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破滅への足音(私はまだ気が付かない)

更新が非常に遅くなるかもしれませんが、読んでいただけると有難いです。

特別な何かを望んだわけじゃない。



普通の人が、普通に求めるもの。



家族や友人、穏やかで何の変哲もない日常。



只管に平凡を望んだだけなのに、私にはそれすらも許されないの?



裏の重鎮である一族の直系の娘だから?



それとも、そういうことを知らないでずっとずっと守られていたから?



それが私の罪だというの?



だから、大切なものを全て失ってしまったの?



ねえ、誰か教えて。



これ以上失ってしまう前に、早く。



もしも彼等まで喪ってしまったら、私はきっと耐え切れないから。







しとしとと雨が降り注いでいた。

空が泣いているみたいだとかいう詩人のような表現をするつもりではないが、此方の気持ちの持ち様で泣いているようにも見えるということを聞いた事がある。

つまり、今の雨模様がそう見えている私の気持ちの持ち様は余り良い状態では無いんだろうか。

憂鬱な気分になって溜息を零すと、それに相変わらず目敏く気が付いた三国が側に寄ってきた。

「どうかしたの、紗綾?」

「何と無く気分が落ちていてね」

私たちが住むマンションの上階である部屋の窓にそっと手を触れると、ガラス越しにひんやりとした感覚が伝わってくる。

室内は暖房を付けているから長袖のシャツ一枚でいても十分に暖かいが、窓越しでこうも冷たい雨ならば外はもっと寒いし、降り頻る雨の所為で余計に冷たく感じるだろう。

遥か下の方に見える色取り取りの傘を差した人々を何気無く見ていると、不意に肩に重たい何かが乗っかってくる感触と私よりも少し低めの人肌の温もりを感じた。

「……三国?」

「こうしたらあったかいかなあ、って思ってさ」

まるで無垢な幼子のようにニコニコした笑顔を浮かべる三国は、私を背後からぎゅっと抱き締めていた。

私の軟弱で貧弱な腕とは違って、荒事に慣れている所為か筋肉がしっかりついた三国の腕は下腹部に回されていて、背中と腹部が寸分の隙間もなくぴったりと密着している。

エアコンやストーブのように此方を温める為のあからさまな暖かさではないけれど、人肌の仄かな温もりは本当に気持ちがいい。

疲れたような気分になっていたから丁度良いと思って三国に寄りかかると、殺人鬼とか暗殺者とか危ないことをやっているだけあって逞しい体は私一人が寄りかかってもビクともしない。

