表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

憎悪と表裏一体の愛2

三国side

ピッ、ピッ、と途切れることなく断続的な機械音が耳に入ってくる。

心音でも測っているのだろうか。

俺はどうやら布団のようなものに寝かされているらしく、横たわる体の下からは俺の家のベッドとは違ったふわふわとした感触がする。

鼻につくのは、病院独特の嫌な薬品の匂い。

多分、今俺は病院のベッドの上で寝かされているんだろう。





でも俺は、何で病院に居るんだ?





頭の中で誰かの微笑みがちらつく。

女のものではあるが、決して俺が良く知る梓のものではない。

儚くて脆くて、今にも壊れてしまいそうだと人に思わせる、美しく危うい微笑み。

顔ははっきりと思い出せないのに、俺の母親と同じ青灰色の瞳と、夜の闇を凝らせたような烏の濡れ羽色と思われる黒髪だけは脳裏に刻み込まれている。

何時も淡い微笑を浮かべている薄紅色の唇と共に。

何処か釈然としない気持ちを抱えつつ、意識はあるのに指一本を動かせないという不思議な状態で耳の神経を尖らせていると、今度はガラガラという横開きの扉が静かに開かれる小さな音がした。

「紗綾ちゃん、何処に攫われたのかしから?無事ならいいんだけど…」

「殺すことなく、しかも傷一つ付けることなく攫ったんだろ?なら、きっと大丈夫だ」

聞こえてきた声は梓と弓弦のものだったが、今の俺にはそんなことはどうでも良かった。





紗綾。





その名前で思い出したのは、どんなことをしても俺の手の中から逃すまいと思った、儚い少女。

穏やかに微笑む、俺が監禁でもするようにして囲い込んだ少女を、俺は手の中からラグナロクによってかどわかされたのだ。

掠れていた紗綾と共に過ごした記憶は鮮明に思い出され、俺がラグナロクにやられて意識を失った時の記憶もしっかりと戻ってきた。

手刀を落とされてぐったりとした紗綾を抱えた機械人形。

紗綾のことを気にし過ぎた所為で動きが鈍り、一対多数でやる時に最もやってはいけないタブーである囲まれるという初歩的なミスを犯した。

意識のない紗綾は捕らえられ連れて行かれて、きっとラグナロクの元締めである南雲晴臣の元に居る筈。





早く行かなければ。



早く助けなければ。





強い衝動にもそういう似た想いだけが、俺の頭の中をぐるぐると凄まじい速さで駆け巡る。

銃弾で撃たれたため力の入らない指を無理矢理にでも動かし、ひどく重たい瞼をこじ開ける。

「三国!目が覚めたの!」

「おい、大丈夫か!」

「……………さや、は、」

嗄れた声で囁くように告げると、心配そうな表情から一変して沈痛な面持ちをした梓と弓弦は、顔を見合わせて黙り込んでしまった。

嫌な予感がする。

「ごめんなさい。居場所すら特定出来なかったの。私の知っている中でも一級と呼べる情報屋やハッカーを使っても、紗綾ちゃんの居場所を見付け出すことが出来なかった」

「俺は南雲晴臣の本邸と別宅を見に行って周囲の人間に聞いたけど、車の出入りすら無かったようだ。ちゃんと監視カメラでも探した」

「…………つまり、南雲晴臣は、紗綾を攫う為だけに、別邸でも、買ったのか?」

「お前みたいに無駄に金があるんだから、そのくらいは余裕だろ。ていうか、まだお前は起き上がるな!」

力の入らない腕で体を起こそうとすると、弓弦に怒鳴られると同時にベッドに逆戻りする。

「お前は四発も弾丸を食らったんだぞ?生きているだけ儲けもんなんだ。少しくらいは自分の体を労ってくれよ、頼むから」

「あれから何日経った」

「三国が倒れて直ぐに三国の元へ向かって手術やら何やらをしていたから、だいたい四日くらいかしら?」

「俺の話は完全にスルーかよ。まあいいさ。取り敢えず、今日を含めて後七日は絶対安静だからな。お前の自己治癒力は異様に高いから、もしかしたらもっと短くなるかもしれないが、後五日は必ず寝ていろ」

後五日を寝て過ごすなんて俺に出来るわけがないことを、こいつらはきっと知ってて言っているだろう。

俺の体を心配して言っているのは分かるが、二人の言う通りに安静にすべきだという理性が紗綾を取り戻したいという感情を上回る。





俺の掌中の珠。



何よりも誰よりも大切で大事な、たった一人の最愛の少女。



必ず取り戻す。



絶対に。





ほんの一瞬で覚悟を決めて、自覚しない内に鋭くなってしまった眼光で睨み付けるようにして二人を見る。

「今すぐパソコンを用意して。数は三台。ついでに俺の携帯電話も。それと、一先ずは動かない体をどうにかしないといけないから、病院食なんかじゃなくて滋養のある食べ物を持って来て。更に自己治癒力を高めたい」

「…………調べるの?」

「この体は思い通りに動かない。出来るなら三日くらいで治すつもりだけど、その間暇になるから、久々に本気を出してやろうかと思ってね」

「……はあ、分かったよ。滋養があるというか傷を治すのに役立ったり血を増やすのに使える食べ物を持って来てやるから、残さず食えよな」

「味によっては後で報復はするかもしれないけど、それでもいいなら」

「そこまで言えるんなら大丈夫だ。梓、お前はパソコンと携帯電話を持って来い。俺は只管に食料を持って来るから」

「分かったわ。三国の紗綾ちゃんに対する異様な執着心とそれに勝る愛情は間近で見たから知っているもの。これくらい想定内よ」

深々と溜息をつき、呆れ顔を全く隠すことなく晒しながらも、俺の望みを叶えてくれようとする二人には昔から本当に頭が上がらない。

昔馴染みであるが故に俺の行動パターンがほぼ掴めている二人は、俺たち(私たち)が言われたものを取って来るまでは必ず、絶対に安静にしていろとまるで親の仇を射殺そうとしているかのような鋭い目付きで強制的に約束させられた。

流石に体は動かないし、ハッキングをするためのパソコンも無い状態で無茶なんて出来る訳がないのに、それでも俺が無茶をすると思われているのは少々心外だ。

体を治すことが第一と分かっているのだから、そんなことはしない。

出来るならすぐさま紗綾を助けに行きたいけど、今の俺が行ったら機械人形たちによって簡単に殺されてしまうというのは直ぐに予想できる。

もしも俺が死んだりしたら、紗綾の心にまた消えない傷痕を残すことになる。

大切な者を喪ってもう既に壊れそうな少女に、そんな酷い真似はしたくはない。

紗綾の過去を聞いたことは一度も無いが、時々見せる表情に、思わず零した言葉に、俺も梓も弓弦もある程度の推察はついているのだ。

そんなことを考えている内に、血が巡ってきて動くようになった手を指先が白むほど強く握り締める。





絶対に助けに行くから。



だからどうか、俺が助けに行くまで無事でいてくれ。



「待っていろ、紗綾」



呟いた瞬間に、まるで迷子になってしまった子供のような、心細気な声が聞こえた気がした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