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憎悪と表裏一体の愛

闇の中で、声がする。

ゆらゆらと揺れてはっきりとは繋ぎ止められない意識の中で、人間味に欠ける抑揚のまるで無い声と年老いて少し嗄れたような声が途切れることなく言葉を交わしている。

「お前たち、もうちょっと丁重に扱うとか考えなかったのかい?」

「主様からの命令は“桐生三国の元に居る花苑家の令嬢、花苑紗綾を連れて来る”というものでした。それ以外には特に何も言われておりませんので、言われたことをその通りに実施したまでです」

淡々とした、罪悪感など欠片も孕んでいない声が耳に引っかかる。

その声で思い出した。





嗚呼、こいつは私を攫った奴等だ。

私の前であの人を傷付けて私を攫おうとした、全員が同一の顔をした、金色の瞳を持つ機械人形。



そこで、ふと思う。



あれ、あの人って、誰だっけ?



虚ろに揺蕩う意識の中では、あの人の爽やかなのに胡散臭い笑顔を、ご飯を食べる時の子供のような輝く笑顔を思い出せるのに、直前に見せた必死な顔に霞がかかっている。

あの人の顔が思い出せない。

何時も浮かべている薄ら笑いは思い出せるのに、全てがぼやけて消えていってしまう。





消えていこうとするものを繋ぎ止めようと意識を手繰り寄せていると、深々とした溜息が先程より鋭敏になった聴覚に入り込んできた。

「……はあ、これからお前たちに命令する時はもう少し考えてやることにするよ」

「その方が良いでしょう。我らは普通の人間のような思考回路は有しておりませんので」

「設定にも無いのかい?」

「必要最低限の人工知能は有しておりますが、人の情緒や感情といったものを理解する思考回路は最初からございません。我らは戦闘の為に作られたドールですから」

無機質な声に心は宿らない。





ドール。

アメリカで開発された、日本では機械人形と呼ばれる最先端の技術を駆使して生み出されたモノ。

理由は分からないが昔に教えられたその忌々しい隠語で私が思い出したのは、更紗お姉ちゃんが死ぬ直前に私に託した唯一の“役割”。

私を生かす、ただ一つの“理由”。

何故私は、そんな大事なことを忘れていたのだろう。

果たさなければならない役割があるということだけは覚えていたのに。





「そうだったね。説明書にはそう書かれていたね…」

疲れを滲ませた声にはありありとした呆れと諦めが混ざっている。

「ところで主様」

「なんだい?」

「そろそろ花苑紗綾嬢が目覚めそうです。呼吸の増加、脈拍の増加、体温の上昇が感じ取れます」

私の目覚めを敏感に感じ取った機械人形が、今までの会話で主と予測される男に私の状態を伝えた。

流石は機械人形というべきか。

「そうか。お前たちは部屋の外で待機していなさい。私が呼ぶまで入って来てはいけないよ」

「心得ました。但し、主様に危険が及んだ場合には特例として突入させていただきます」

「分かったよ」

パタンと扉が閉まる音がしたのを確認して、三国の部屋にあったものと同等かそれ以上に柔らかい上質のベッドからゆっくりと上体を起こす。

それだけで、この男がどれほどの財力を有しているのかということが把握できた。

まあ、機械人形なんていう馬鹿みたいに高いものを個人で私有している時点で、この国の重鎮であるということは簡単に分かってしまうが。

さして驚いた様子もなく、すんなりと起き上がった私を見てくるのは白髪混じりの黒髪に皺の寄った顔をした好々爺然とした男性だった。

「………此処は何処。私を攫ったりして、一体何が目的なの」

開口一番にそう告げると、男は年月を重ねた所為で皺の寄った顔に困ったような、それこそ手間のかかる孫に向ける慈愛の含まれた優しく暖かい苦笑を浮かべる。

しかし、それは表面上だけ。

眉尻は垂れているのに何故か狡猾で獰猛な猛禽類を思わせる瞳には、私が起こす一挙手一投足を面白がるような色を宿している。

「隠され守られていたとはいえ、流石花苑家直系の娘だな。そこらの女性たち、いや、一般人とは肝の据わり方が違っているな」

「そんなことはどうでもいい。何故私を攫ったの。それに答えて」

「まあ、そう焦るな焦るな」

軽い笑い声を上げるその顔を力任せに殴りたくなってきた。

私の予想が外れていなければ、こいつは隠されていたとはいえ花苑家に属する私にとってかなりの危険人物になり得る人間。





政界の重鎮であり、財界や警視庁にまでコネクションを持つ日本きっての大財閥の総代。





「まず最初に自己紹介をしよう。知っているとは思うがね。私は政界の重鎮であり、このラグナロクを所有する者、南雲晴臣だよ。宜しくね。花苑家の秘姫、花苑紗綾嬢」





嗚呼、当たってしまった。





笑みを携えながら無情に告げられた一言に、私はそれとは分からない程度に体を震わせる。

まずいことになってしまった。

この男、南雲晴臣が私の目的を知っているとは思わないが、三国の元から私を無傷で攫い出したとはいえ、何らかの形で今すぐ殺されてしまっても可笑しくはない。

逆に言えば、南雲晴臣の側にいることで私の目的を達成し易くはなるが、余りにも私に分が悪い賭けになってしまっている現状。

そして何より、南雲晴臣が何故私を攫い出したのかという理由がなに一つとして分からないことが今の私にとって一番怖い。

先程南雲晴臣が言った通り、私は殆ど裏に関わったことなどないのだからこいつにとって有益な情報など一つも持っていないし、私を傷つけることでお爺ちゃんや叔父さんを心理的に傷付けることを目的としているのならば、私を攫う必要などない。

三国と交戦したあの神社で、私を惨殺すればよかったのだから。

何が目的なのか、私が目的を遂行する為にはどうすべきなのかを目まぐるしく考えて、解決策とは言い難いがもう少し南雲晴臣のことを聞き出した方が良いだろうという何気に非生産的な考えを弾き出す。

我ながらこんなことしか思い付かないとは阿呆のようにも思えるが、私はこういうことには向いていないのだから仕方が無いと開き直ることにした。

人生、諦めが肝心なのだ。

というわけで、ちゃんとした返事が返ってくるとは一欠片も期待していないが、無難な一つの疑問をぶつけてみることにした。

「私を攫った目的は何?」

「……ひ・み・つ!」

「うざいです。十二歳未満ならば兎も角、六十歳を過ぎた加齢臭のおっさんがやらないでください。虫唾が走ります」

「酷いねえ、君。でも、教えてはあげないよ。私の目的が終わったらちゃんと彼の元に帰してあげるから、少しだけ我慢しなさい」

「私が我儘を言っているような言い方をしないでいただきたい。というか、今の発言は私を監禁するということですか?変態ですか?」

自分ができる最高に冷たい目に有りっ丈の侮蔑を込めてこの男に丁寧な口調で罵詈雑言をぶつけると、流石に男は先程のように微笑んでいられずに頬を引き攣らせてきた。

少し溜飲が下がった気分。

「…………はあ。取り敢えずは此処に居なさい。何か必要なものがあれば部屋の前にいる者に用意してもらいなさい。いいね」

「貴方の命令を聞く理由はありません」

「兎に角、絶対に外に出ることはしないこと。もしも出ようとしたら、彼らが無理矢理にでも君を部屋に連れ戻すからね」

「…」

つんっ、とそっぽを向いていると、南雲晴臣は疲れたように溜息を零して部屋の外へ出て行った。





「…………早く助けて、三国」





思った以上に震えていた私の声は、迷子になって今にも泣き出しそうな子供の声のように聞こえた。




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