憎悪と表裏一体の愛4
三国side
パソコンの画面に映し出されるのは無数の情報。
紗綾に関する情報を決して見逃すことが無いように画面を凝視してスクロールしていると、誰かが病室の前に立っている気配がした。
恐らく弓弦だろう。
「……入って来たらどうだ?」
「だったらその殺気をどうにかしてくれ。医者も看護師も怖くて入って来れないんだよ」
「ただの一般人に俺の殺気が分かるのか?」
「本能的に悟っているんだよ、気付け馬鹿」
ガラガラと横開きの扉を開けて入って来た弓弦は疲れた顔をしている。
そこそこ白い肌は病人や幽霊のように青褪めていて、目元には色の濃い隈が浮かんでいる。
健康には気を遣うようにしている弓弦がここまで衰弱したのは俺の責任だが心配してやるつもりはない。
紗綾を無事取り戻せたら感謝もするだろうし労いもするだろうが、紗綾のことで頭が一杯な状態の俺が弓弦を気遣うなんて配慮を見せることはない。
それが分かっているから弓弦もそこには触れないで俺に頼まれたことをこなしているのだろう。
「見つかったか?」
「まだだ。後二十くらいは残っているぞ」
「こっちでも防犯カメラを見たりしているんだが、南雲晴臣やラグナロクの車は見つからない」
「巧妙に隠されたか」
「俺が取り付けたGPSでも探索したけど全く分からない。反応が消失した場所は俺たちが居た神社の近くだから当てにはならないだろうな」
「梓も知り合いの情報屋に聞いているけど成果は何も無いらしいぞ」
裏社会で凄腕と呼ばれる俺たち三人を相手にしてここまでやれるのは、やはりラグナロクが一筋縄ではいかない連中だからか。
紗綾を無傷で攫ったという時点で奴等が紗綾を殺すとは思っていないが、もしかしたら気が変わって殺されるかもしれないし、拷問や尋問を受けるかもしれない。
もしも紗綾に擦り傷一つでもつけたらどうして料理してやろうかと黒い思考を巡らせていると、猫のように体を伸ばした弓弦が椅子に座る。
俺の病室は完全個室だから、他の人間が部屋にいることはない。
紗綾を除いた他人の側で眠ることは出来ない(梓と弓弦の側では仮眠程度は出来る)俺にとって、一つの病室に複数人が一緒にいるという状態に耐えられないのだ。
金だけは余るほどにあるから個室を借りるなんて俺には容易かったし。
手に数枚のプリントを纏めたものを握っていた弓弦に、それが何であるかは検討がついていた俺は催促する視線を向ける。
もうとっくの昔に諦めたような顔をした弓弦は、出しっ放しにしてあるパソコンのキーボードの上にそれを放るようにして置いた。
「言われた通り南雲晴臣の別荘を調べておいたぞ。全国に二十、国外に十三もあるって、どんだけ金持ちなんだよ、あのおっさん」
「政界の重鎮かつ財界や警視庁にまでコネクションを持つ大財閥の総代なんだから、この程度普通だろ。花苑秀一郎もこれくらいなら持っていた筈だぞ」
「まあ、確かにな」
基本的に金が余り過ぎている金持ちは別荘を買ったり車を買ったり宝石や金を買ったりと割と高い買い物をすることが多い。
子供たちに価値が変わることのない資産を残すためだ。
金は簡単に価値が変動するから、それ以外のものを残すのだ。
「取り敢えず国外って線は薄そうだな。気を失った紗綾を抱えて普通の飛行機には乗れないし、もしも起きていたら紗綾のことだから逃亡しようとするだろうし、南雲晴臣専用のジェット機は出た様子が無い」
「でも、国内とは言え沖縄から北海道まで津々浦々、日本中にあいつの別荘はあるんだぞ?虱潰しにでも探すつもりか?」
普段は頭が良いくせに時々阿呆なことを言い出す弓弦に呆れたような視線を向ければ、居心地悪そうな顔をしてそっと顔を空した。
本当に何時もは頭が良くて俺や梓の面倒を見れるほど、暗殺者にはあるまじきほど優しいのに、時々阿呆なことをやらかすから梓に男として見てもらえないんだ。
いっそのこと言ってしまおうかとも思うが、紗綾と一緒にニヤニヤ見る対象物が無くなるのは嫌だからやめておく。
