憎悪と表裏一体の愛5
短いしスランプ気味なので可笑しいかもしれませんが、何かあったら感想を書いて下さい。お願いします。
赤い赤い月が登っている。
鮮血で染めたような、真紅の月が。
“あの時”と同じ、真紅の月が。
私を見下ろして、嗤っている。
音がしない静寂に満ちた夜。
南雲晴臣はお昼を少し過ぎたくらいの時に私を見に来たから、今日はもう部屋を訪れることはないだろう。
嵌め殺しの窓から差し込む紅色の月光を浴びていた私は、音も立てずに立ち上がって扉に近付く。
勝負は一瞬。
「どうかなさっ、!」
「ごめんなさい」
見張りに立っていた黒服の機械人形の首筋に手刀を落とす。
もしもチップが狂って機械人形が暴走した時の為に取り付けられていた主要電源を落としたのだ。
倒れる音がしないように前に傾いだ体を支えると、思いの外重くて体がふらついた。
壁を支えにして絶妙なバランスで機械人形を立たせると、静かに周囲を見回す。
私は私の役割を果たす為に、此処に囚われていたのだから。
機械人形のコアを破壊するという目的の為に。
今の所、日本内で機械人形は南雲晴臣しか使用していない。
一体の値段が馬鹿みたいに高いことと管理に場所や人手が必要なことが理由だ。
そして、機械人形たちの大元でありコアとなるものは南雲晴臣の別荘のうちの一つ、私が今まで監禁されていた此処にある。
死ぬ直前に更紗お姉ちゃんが私に託した役割が、機械人形のコアを破壊して日本中にある機械人形を停止させること。
更紗お姉ちゃんたちが殺された時は衝撃が強過ぎて無意識のうちに記憶を閉じてしまったが、南雲晴臣の屋敷にいる間に少しずつ思い出した。
更紗お姉ちゃんたちが何故殺されたのかも、私が何故機械人形を停止させなければいけないのかも。
一つ息をついて、気づかれないように懐に忍び込ませておいた銀製のナイフがあることを確認する。
これ一つでも掠め取るのは大変だったのを思い返しながら、足音と気配を消して歩き出す。
神経が張り詰めて鋭敏になっていくのを感じた。
私は裏社会から隔離されて皆から守られていたが、それがイコール弱いということに繋がることは決してあり得ない。
幼い頃から護身の一貫として仕込まれた暗殺術に権謀術数、読心術に読唇術は、私の元々の資質と合わさってそこらへんの暗殺者なんぞ勝てないほどの出来栄えになっている。
機械人形も一対一ならば勝つことが可能なはずだ。
三国のように一対多数ならば勝つ自信は欠片もないが。
そろそろ深夜にも近い時間帯のためか、別荘内で行動している人間はまずいない。
監視カメラのことも考えたが、更紗お姉ちゃんが死ぬ直前に私の頭に叩き込んだ情報には監視カメラは入っていなかった。
つまり、この別荘内には監視カメラはない。
幾つもの扉を抜けて廊下を進むと突き当たり出た。
此処にあるはず。
「中心から右斜め約二歩の位置にあったはず………」
月明かりを頼りに足元に目を凝らしていると、緋色のカーペットが敷かれた廊下の一部が僅かに盛り上がっているのを見つけた。
私のように注視しなければ見付けられないほどに小さな盛り上がり。
カーペットを慎重に床から剥がして廊下と色が一体化しているボタンを押した。
此処からが時間勝負。
確実にこの扉を開けたら南雲晴臣の元へ通達が行くはず。
失敗は許されない。
これがコアを壊せる最初で最後のチャンスなのだから。
緊張から震える手を無理矢理抑え込むと、ボタンを強く押した。
重たい音を立てて扉が開くと同時に、何処か遠くで警報のようなものが鳴り響いたのが耳に届く。
それと時を同じくしてバタバタと複数の足音も聞こえ始めた。
少し空いた扉の隙間に体を滑り込ませて、勢いよく走り出す。
両側に電灯がつけられているとはいえ通路は暗くて冷たくて、ジメジメしているように感じた。
もうここまで来たらバレるかもしれないと足音を気にする必要なんてない。
甲高い音を響かせて走り抜けると、機械式の暗証番号方式の錠が取り付けられている。
番号は385496751。
九桁の番号をキーボードに素早く打ち込むと、鉄製の重たい扉が開いた。
中から覗くのは無数の機械。
犇き合う無数の機械、パソコンや何に使うのか分からない電子機器を避けて行くと、その中心に一際大きな機械、南雲晴臣が支配する日本中にある機械人形全てを統括し、命令を下すコアが存在した。
漸くこれで役割を果たせるんだと嬉しさの余り思わず呆然とコアを見詰めていると、大きくなる足音が聞こえ始めて我に返る。
直ぐにコアに近付いていくと、懐から銀製のナイフを取り出した。
よく磨かれた、本来ならステーキなど何かを切る時に使われるそれは、私にとってはコアを壊すための唯一の道具となる。
「更紗お姉ちゃん、お母さん、お父さん………今、終わらせるからね」
そう呟いて、私はコアの中心部にある、コアの中で最も弱い部分であろう液晶画面にナイフを尽き立てた。
液晶画面が音を立てて割れて、薄暗い部屋を照らしていたオレンジ色の光が消える。
非常灯であろう青白い光が、暗くなった部屋を僅かに照らす。
凄まじい音を立てて開けられた扉。
幾つもの何かが崩れ落ちる音。
重たいそれは、きっと機械人形なのだろう。
少しだけ振り向くと、光を失う直前の金色の瞳が私を見詰める。
感情なんて無いのだろうと思っていたそれは如実に憎しみのようなものを写していて。
思わず笑ってしまった。
彼らにも感情というものがあるのかもしれないと。
黒いスーツに包まれた腕が此方へ向けられて、銀色の銃口が青白い光を受けて鈍く輝く。
響き渡る一発の銃声。
体に走る、この身を焼き焦がすほどの熱を感じながら、私は微笑む。
「紗綾!」
聞こえた声が、幻聴ならば良かったのに。




