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第1話 ランク戦①

 翌日の朝、俺は飲み物を買ってスタジアムの観客席に座った。

「あれ?珍しい!アキが観戦なんて、どうしたの?」

「ん?…ああ、ユメか」

 俺に話しかけてきたのは、俺と同じ濃いめのグレーの髪を肩まで伸ばし、青いカチューシャを付けた女の子。名前は、東郷優芽(とうごうゆめ)。俺の双子の妹である。

「ちょっと気になる奴がいてさ。そういうお前はもうすぐ試合なのに大丈夫なのかよ?」

「誰に言ってるの?ユメが簡単に負けるわけないでしょ?それが大学生でも、ね」

 ユメはそう言って悪戯っぽく笑いながらウィンクする。実際、ユメは校内でもトップクラスの実力者である。校内序列は3位でSランク。性格も明るく、誰にでも分け隔てなく優しく接する。まさに俺とは正反対の出来過ぎた妹だ。双子であるにも関わらず、神は才能を等分しなかったらしい。

「もしかしてそれ、下級生に負けた俺への嫌味だったりする?」

「もしかしなくてもそのつもりだよ?」

「あっそ」

 ユメは時々こうやって毒を吐くが、それも人気の一つなのだろう。俺みたいに知り合いに話したら毒吐きまくりのひねくれ者には友人などほとんどできない。何をするにも程々にしておくのがベストだと気づいたのはもう手遅れだったが。

「もしかして、ユメのこと応援しに来てくれたの?」

「んな訳あるか。ついでだ、ついで」

 俺が興味を持ってユメの試合を観ることなんてほとんどない。結果が分かりきった試合なんて観ても面白くも何ともないからだ。

「えーっ!?じゃあなんで?いつものアキなら2日目以降は教室でずっとゲームしてるのに……」

「さっき、気になる奴がいるって言ったろ?」

「ふむふむ。好きな人でも出来たの?誰?誰?」

(まーたコイツは……。ユメはこういう話は大好物だからな)

「断じて違うからな。そもそもユメは関係ないだろ。さっさと控え室に戻れよ」

「もーう。じゃあ家でゆっくり聞かせてもらうからね。じゃっ」

 事情聴取は面倒だが、この場はなんとかしのげたようだ。控え室に戻っていくユメを見送ると、スタジアムに目を向けた。どうやら第一試合が始まるようで、他の観客達も次第に熱を帯びてきている。第一試合の対戦カードには興味がないので、ユメが出る次の第二試合が始まる前に飲み物を買いに行くことにした。すると──

「お……」

「あ……」

 自販機の前でこの後すぐに試合があるはずの人物、今回の観戦の目的である彼女、天瀬莉愛に鉢合わせしてしまった。お互い昨日のこともあり少し気まずい雰囲気が流れる。だが、すぐに天瀬が口を開いた。

「なんですかジロジロ見て…。正直気持ち悪いですよ、先輩」

「え…?ぁ、その…、スマン。そんなにジロジロ見てたか?」

 俺は自分な顔を両手でペタペタと触る。

「ええ、それはもう。身の危険を感じましたよ」

「な…っ、そ、それはさすがに嘘だろ!?」

「はい、嘘ですけど。昨日散々言われた仕返しです。動揺する先輩、面白かったですよ?」

 口元に笑みを浮かべて悪戯っぽくそう言う天瀬。不覚にもそんな仕草に少しドキッとしてしまった自分を隅に押しやる。

「それは何より。俺も昨日は少しやり過ぎたと思ってたからな」

「へー、そうですか。つまり反省していると?」

 天瀬はニヤニヤしながらそう言う。

「ぐっ…。ま、まあ、いるかいないかで言ったらそうなるな」

 内心はコイツのペースに乗せられるのはマズいと思ったが、下手に嘘をついても意味はないので、ここは素直に認める。しかし、さらに笑顔になった天瀬を見て俺は後悔した。

(こりゃあ、地雷踏んだな……)