「………何か今、凄く嫌な予感がしたんだが…」
「そんなこと気にしたら負けだろ。気にするな。それよりも、お前は虱潰しに探すとか馬鹿みたいなことを言っていたが、この俺がそんなことやるわけないだろう」
「…紗綾がいなくなって昔の人格というか性格が出て来たな」
「どうでもいいだろう。まあ、紗綾にこの性格を見せるつもりは無いがな」
確かに弓弦の言う通り今の俺は、紗綾の前での若干阿呆っぽい性格とは違ってかなり腹黒で痛烈で皮肉屋だと自覚しているが、大切な者を攫われてピリピリしている所為だと思うことにしている。
「それにしても、本当に紗綾に逢ってお前は変わったよな」
「…………そうだな」
「昔は飄々としていたし殆ど笑っていたけど、でもそれはやっぱり“嗤っている”っていった感じの笑顔だったもんな」
「嗚呼。お前と梓以外は全て消えてしまえばいいのに、くらいは常に考えていたからな」
「しかも、仕事以外では外に出ないし必要に差し迫らないと働きもしない奴が、自分の為にならない、紗綾の為にしかならないことで方々を走り回っていたしな」
「煩い」
何時もの仕返しのつもりか、ニヤニヤと笑う弓弦の顔にナイフを突き立てたいという衝動に駆られた俺は悪くない。
枕の下に忍び込ませておいたナイフを取り出そうとすると、一気に顔を引き攣らせた弓弦が両手を上げる。
「悪かった。揶揄った俺が悪かったから、その物騒なものを仕舞ってくれ」
「お前、そんなんでも暗殺者だろ。なのに物騒なものって、俺たちの仕事道具だろうが」
「それはそうだがな、お前が持つと怖いんだよ。後、俺の仕事道具は長剣だから少し違う」
「嗚呼、デュラハンだったな」
「……首なし騎士って、俺はちゃんと首があるのに…」
「首を刎ね飛ばすからだろ」
「いや、だってさ、時々心臓を貫かれても生きている奴っているんだぞ?だったら、確実に首を刎ねて殺した方がいいだろ」
「お前はやっぱりこっちの人間だ」
さらりと怖いことを言った自覚の無い弓弦が三人の中で一番恐ろしいということを、俺と梓を除いた裏社会の人間は誰一人として知らない。
派手に暴れて殺す俺らの方が弓弦よりも余程怖がられているから。
でも、俺や梓のように殺す時に嬉々として甚振り、悍ましいほどの狂気に沈む奴はまだマシな方だ。
それは一時的なものだし。
それに対して弓弦は変わらない。
惨殺しようが甚振ろうが拷問をしようが、可笑しいまでに表情も変わらないし感情を昂らせることなんて一度もない。
弓弦にとって殺すことは日常の一部であり、普通のことであり、当たり前のこと。
そういう奴が一番怖いのだ。
日常生活の時点で箍が外れているのと同義だから。
因みに、俺と梓は殺す時にのみ快感を見出して箍を外すタイプだからまだまともな方。
「その話はどっかに置いておくとして、俺が殺したというより壊した機械人形がいただろ?」
「それがどうしたんだ?」
「そいつらのICからどんな命令が下されたのか解読する。攫ったら何処に連れて来いとか命じられているだろうから、そっから場所を割り出せばいい」
「そういえばお前って、やる気なしの万能だったな」
「そうだが?今気付いたのか?」
「はいはい。知っていましたよ」
よっこらせと爺婆のような声を出しながら立ち上がった弓弦は、苦笑を浮かべながら口を開いた。
「俺がそれを回収してくればいいんだろう」
「話が早くて助かる。頼んだぞ」
「了解。俺だって紗綾を妹のように思っているし、梓だって紗綾を可愛がっているんだから、早く取り戻さないとな」
「当然だ。何があろうとも取り戻す」
満足そうに頷いた弓弦は、コツリと一つ足音を立てて身を翻した。
手持ち無沙汰な気分になって窓の方へ視線を遣ると、憎たらしいくらいに青い青い空が見える。
まるで紗綾の青灰色の瞳と同じ、濁っている様に見えて澄んだ色合い。
「待っていろ」
必ず、取り戻すから。




