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終わりの始まり

ガラン、ガラン、と重苦しいが荘厳な鈴の音色が静まり返った境内に隅々まで響き渡り、ついで、二つの少しずれた二回の拍手、つまり二拍手の音が敷地いっぱいに木霊した。

片方は私のもので、もう片方は隣に並んで立つ三国のもの。

今日の朝、というか昨日の深夜あたりから約束していた通りに初詣に来た私たちは、誰もいない神社の眼前にすぐに行ってお参りをする。

そっと目を閉じて手を合わせて心の中で祈るのは、今は亡き両親と最愛の姉である更紗が彼方側で、彼らを殺した裏などに関わることなく幸せに穏やかに暮らすこと。

まあ、彼方側に裏があるのかは甚だ疑問だが、そういう奴らも死んで彼方側へ逝くのだからあるかもしれないと常々思っているだけだ。

魂が巡り巡って生死を繰り返すという輪廻転生を信じている訳では無いので、取り敢えず定番の天国で幸せに生きていますように(此方側では死んでいるから生きていると言うのは違和感があるが)、と願っている。

そして、出来ることならば。





私もなるべく早く、三国に全てを知られてしまう前に、彼方側へ逝けるようにと密かに願う。





生者が死者を羨むものではないと遠い昔に誰かに教えられた気がするが、やはりそれでも家族の傍に居たいと願ってしまうのは人の性だ。

例え、家族に近しい、大事で大切な親しい人たちができたとしても。

私は心の片隅で願ってしまうのだ。

喩えようもないほどの、私を縛り付ける枷のような罪悪感と共に、私はこの願いを思い出す。





何者にも妨げられることのない、穏やかな、永遠の眠りに就きたいと。



深淵の闇に微睡んでしまいたいと。





それでも、やはり死は恐ろしいと思う気持ちも心の何処かにあるから、三国と契約なんて面倒な真似をして生きているのだ。

死のうと思えば簡単に死ねるのに。

首に包丁を滑らせるだけで、心臓に鋭いものを突き刺すだけで、あの高いマンションから宙へ身を躍らせるだけで、人間は驚くほど簡単に、呆気なく死ねるのだから。

三国のことは、自ら死ぬこともできない弱虫で意気地のない私がただ生きたいという浅ましい願いを隠す為の口実でしかないのだ。

人知れず唇に自嘲の笑みを刻んで、ゆっくりと目を開く。

ちらりと横目で隣を見遣ると、三国はまだ祈っているのか、目を閉じて手を合わせたままの状態だった。

三国も神に祈ることがあるのかと些か失礼かもしれないが意外な気持ちになって、自嘲ではなく本当の微笑みが浮かぶのが自分でも分かる。

「……どうかしたの、紗綾?」

「ん?嗚呼、三国でも、神様に祈るんだって思ってさ」

「祈っていた訳じゃないよ。ただの決意表明かな」

「決意表明?」

「うん」

それ以上は何も言うことが無いらしく、三国はなんだが壮絶なものを宿した瞳で神社を、否、その遥か遠くにある何かを睨み付けている。

その何かが私には分からないが、悟ったのはそれが三国にとって良くないものであるということだけ。

口を挟むつもりにもなれなくて、鋭い眼光の三国をただただ見詰める。

いつの間にか私は、その剣呑な眼差しを恐ろしいとも、怖いとも思えなくなってしまっていたのだ。

思うのは悲哀に哀愁、それと共に感じる仄暗い満足感と充足感。

何故かその瞳に不思議と安堵する私は、三国に対してどうしようもなく依存し始めているのだろうか。

私を欲してくれる人も、数少ない居場所も、何もかもを無くした私を受け入れて縛り付けようとするこの殺人鬼に、私は自ら囚われようとしているのだろうか。

でも、たった一つだけ言えることがあるとすれば。





堕ちようとした私を此方側に繋ぎとめた、幾人もの血に染まったこの手を愛おしいと思っている。



何もかもを投げ捨てでまで私を囚えようとするこの人に、捕まってしまいたいと思っている。



決して叶うことのない想いだけれど。



心の内で想うことくらいは赦されるだろう。





「……紗綾、どうかした?」

「ううん。何でもないよ」

こちらを心配そうに見詰めてくる三国に何時も通り微笑み返して、珍しく自分からその手を握る。

それに驚いたらしく目をキョトンと見開く三国は何処と無く幼くて、思わず更に笑みを深めた。

困ったように首を傾げて口を開こうとした三国は、不意に眼光を鋭くして私を片腕で軽々と抱き寄せる。

その途端に、静寂を破って打ち鳴らされたのは一発の銃声。

私が立っていた場所に打ち込まれた銃弾は、私の足を使えなくするために撃たれたものだったのだろうか。

警戒を緩めずに懐からナイフを取り出した三国は、私を背後に回して神社との間に挟み込む。

ぞろぞろと四方を囲むように現れたのは、黒服の恐らく男性たち。

目を隠すように黒いサングラスを掛け、黒髪をワックスか何かで完全に撫で付け、全身をくまなく黒に染めるその姿は三国よりも遥かに“死神”という言葉が似合う。

「…ラグナロクか」

「貴公の背後にいる花苑紗綾嬢をいただきたい。抵抗しなければ殺すことまではしない」

「ハッ、馬鹿にするなよ。紗綾を攫われるなんて懲り懲りなんだよ!」

足がめり込むほどに強く地面を蹴り上げた三国は、一瞬で黒服の二人と距離を詰めてその首にナイフを滑らし、胴体と頭を両断した。

その後すぐに三国は二人と距離を取ったが、血が噴き出すと思っていた頭の無くなった胴体からは一滴の血すらも零れ落ちない。

「…くそっ、機械人形かよ」

「機械人形?」

「嗚呼。文字通り機械でできた人形で、姿形だけならば人間にそっくりなんだが、馬力があまりにも違うしコアを潰さなければ壊れることもない。例え手足を捥がれようと首を刎ねられようとも動き続ける、化け物みたいな人形だよ。ほら、あの二体も首を飛ばされたのに動いている」

「…こんなものが日本に?」

「いや。開発したのはアメリカで、

政界の重鎮であり、財界や警視庁にまでコネクションを持つ日本きっての大財閥の総代、南雲晴臣の子飼いの裏組織の構成員だ」

僅かに切羽詰まったような顔をした三国は、寸分の隙も見せずに黒服たちを睨みつける。

「ここが正念場かな」





唇には歪な笑みを浮かべ、爛々と輝くブラウンの瞳に狂気の焔を灯し、研ぎ澄まされたナイフを構えた金色の死神は。





心を持たぬ、ただ命令に従うだけの漆黒の人形たちに告げる。





「悪いけど、紗綾は渡さないから」





これはきっと、命を懸けた死闘の始まり。





そして、私の“欠けた記憶”が紐解かれた合図でもあった。





始まりは銃声と共に。





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