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第2話 ランク戦②

 天瀬が出場した試合が終わると、天瀬がいる控え室へ向かった。どうせ放課後に用があるのだ。待っているよりはこちらから迎えにいった方が早いだろう。

「えーと、天瀬の控え室は…あったあった」

 部屋の前のディスプレイに『天瀬莉愛』と表示された控え室を見つけると、ノックをしてからドアを開けた。

「天瀬ー、迎えに来た……ぞ?」

 瞬間、思考が停止した。ドアの向こうには天瀬はいた。問題はその格好である。無造作に脱ぎ捨てられた制服。近くには着替えと思われる私服が畳まれた状態で置かれている。まさかと思いながら状況を把握するために天瀬に視線を移すと───。

「え…?せ、先輩?」

 白く美しい肌。胸は大き過ぎず小さ過ぎずのちょうどいいサイズ(あくまで俺個人の主観)で脚は長い。シンプルな白い下着を纏い、まさに着替え中だった天瀬はこちらを見てしばらく沈黙していたかと思うと、顔が一瞬で真っ赤になった。

「…ってください」

 天瀬は小さな声で何か言うがちゃんと聞き取れない。

「え?」

「早く出て行ってください!」

「あ、悪い!」

 慌ててドアを閉める。少し待っていると、控え室のドアが開いた。

「先輩…。まともに知り合って2日目だというのに、し、下着姿を見られるなんて……」

「いや、その、悪かった!返事を待たなかった俺が!全面的に!」

 直角に近い角度で頭を下げると、天瀬はため息をついて出口の方へ歩いていく。

「天瀬?」

「行きますよ先輩。今日はご馳走してもらいますからね。私が満足するまで♪」

「…っ!お、おう。お安い御用だ……」

 こりゃあ高くつきそうだ…。財布の入ったポケットに手を当てると、天瀬の後を追った。彼女の楽しそうな、からかうような笑顔は、出口から差し込む光のせいか、眩しく見えた。


 ◇ ◇ ◇


「それで、天瀬?その店ってのはどこにあるんだよ?」

「えーっと、あそこですよ。ほら、たくさん並んでいるでしょ?」

「確かにすげー人気。って、これに並ぶつもりかよ!?」

 ゲームの発売日にこのくらいの行列には並んだことがあるが、いくらお詫びとはいえ他人のためにここまで並ぶ気分にはなれない。

「まさか。私がそんな面倒くさいことするわけないでしょ?ここは『お友達』に力を貸してもらいます」

「お友達…?」

 不思議に思っていると、店員らしき女性が俺達に近づいてきた。

「莉愛ちゃん。予約してた席案内するよ?もしかして…彼氏?」

「違いますよ、橘さん!学校の先輩です」

 橘さんは俺達2人を一番奥の空いた席に案内すると、すぐに厨房に戻っていった。

「誰だよ」

「橘さんです。このお店を経営する会社の社長さんですよ」

「社長!?」

 友達って…、こいつどんだけ人脈広いんだよ。あの行列を見ると相当人気の店なのだろう。それを見越して電話を掛けて頼んだってことか。

「橘さん、先輩のこと私の彼氏とか言ってましたね」

「ん?ああ…、そうだったな」

「全く。寝言は寝てから言って欲しいものです。先輩もそう思いませんか?」

「お、おう。そうだな」

 なんか、この数日で学園の人気者の素顔を見せられている。これはどんなホラー映画よりも恐ろしい気がするのだが…。

「お先にどうぞ?」

 天瀬はコーヒーカップをテーブルに置く。

「お先にって…、何が?」

「言いたいことがあるんですよね?私に」

 俺がコイツに文句があるのは、どうやらお見通しのようだ。俺の方も別に隠す必要もないので、無駄だと分かりつつもとりあえずぶつけてみることにした。

「まあ、そうだな。じゃあ率直に言うけど、気に入らないんだよ。お前の戦い方。対等(フェア)に戦おうなんざ、一ミリも考えちゃいない。見ていて気持ち悪い」

「…そう、ですか」

 天瀬はうつむいて小さい声でそう言った。

「すいません…、あんな試合をして。私だってホントは嫌なんです……」

 シクシクと泣き声が聞こえてくる。どうやら本当に反省しているらしい。

「い、いや…。俺だって女子を泣かせるような趣味はないし、顔上げろよ。悪かったよ。少し言い過ぎ……」

「なーんて、言うと思ったんですか?」

「は?」

「先輩の意見なんて知りませんよ。私は私の能力と武器を利用した最善の戦い方をしているんです。それを対等じゃないだの、吐き気がするだの、言われたくありません。それとも、私が勝ち進むのが気に障るんですか?後輩に負けたからってそれはちょっと……」

