憎悪と表裏一体の愛6
三国side
崩れ落ちる華奢な体。
伸ばした手は届かなくて。
腹部からは真紅の血が流れ出し、紗綾の白い肌を染めていく。
青褪めた唇には儚い微笑みを湛えたまま。
固く閉じられた瞳は開かない。
「紗綾ちゃん!」
「しっかりしろ、紗綾!」
悲痛な表情をした梓の悲鳴と困惑を隠し切れていない弓弦の怒号。
呆然と立ち尽くす俺の側には、恐らく機械人形であろう黒服たちがピクリとも動くことなく倒れ伏している。
ほんの微かな紗綾の気配を感じて飛び込んだこの部屋を覆い尽くすのは無数の機械。
しかしそれらは既に動きを止めており、非常灯であろう青白い光が暗い室内を照らしていた。
その中央に聳える、部屋中にある機械の中で最も大きいコンピューターは画面の部分に銀のナイフが深々と突き刺さり、画面は真っ黒になって完全に活動を停止していた。
この状況から察するに、紗綾が機械人形たちのコアと思われる機械を壊したのだろう。
それを止めようと追ってきた機械人形たちは紗綾に一歩及ばずに、コアを壊されたので命令を発するものがいなくなり、倒れている。
頭を回転させてざっと状況を把握したはいいが、俺の体はみっともなく震えて動かない。
目の前では梓と弓弦が出来る限りの応急処置を施しているようだが、俺はその場から一歩も動けなかった。
紗綾を喪うかもしれないという恐怖故に。
「ほう。やはりこの物たちは壊されてしまったか。流石花苑の姫君だ。行動力も推理力も桁違いか」
「………南雲晴臣」
好々爺然とした男は足元に倒れる人形に成り下がった黒服を器用に避けながら歩いてきた。
皺の寄った人の良さそうな顔に和かな笑顔を浮かべている。
しかし、それは血の海に沈む紗綾を目にした瞬間に大きく形を変える。
「…な、ぜ、」
瞳に映るのは驚愕に恐怖、悲痛、拒絶など、様々な感情がゴチャゴチャに混じり合って混沌としていた。
「お前が命じたんじゃないのか?紗綾を殺せと?」
「違う!私が彼女の孫娘である存在を傷付ける訳が無いだろう!あんなにも彼女にそっくりなのに!」
彼女というのが誰を指しているのかははっきりしないが、取り敢えず彼女の孫娘ということで紗綾の祖母であることは確定した。
錯乱したような表情を浮かべた南雲晴臣は、ふらふらと覚束ない足取りで紗綾の方へ歩み寄る。
「紫子…」
「紗綾に近付かないで!」
「これ以上近寄るのなら、貴方の首を刎ねます」
「………そうだね。それ以上紗綾に近付かないでくれるかな、ラグナロクの総大将さん?」
ここで漸く体が動いた。
急所からは外れていたのか、忙しなく手を動かしていた二人は応急処置を終えたようだ。
「取り敢えず紗綾を病院に連れて行きましょう。急所は避けていたし応急処置もしたからある程度は平気だけど、やっぱり早く手当てをした方がいいわ」
「そこをどけ、南雲晴臣」
紗綾を抱き締める梓と二人の前で立ちはだかる弓弦は、先程とは打って変わってひどく冷たい顔をしていた。
「………早く行きなさい。そして、出来ることなら彼女を守ってくれ。やはり私の力では守れなかった」
「意味がわからないんだけど?」
「いいから早く行け」
冷静さを取り戻した南雲晴臣は鋭い眼光で俺たちを扉の方へ促す。
俺の体が治っていないということもあり、元々紗綾を助けるだけで事を構えるつもりはなかったから万々歳だったので、紗綾を抱き締めたまま動かない梓に近寄る。
「梓、紗綾をかして。俺が運ぶ」
「でも、弓弦はまだ、」
「いいから」
無理矢理奪い取るように、でも決して傷に障ることがないように優しく抱き寄せると、生暖かい感触と微かな吐息を感じる。
安心して溜息を零した後、俺は南雲晴臣を殺気混じりの視線で射抜く。
「今度紗綾に手を出したら殺すからな」
「…肝に銘ずるよ。それに、私はきっともう彼女に会うことはない。………それよりも、君たちは早く此処から出て行きなさい」
何度も何度も繰り返し言われるのは鬱陶しいと感じたのは俺だけではなかったようで、梓と弓弦とアイコンタクトを交わすと、最後に弓弦、真ん中に俺と紗綾、最初を梓という状態で機械だらけの部屋を出る。
所々に倒れた機械人形を見付けたが、気にすることなく通り過ぎた。
「早く紗綾を病院に連れて行かないとな」
「あの闇医者の所でいいかしら?」
「人格に問題ありだけど腕はいいからそこに行こう」
行きとは違って緩くなったどころか完全に警備がなくなった南雲晴臣の別荘を出た俺たちは、昔からの知り合いである闇医者の元へ紗綾を運んだ。
その翌朝。
紗綾が未だに眠りに就いている頃に、朝一のニュースに俺たち全員は目を見張ることになる。
南雲晴臣の死亡というニュースに。