「じゃあお詫びに……」

「ま、待て!お前ももうすぐ試合だろ?俺も第一試合観たいし、そろそろ観客席に戻るわ。じゃあな!」

 俺は観客席の入り口に向かって走り出そうとした。が、

「待ってくださいよ」

「うおわっ!?」

 地面を蹴る前にガシッと右肩を掴まれる。振り返ると天使のような悪魔の笑顔を浮かべている天瀬がそこにいた。

「今飲み物を買ってるってことは第一試合には興味無いんでしょう?それにまだ話は終わっていません。先輩、反省してるんですよね?」

 もう逃げられない。そう悟った俺は素直に天瀬の言うことを聞くことにした。

「…じゃあ、今日の試合が終わったらにしましょう。絶対に予定を空けておいてくださいね」

 そう言って天瀬は控え室に戻っていく。

「やれやれ。高い出費にならないといいけど」

 天瀬が俺の『お詫び』として提示したのは新しくオープンした喫茶店でパフェをご馳走することだった。

(ユメにも遅くなるって言っておかないとな……)

 ポケットから端末を取り出してユメにメッセージを送信すると、俺は観客席に向かった。

『第一試合、勝者は───』

「おっ、ちょうど良かった。次はユメの試合か」

 相手がは序列6位の3年生。ユメは格下だからといって油断して負けることはないはずだ。

(結果は分かっているが……、妹の試合だ。ちゃんと観といてやるか)

 序列3位の戦いとあって観客席は超満員。東郷学園には能力を持たない者も在籍しており、その数は実に1000名以上。無能力者が全校生徒の5割に及び、それゆえか我ら東郷学園はこの緋ノ島にある四校の中でも最弱と言われているのだ。ランク戦の期間、そんな連中は基本的に暇なので退屈しのぎにランク戦の試合を観戦しに来るためこのように注目の試合のときは特に混み合うという訳だ。

『それでは両選手、準備はよろしいでしょうか?』

 どうやらもう試合が始まるようだ。ユメの方に目を向けると、こっちに向かって手を振ってきたので小さく振り返す。笑みを浮かべているところを見ると、この試合は問題ないだろう。

『それでは……始めっ!』

 開始の合図が出た瞬間に相手が槍を突き出して突進してくる。先手必勝を狙ったつもりだろうが、機動力が高い双剣使いのユメにとっては避けることは容易い。もちろん、序列6位がその後の戦略を練っていないはずがない。

「シッ…!」

 ユメが相手の突撃を上に跳んで避けると、相手はすぐに停止し振り返って空中のユメに向かって突きを繰り出す。

「とうっ!」

 ユメは体勢を立て直すと右手の剣でそれに対応。その反動で相手の間合いから離れて着地した。

「アレを返すかよ……。やっぱハンパねぇなSランク」

「そちらこそすごい反応でしたよ。あれが当たっていたら正直危なかったです」

「そういって貰えるのは光栄だ。よし、いくぞ!」

「はい!勝負です、先輩!」

 再び双剣と槍が交錯する。武器と武器のぶつかり合いが続きお互い後ろに下がったとき、ユメの雰囲気が変わった。

「すいません先輩。そろそろ決着、つけさせてもらいます」

 ユメはそう言うと双剣を逆手に持ち直した。すると、その刃が緋く光を帯び始めた。ユメのためにチューニングされた特殊調整型双剣、銘は〈緋翼〉。ユメに限らず、東郷学園の生徒…いや、『緋ノ島』と呼ばれるこの島に住む者やその他の場所の能力者が持つ武器は総じて特殊な性質を持っている。〈緋翼〉が有する特性は自己干渉系(ドーピナー)に分類される『飛行』能力。緋色に輝く双剣を持ったユメの身体は一瞬で宙に浮かび上がった。