 天瀬は先程の反省した態度はどこへやら、口元に笑みを浮かべている。

「それに先輩は『対等』と言いましたけど、あの人は明らかに私よりも格下でした。そんな雑魚に合わせて対等になるように手を抜く方がよっぽど失礼じゃありませんか?」

「ちがっ…、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて…っ!」

「それじゃあ失礼します。お会計は任せましたよ?」

 天瀬は立ち上がりスクールバッグを肩に掛ける。

「あの、一ついいですか?」

「なんだよ」

「昨日と今日で先輩の性根が腐ってるのは分かりました。でも、なんでそんなクズの先輩が『あんな戦い』にこだわるんですか?自分は初戦で終わったはずなのに、どうして他人の戦いにまで口出しするんです?」

「…大した理由じゃねぇよ。ただ俺は、実力のある奴にそんな戦いをしてほしくないだけだ。お前にとっては『あんな戦い』でもな」

 俺みたいに、そこまでたどり着けない奴らだっているのだから。勝った者は負けた者の意志を背負う。そんなのはキレイゴトで、俺らしくないのかもしれないけど。

「ふーん。先輩はこういうときに熱くなっちゃうタイプなんですね?」

「別に…、熱くなっちゃいない。お前も少しは真剣に戦ったらどうだ、ってことだよ」

「真剣に戦おうと、程々に戦おうと、結果は変わりませんよ。でも、そうですね…」

 いたずらっ子のような笑顔だった彼女の表情が途端に変わる。天瀬は小悪魔のようにニヤリと笑ってこう言った。

「明日の試合で私が優芽先輩に勝てたら、考えてあげてもいいですよ?」

「はぁっ!?んなの、お前が手を抜けば……」

「じゃあ今度こそ失礼します。明日、楽しみにしてますよ?」

 そう言うと、天瀬はそっぽを向きそのまま店の外に出て行った。会計を済ませようと、モヤモヤした気分を抱えたままレジに向かう。すると────

「アイツ……」

 レジの画面に表示された金額を見て俺の表情が固まる。

「──これ、俺の残りの所持金ピッタリじゃねぇか……」

 帰宅後、一文無しで帰った俺がユメに叱られたのは言うまでもない。


 ◇ ◇ ◇


「ユメ、頑張れよ。何なら最初っから飛んでもいい」

「どういうつもりかは知らないけど厳しそうならそうするよ。あ、もう時間か。じゃあ行ってくるね!」

 話していると選手の呼び出しの放送が入る。

「期待してるアキには悪いけどサクッと終わらせちゃうから!」

 そう元気に言うとユメは控え室に走っていった。あの様子を見るとさすがSランクだ。自分の実力に自信を持っているのが伝わってくる。

「別に期待はして……る、か?」


『本日の第一試合はベスト8がかかった大一番!注目の対戦カード!それでは出場選手の紹介だーーー!』

 やたらテンションの高いアナウンスが流れてくる。いつものことなのになんだかソワソワしてきた。ユメと天瀬…、どちらが勝つかなんて分からないし、どちらを応援するか…なんてない。ただ俺は、『俺の見たい試合』が見たいだけ。それは俺がどうこうできるものではないのだが。

『第一試合の出場選手一人目は…、昨日の第二試合を勝ち抜きSランクの実力を見せつけた東郷優芽選手!対するは、Aランク学生の天瀬莉愛選手!学内序列は東郷選手が3位、天瀬選手が12位と差はありますが侮るなかれ!天瀬選手は昨日の第三試合で相手が自分に触れることすら許さず圧倒的な実力で勝利を収めています!この試合、どうなるのか予想ができません!』

 ゲートから2人が入場してくる。ユメに『負けてくれ』なんてもちろん言えなかった俺は、やっと見つけた空席にため息をついて座った。

「とりあえず天瀬が勝ってくれるのを願ってるか……って、あれ?」

 俺は自分に、自分の放った言葉に違和感を覚える。

「なんで天瀬に勝ってほしいんだ…?」

 それが、天瀬が真剣に戦ってくれるための条件だから?なら───

「どうして俺はこんなに天瀬に………?」

『さぁてーっ!試合の準備が整ったようです!』

 突然のアナウンスにビクッと震える。そうだ。今は試合の展開に集中しよう。そうすれば、何か分かるかもしれない。

『それでは第一試合!試合、開始ぃーっ!』

 すぐにユメが地を蹴った。凄まじいスピードで天瀬との距離を詰める。

(このくらいは対応してもらわないと…ねっ!)