触れ合う面積が増えてほっこりしていると、何時もはこんな風に甘えるようなことをしない私がそれをしたことを怪訝に思ったのか、三国が先程よりも心配そうな顔をした。

「本当にどうした?」

「ちょっと疲れただけだよ。三人が朝っぱらから騒ぎ出すから、ゆっくり出来なかったんだもの」

「ごめんごめん。あいつらも悪気があったわけじゃないから」

三国も朝のどんちゃん騒ぎを思い出したのか、そこらの男優にも負けず劣らずどころかそれよりもずっと整った顔立ちに苦笑を載せている。

私もきっと苦笑を浮かべている。

三国と梓ちゃんと弓弦さんと四人で一緒に居るのは楽しいが、少し頻度を減らしてもいいのではないかな、とこの頃考えていたのだ。

毎回毎回私への負担が生半可なものではないから。

「知っている。あの二人が嫌がらせでそんなことをやるとは欠片も思っていないわ。ただ、連日こうやって来られるのは疲れるの」

「次からは日にちを開けて来るように言っておくな」

「ちゃんと言っておいてね。料理するのは好きだけど、流石にあれだけの量を作るのは大変なんだから」

「まあ、確かに俺もあいつらも結構食べるよな。梓は成人女性にしては多いし、弓弦に至っては育ち盛りかと聞きたくなるし」

三国の言う通り、私を除いた三人は本当に良く食べる。

この間すき焼きを作った時も、最初は男性が二人いるから取り敢えず五人前作ったのに、足りなくなって追加をしていたら最終的に食べた量はだいたい七人前半になった。

内訳は私が一人前で梓ちゃんが一人前半、三国と弓弦さんがそれぞれ二人前半ずつ食べた。

たった四人しかいないのに食べた量が約二倍は食べ過ぎな気がする。

「それは三国も同じようなものでしょう。それに、量の問題の他にも、みんなの好き嫌いがバラバラ過ぎて結構な品数が必要なのが困るの」

「好みはそれぞれ梓が洋食で弓弦が中華、俺が和食だもんな」

「私はてっきり弓弦さんが和食だと思っていたのに、中華だからびっくりしちゃった。それと、三国は見た目だけなら外国人っぽいから洋食派に見えるのに和食派だから驚いた」

「良く言われる。それとみんなよく勘違いするんだけどさ、この髪は別に脱色したわけじゃないんだよね。生まれつき」

さらりと言われた衝撃の事実に阿呆みたいにぽかんと口を開ける。

私はきっとひどく間抜けな顔を三国に晒していることだろう。

三国の金髪はてっきり脱色したものだと思っていたが、脱色したにしては痛んでもいないしさらさらだし艶艶だと常々疑問に思ってはいたが。

「……え?初耳だよ」

「だって言ってないから」

「つまり、三国はハーフなの?」

「いや、それはちょっと違うんだ。祖母がフランス人だったから母親がハーフで、子供である俺がクォーターなんだよ」

「まあ、見た目からして三国には外国の血が混じっているだろうなとは思っていたけど、まさかお祖母様がそうだったなんてね」

純粋な日本人に比べて肌の色は白いし顔立ちも外国に近いところがあるからどっかでヨーロッパ系の血が混じっていることは分かっていたが、まさか祖母だったとは。

てっきり母親か父親が外国人でハーフだと踏んでいた私はまじまじと三国の顔を覗き込む。

「瞳の色はブラウンだけど、普通の日本人よりは薄めだね」

「見た目だけなら兎も角、俺の目よりも紗綾の目の方がよっぽど外国人っぽいだろ。ここまで綺麗な青灰色なんて外国人にも少ない」

「そうかな?自覚は全く無いけど。でも、私の家には時々こういう瞳の子供が産まれるらしいよ。なんでも先祖返りとか隔世遺伝とか」

お父さんが、他人とは違う瞳の色のことを気にしていた幼い頃の私に言ってくれた言葉を思い出した。

花苑家では何代、もしくは何十代に一人のペースで私と同じような珍しい瞳の色を持つ子供が生まれるらしいのだと。

我が家にある文献では、私の前の青い瞳の子供はお父さんの曾曾お爺様がそうだと書かれていた。

不意に、そういう子供は代々のご先祖様に護られているのだから、その瞳の色を疎んではいけないよと優しく諭すお父さんの姿が脳裏に甦る。

もう喪ってしまったが。

「ふーん。じゃあ、随分前に紗綾の家にも外国の血が混じったのかな?」

「分からない。けど、純粋な日本人でもこういう瞳の色が現れる人もいるって聞いたことはあるよ」

「そうだとしても、日本人なのにその瞳の色であるということが希少なことに変わりはない」

「それもそうか」

日本人は大半というか殆どの人の瞳の色が黒とか茶色だから、私のような青灰色は非常に珍しいだろう。

それに加えて私の顔立ちは三国とは違って完全に日本人のものだから、余計にこの瞳の色は目立つ。

三国に攫われてからは外に出る機会が殆ど無いので忘れていたが、昔から裸眼で外をフラフラと出歩くと道行く人に何度も振り返られて、わざわざ目を見られることが多かった。

せめて私が外国風の顔立ちをしていれば、ハーフだと思われて終わっていたのだろうが。

「でも、俺は紗綾の瞳の色は見慣れているかも」

「……もしかして、お母様の瞳の色が青だったとか?」

「正解。俺の母親はハーフだったから、俺よりも外国の血が濃いしね。まあでも、ここまで瞳の色が似ているとは思わなかったけど」

「そうなの?」

「うん。俺の記憶だからある程度の誤差はあると思うけど、結構似ていると思うよ」

「へえ〜」

その言葉を聞いてまず思ったのは、私と似ているらしい三国のお母様の瞳の色のことではない。

失礼にあたるかもしれないというか大分失礼だと思うが、三国に母親がいたという事実の方に意識が行ってしまったし、少なからず違和感を覚えてしまった。

三国もちゃんと人の子なんだから親がいるのは当たり前のことだが、何でか三国だけはそれが当て嵌まらないような気がしていたのだ。

化け物ではあるまいし、そんなことはあり得ないにも拘らずだ。

謝罪を口に出せば根掘り葉掘り聞かれて最終的には拗ねられそうな気がしたので心中で三国に謝っていると、そんなことは露知らず、三国は雨が降り続けている窓の外を私を後ろから抱き締めたまま眺める。

「……雨、止まないね」

「そうだね。天気予報では明日の朝くらいまで降るって言っていたよ」

「少し寒いな」

「今日はお鍋にしようか。さっぱりした水炊きとかがいいかな?私は鍋料理の中では一番水炊きが好きなんだよね」

「あっさりしていて美味しいから俺も水炊きが結構好きだよ。でもさ、ポン酢って今家にあったっけ?」

「うん。この間調味料が幾つかなくなりそうだからまとめて買っておいたの。その中にポン酢もあるから気にしないで」

「なら、今日の夕飯は水炊きで決定だな」

「楽しみにしていてね」

「もちろん」

家族を喪ってしまった私がこういう穏やかで暖かい日常を遅れるなんて、廃墟ビルから飛び降りようとしていたあの日の私はこれっぽっちも予想していなかっただろう。

私の前からいなくなってしまった大事な家族以外で、大切にしたいと思う人たちができるなんてことも。

今までは余り人と関わりを持とうとは思わなかったが、三国に梓ちゃんに弓弦さんといる日常は疲れるけれど楽しいものだから、自然と微笑みが浮かぶ。

だから私は気が付いていなかった。





崩壊へのカウントダウンは始まっていたことに。




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