「あーあ気の毒に。でもこりゃ相手の先輩も誉めなきゃなあ。ユメが武器の特性を発動するのも珍しいし」

 ユメは相手が相当強くないとアレは使わない。さすがは序列6位と言ったところだろう。しかし発動してしまったら、それこそ1位や2位の格上でなければ勝ち目などない。空はユメの独壇場。相手の攻撃は届かず、ユメは隙をついて攻撃を繰り返していく。結局そのままワンサイドゲームとなり、相手は倒れて試合は終了となった。

『試合終了ーー!勝者は空中での圧倒的な強さを見せつけた高等部1年の東郷優芽選手!やはり『天空の舞姫』は強かったーーー!』

 試合が終わるとすぐにフィールドの整備が始まった。天瀬が出る次の試合までは少し時間が空くらしい。

「アキ、どうだった?ちゃんと見ててくれた?」

「見てたよ。それにしても珍しいな。お前が〈緋翼〉の特性を使うなんて。そんなに手強かったのか?」

「ん?あー。それもあるけど、アキにいいとこ見せたかったからってのが一番かな」

 ユメははにかんで答える。妹とはいえ、こういうことを言われるとなんとなく恥ずかしいような嬉しいようなくすぐったい気持ちになってしまう。

「さて、次の試合だけど、一緒に観てくか?」

「うん。もう今日は試合もないしね。それにしても、次の試合って……、ははーん。なるほどなるほど」

「な、なんだよニヤニヤして」

「珍しく観戦なんてしてる理由は『それ』かぁ」

 ユメはニヤニヤしながら「へえ」とか「ふーん」などと言いながら俺のことをジロジロと見てくる。

「な、なんだよそれって」

「え?あー、いいんだよ?確かに可愛いし優しいし。でも競争率高いよ?」

 ユメが何を言おうとしているのかが分かり、俺は思わず反論した。

「誰も天瀬が目的だなんて言って…、あっ?」

 途中で自分の失言に気づくももう遅い。ユメは俺の顔を見て笑う。

「ん?ユメも天瀬さんだなんて言ってないけど。なるほどねー。やっぱり天瀬さんが目的かー」

「ユメ…お前嵌めやがったな!?」

「えー、何のことー?アキが勝手に言っただけじゃーん」

 白々しい態度に苛立つが、コイツがこうやってからかってくるのはいつものことなのでいちいち怒っていたのではキリがない。試合も始まりそうなので気持ちを切り替えてスタジアムに目を移した。

「で、アキ?なんで天瀬さんの試合なの?」

「言っただろ。ちょっと気になるって。アイツの考えてることをもっとよく知りたい。話してみても底が見えない。取り繕っていると分かっても、それが周りからの評価のためだけだとは思えないんだよ」

「ふーん」

 そんな話をしているとスタジアムでは天瀬と対戦相手はストレッチなど試合の準備をしている。どうやら天瀬の相手は中等部の後輩の男子生徒のようだ。その男子は天瀬に声をかけた。

「あ、あの!天瀬先輩!」

「なんですか?」

 天瀬はそれに笑顔で応じる。

「僕、天瀬先輩の大ファンで!だから、こうして戦えるのがすごくうれしいんです!」

「ありがとう。お手柔らかにお願いしますね?」

「はい! き、今日は…、よろしくお願いします! 」

 天瀬が微笑むと、男子生徒は一礼した。

(アイツやっぱり人気あるんだな…)