「…っ!」

 間合いに入るとスピードの乗った一撃を繰り出すも、天瀬に咄嗟に防がれてしまった。

「やるねー!」

「よく言いますよ。まだ本気じゃないくせに」

「まあね。これくらいはやってくれなきゃ!」

 笑顔で言うユメに天瀬は不快そうな表情を浮かべる。

「楽しそう…ですね」

「うん!だって天瀬さんみたいな強い人と戦えるんだよ?目一杯楽しまなきゃ損ってもんだよ!」

 そんな会話も観客達には聞こえないだろう。その最中にも剣と剣がぶつかり合う音が絶え間なく響いている。

(すごい集中力。話しながら手数が圧倒的に多い双剣の連撃を細剣一本で防ぎきっているなんて…)

 しかしこれでは防戦一方で逃げ回るばかりだ。すると、ユメが動いた。

「じゃあ、これはどうかな?」

 ユメは攻撃の反動を利用して後退し、間合いを取った。そして───

「行くよー!」

「えっ!?」

 ユメの行動に天瀬だけでなく観客達も驚きの声を上げた。なんとユメは試合中にも関わらず、両手に持った双剣を空中に放り投げてしまったのだ。

『おおーっと!東郷選手、突然武器を投げ捨ててしまったー!一体何をするつもりだーーー!?』

「それはね…、こうするんだよ!」

 ユメがパチンと指を鳴らす。すると、地面に落ちようとしていた双剣が意志を持ったかのようにユメの周囲を浮遊し始めた。

「飛行能力の応用だよ。いっけぇーー!」

 緋く輝く刃が天瀬に襲い掛かる。避けるには遅すぎるため咄嗟にガードしようとするがもう遅い。二つの刃が頬と肩をかすめ、血が流れる。

「く…、あっ……!」

「ユメはまだまだ本気じゃないよ?天瀬さんだってそうでしょ?ほら、もっと本気出してよ?」

 挑発を受けた天瀬は果敢に攻めるも、空中を自由自在に飛び回る剣が行く手を遮り徐々にダメージを与えていく。

「はぁ…、はぁ……。ううっ…!」

 立て続けに攻撃を受けた天瀬は負傷した箇所を抑えてうずくまってしまった。

「本気、出してくれないか…。じゃあ、そろそろ終わりにしちゃうよ?」

 飛び回っていた双剣がユメの手に戻り、刃がさらに強く輝いた。

 飛行能力。ユメの武器、〈緋翼〉がもつ特性だ。華麗に空を舞い、相手を仕留める姿から『天空の舞姫』などという二つ名までつけられてしまったが、本人はそれを気に入っているようだ。

「ひっさーつ!緋天一閃(ひてんいっせん)!」

 空中から地上にいる相手に突っ込むだけのシンプルな一撃。しかし、その速度は軽く音速を超え、さらに加速する。いくら能力を持った人間だとしても動きを見極めることは極めて難しい。その上、ユメは突進中も方向を転換したり、フェイントをかけたり、そういった策を講じるだけの反射神経と直感がある。故に必殺。シンプルが故の応用範囲の広さ。相手のスタイルに合わせて臨機応変に対応することが可能な千変万化の戦闘スタイル。それがSランク能力者である東郷優芽の真骨頂だ。その刃は恐るべき速度と破壊力を孕み、地上にうずくまったままの少女を無慈悲に貫いた───はずだった。

「………あれ?」

 目を疑う光景だった。動くことさえ困難に見えた標的に繰り出された必殺の一撃。誰もが決着したと思った。誰もが絶対に回避など不可能だと、そう思った。しかし、その一撃が穿ったのは少女ではなく、何もない地面だった。

「やっと、見れるのか」

 胸が高鳴った。およそ俺が今まで会った中で最凶最悪のクズ。彼女の『本気』がようやく始まったのだ、と。何が起こったか、起こっているのか、未だに全く分からない。彼女が今どこにいるのかさえも分からないのだ。何ともいえない気持ちの悪いような感覚と未知に遭遇したような興奮。そんな二つが同居した異質な高揚感を感じていた。

「おっかしいなー。絶対避けられないはずなのに…。おーい、どこにいるのー?」

 満を持して放った一撃を避けられたユメは姿の見えない天瀬を呼ぶ。しかし、姿は見えない。それは観客も同じだった。さっきまで戦っていたはずの人間が目の前から消えた。明らかな異常事態にユメは動揺を隠せない。戦い慣れしたSランクといえども試合中に対戦相手が姿を消すことなど本来有り得ない。姿を消すことができる能力者ならまだしも、天瀬の能力、『天使の悪戯』は相手の視力を奪う能力。意味は似ているものの全くの別物なのだ。

「何が起きてるか分からないって顔ですね」

 沈黙を破る声。その声の方を向く。

「私は……ここですよ」

 見上げる。そこには純白の翼を広げる少女の姿。飛んでいる。誰にも姿が見えなかったのは消えていたからではない。視界に入らないくらいに高い天空にいたから。それは、飛行能力を扱うユメでも届くのが難しい程の高度。

「どういうこと…?フェザーレイピアも飛行能力を?それに、私のよりもずっと高い……」

「どうでしょうね?試してみますか?」

 天瀬は挑発するように旋回しながら降りてくる。

「すごいね、天瀬さん。いいよ!やろう!」

 ユメは迎え撃つために上昇する。青い空に金属がぶつかり合うような甲高い音が響いた。


続く

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