うと、俺は我が家に向かって走り出した。
家に着くとユメが玄関の前で仁王立ちして待っていた。
「もー!アキったらどこに行ってたの?」
「いや、ちょっと寄り道してさ…。悪い、少し遅くなった」
しかし俺が謝ると、ユメはニコッと笑った。
「いいよ、謝らなくて。どうせ病院に行ったんでしょ?天瀬さんのお見舞いに」
「わ、分かってたなら怒った振りしなくたっていいだろ…。お前が怒ると後々面倒だからヒヤッとしたんだぞ?」
「えへへ、ごめんごめーん。ほらほらお父さんとお母さん待ってるよ!」
また説教だろうか。一回戦敗退はもはやいつものことなのだが、父さんは理事長だけあってせめて一勝くらいはしてほしいらしい。覚悟をして玄関の扉を開ける。
「ただいまー。って父さん、そこにいたのかよ…。また説教?」
「おかえり。いや、今日はお前に渡したいモノがあるんだ。夕ご飯食べたら地下においで」
ウチの地下には広めのトレーニング場がある。時々そこでトレーニングをするのだが、「渡したいモノ」とは何だろうか。
「分かった。じゃあまずは飯にしましょうかね。俺、腹ぺこ」
「ああ。母さんのごちそうだからな」
ダイニングテーブルを囲んで座ると、父さんを交えた久しぶりの食事が始まる。会話の内容は主に近況報告。とはいっても父さんはウチの学校の理事長なので俺の戦績については知っているし、かといって天瀬とのことを話すのも何となく恥ずかしい。結局、夕飯の時間は今回のランク戦のことしか話すことができなかった。
夕食後、さっきの約束通りに地下に向かった。最近は使うことが無かったので、目の前の広大で真っ白な空間がひどく久しぶりに思える。
「お、来たな。お前最近ここ使ってないらしいじゃないか」
「ランク戦の前は色々やっていたけど。まあ、始まってからは使ってない。…んで、『渡したいモノ』って何?」
「これだよ、これ」
ポイッと何かを投げてきた。受け取って見ると、黒い長方形の先に金属製のパーツがついたモノが手に収まっていた。
「これ…、USBメモリ?このご時世でこんなの渡されても困るんだけど」
USBメモリは一昔前にデータを扱うのに使われていた記録媒体の一つでかなり普及していたようだが、今では使われているのを見ることはほとんどない。
「それにはあるデータが入っている。研究室に持って行けば分かるから、明日にでも行ってこいよ。それはお前に必要なモノだから」
「なんだよそれ…って、聞いてもどうせ教えてくれないんだろ?分かったよ。明日行ってみる」
「ああ。じゃあ父さんは明日早いから寝るよ」
そう言って父さんはエレベーターに乗って戻っていった。
「必要なモノ…ね」
家中を探してもUSBに対応した機器は見つからなかった。やはり研究室に行くしかないようだ。
「まあ、また明日か。…俺も寝よ」
手早くシャワーを浴びて着替える。部屋に行ってベッドに寝転がると、若干の煩わしさを感じながら眠りについた。
続く