「当の本人は腹の内でどう思ってるかは知らんけど」

 そう呟くと、隣に座るユメが聞いてくる。

「アキ、それ何のこと?」

「ん?ああ、アイツの本性知らないのか。いや、まあ世の中には知らない方がいいこともあるって言うしな」

「??」

 首を傾げるユメに俺はちょっとしたアドバイスのようなものを与える。

「その、なんだ…。俺みたいに批判的な思考も時には大事ってことだな、うん」

「アキはいつも批判的に捉えすぎだと思うんだけど」

「深い思考をすることは大事なことだぞ。出た結論がどんなものであれ、な」

 俺はユメに対してそう言うが、俺自身もそこまで深い思考はしたことがない。なるほど、考えることは人を成長させるって言うしな。勉強になった。グッジョブ俺。

「うーん。アキの話はよく分からないや」

「まあ、まとめると…つまり、周りからちやほやされてる奴を見るととりあえず弱みを探して握ってそいつをどうにかしてやりたくなる、って話だな」

「うん。どうまとめたらそうなるのかよく分からないけど、アキがクズだってことは分かったよ」

 なるほどそうきたか。まあ俺も自覚してるんでダメージはそれほど…、いや、妹に面と向かって言われると割と傷つくかもこれ。

「………ほら、試合始まるぞ」

「何、今の間は!?」

 心に傷が付いたんだよ、察してくれよ。

『さーて!本日の第三試合を開始致します!』

 アナウンスが流れると、俺やユメを含めたそれまで雑談などをしていた者達はスタジアムに視線を移した。Sランクであるユメが出た第二試合に比べれば本来注目度は低いはずなのだが、なにせ天瀬は人気の女子生徒。憧れの的だ。観客席は多くの生徒で埋め尽くされ、凄い熱気に包まれていた。

『それでは第三試合……始めっ!』

 合図とともに男子生徒が駆け出す。格上相手に、やられる前に先手必勝というわけか。

能力(アビリティ)や武器特性の発動に時間がかかる相手ならそれも有効だろうが、天瀬の能力は確か…)

「ふーん、速いですね。でも…」

「…っ!?」

 勢い良く駆け出したはずの男子生徒の動きが天瀬まであと一歩というところで完全に停止してしまった。

「残念ですけど、あなたはもう『天使の悪戯』に掛かっちゃってるんですよ…って言っても反応はできないでしょうけど」

 天瀬は動きの止まった男子生徒を嘲笑うかのように右手に持った細剣を彼の右足に突き刺す。そして、それを抜くとさらに左足にも突き刺した。

「はい。もう動いていいですよ」

 パン、と手を鳴らすと停止していた男子生徒がその場に倒れ込む。

「うぐっ、ぐああああああっ!?」

「あら、痛そう。どうします?まだ続けますか?これ以上続けられると私の心が痛んでしまいそうですが、ここはあなたの意志を尊重しますよ?」

 天瀬は倒れる男子生徒に天使のような笑顔で問いかける。しかし、男子生徒の方はもう完全に戦意を喪失してしまったようだった。

「うっ、ぐぅ…、こ、降参…です」

『し、試合終了ーーーー!なんと、第三試合は開始わずか30秒で決着!勝ったのは、中等部3

年の天瀬莉愛選手だぁーーーー!』

 男子生徒が担架で運ばれていった後スタジアムは歓声と拍手で埋め尽くされ、天瀬は手を振って応えている。そんな中、俺は後味の悪い思いを感じていた。

(周りの奴らは天瀬が圧勝した、程度にしか思ってないんだろうな。でもあれは……)

 男子生徒の方ももう少し落ち着いて状況を把握していれば勝ち目はあったかもしれない。もっとも、スタジアムに舞う無数の天使の羽根をかいくぐるのは至難の業だが。天瀬の能力『天使の悪戯』は、周辺に舞わせた羽根に触れた者の時間を最長で10秒止めることができる能力。止められてしまうと、視覚以外の感覚がゼロになり何一つ対応できなくなる厄介な能力だ。

「すごかったね、天瀬さん。今回でSランクになっちゃうんじゃないの?」

「…ああ」

「ちょっとアキ、聞いてるの?」

「聞いてるよ。確かに強かった。でも……」

 そこから先は言わずに黙り込む。具体的には例えられないが、気持ちが悪い。でも俺はこれを、こんなものを───勝利だとは絶対に認めない。


続く

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