prologue
……いつからだろう。
今見ている世界も、血生臭いままだ。一人の青年はそう呟き、己自身の身体に流れる忌々しき血液を垂れ流し続けた。
ぴちょん、ぴちょん。断続的に赤い滴は鼠色のコンクリートの上に落下していく。
コンクリートの上には血溜まりが出来ていた。青年は何の感情も籠らない瞳で赤黒い血液を見詰めていた。鏡のように映る自分の顔を、静かに、息をすることすら忘れて見詰めていた。
音の感じれない、感情の希薄な声が青年の口から漏れ出る。
「この世界は醜い。俺自身も醜い。……この世界が、消えればいいのに」
青年は黒いフードを目深に被り、血液から二本の剣を生成して、脚力だけで空へと飛び上がった。
風が身体中を包む。青年は風に対して気にした振りもせず、淡々と呟いた。
「醜い、醜い。喧騒も、戦争も、全て」
――なら、壊せばいい。
その囁きは悪か善か。彼の赤く煌めく両目に映る世界は、とても醜く、だが、とても綺麗な物だった。
――己の身体に流れる血の使命に従え。生成する武器は己自身だ。
過去に教わった今は亡き恩師の言葉。血に呪われ、血に愛され。血に呑まれ。血に塗れても尚、誓わなければならない宿命を。
人知を超えた異能者達は、その異端な力のせいで人間達から忌み嫌われ、異能者は孤独を埋めるように振る舞い始めたのが彼らが生まれてから数年後の物語。それは現世でも、まるで文化かのように彼らは軍を作っては穴を埋め、人間に紛れては穴を埋めて生活していったのだ。
「――醜い。人間を狩る異能者も、異能者を狩る人間も、偽善ぶる異能者や人間も、全て」
異能者の青年――薙沢暁は、空中を漂い、ゆっくりと瞼を閉じては全身の力を抜き、上空からまっ逆さまに高層ビルの谷間へと落ちていった。
赤く煌めく瞳に映る世界を、一人の少女と共に見詰める。孤独を愛していた筈の自分の前に現れた熾天使の笑顔を守る。それが暁の、最初で最後に生まれた誓約なのだから――。