第2話
結局、夜の9時ごろから三咲のお目当てである極上エビグラタンを探し回って、ようやくそれに近いものを出している店に着いた時には、すでに10時を回っていた。どこにそんなものがあるのかもわからない状態で町をふらついていたら、案の定といっていいだろう、迷子になった。どうにかこの迷子癖を直したいものだが、一向に良くなる気配はない。寧ろ悪くなる一方だ。1日に2回も、本格的な迷子になるなんて、我ながら、ちょっとどうかしていると思う。エビグラタンは宿の後の店で出していたというのに。
三咲はというと、途中からダダをこね始めた。
「お腹空いたーーーー!!いつ店に着くの?まさか、今自分がどこにいるのかわからないなんてことは、ないよね?」
「もももももももちろんだよ、あと10分ほど歩いたら、着くはずだよ」
「さっき、あと5分だからね、って意気込んでたじゃない」
「そうかな、たぶん空耳だよ」
「そう。変な空耳もあるものね」
店に着いたら着いたで、こいつ、いきなりグラタンを3個頼みやがった。店の中にグラタンの写真があって、それを見る限り結構なサイズを誇っていると思ってたのに、30分くらいでものの見事に完食。3枚の皿は綺麗になり、俺の財布も大分綺麗になった。俺は、カルボナーラ一個しか頼んでないってのに。
店を出て辺りを見回してみると、まだまだ電気がついている店が沢山見受けられた。この町は夜もみんな元気なんだな。少し宿の周りくらいはうろつきたい気もしたが、三咲が歩きながら舟をこぎ始めたのでやめることにした。
まァ、わざわざ夜に出歩かなくちゃいけない理由はないし、それよりも、また迷子になるのはごめんだ。宿でここ周辺の地図でも借りて、明日の昼にでも出直そう。
「三咲、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
大丈夫じゃないって言ったって。シヨウがないから、負ぶってやることにした。宿はすぐそこだから、
「ちょっと!何やってんの!?」
「何って・・・合体ロボごっこ?」
「なんで疑問形なの!?違うでしょ!!誰がどう見ても、おんぶよね!?」
「おんぶだったら、なんなんだ?」
「変態!!」ばちーーーーーーん。
思い切り平手打ちを食らった。1日に2度も本気の平手打ちを、しかも同一人物からもらうとは。いよいよ俺も人間として末期だな。
しかし、俺のハートは既に数えられないほどの傷がつけられているので、こんなことでは全くへこまない。ある意味、ものすごくたちが悪いと、自分でも思っている。
そんなことをしているうちに、宿に着いてしまった。俺としては、三咲の太ももを触る機会を逃してとてもゲフンゲフン!!
そんな冗談は一旦置いておいて、本格的に眠そうになってきた三咲の頬を3秒に1回くらいペチペチと叩いて、起きている状態を維持させておきながら、やっとのことで自分たちの部屋に戻ってくることができた。こいつ、風呂には入らなくていいのだろうか。しかし、今無闇に起してもう1発平手打ちを食らうのは勘弁願いたいので、ベッドに横にならさせた。
と、そこで俺は気づいてしまった。なんとこの部屋、ベッドが1つしかない。その他に一晩くらい寝られそうな椅子も存在しない。完全に一人部屋だった。受付のオバはん、俺らのどこを見てこんな部屋を用意したんだ?いや、この部屋しか空いてなかったのだろうか、そうに違いない。そう考えると、部屋があるだけありがたいな。
どうしようもないが、これはいい機会だと思い1階のリラックスルームに足を運ぶことにした。慎重に部屋には鍵をかけ、ドアが開かないことをしっかりと確認してから階下にゆく。
さっき通りかかった時には、リラックスルームには誰もいなかったから、一晩だけ寝るにはちょうどいいんじゃァないだろうか。そんなことを考えていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「ちょっと、侑汰じゃない?」
「・・・どちら様でしょうか?」
「高校の時の同級生の顔を忘れるなんて、ホント失礼なところは昔のままね」
あ、思い出した。こいつ、俺が高3の時におんなじクラスで、何だか知らないけど何回も隣の席になった、えーと、そうそう、
「るり子か」
「違います」
やべ!何だか間違えてしまったみたい。なんだこれ、物凄く・・・気まずい!!!!!
「もう、なんで忘れるかなァ、亜美だよ」
「あァ、亜美ね、忘れてない忘れてない(誰だこいつ・・・)」
記憶力の良さに低評のある俺だ。世の中の些末なことはうまく1週間ほどで忘れるようにできてるのだ、俺の脳は。実に効率的だ。覚えていなくちゃいけないことを思いっきり忘れるのがたまにキズ。
「それはそうと、亜美はなんでこんな寂れきった宿なんかにいるんだ?」
「寂れきったとは言ってくれるね、一応ここはあたしの実家なんだけど」
「そうなのか?それは酷いことを言ってしまった、ごめん」
「いいよいいよ。侑汰こそ、こんな寂れた宿に何の用?」
「なんでそんな意地の悪い言い方をするかなァ。俺はちょっと旅の途中で、もう夜も遅いし、一泊だけ泊るつもりなんだよ」
「そうなの。一人旅?」
「いんや、連れがいる」
「彼女?」
「そうだったらどれだけ良いことか、生憎そんな関係じゃないよ」
「ふーん」
なんだか何か言いたげな表情だ。言いたいことがあるなら面と向かって言えばいいのに。
「それじゃ、ごゆっくりしていってくださいな」
「うん、ありがとう、おやすみ」
こんな程度の会話を交わし、リラックスルームのブラウン管の目の前にあるソファーに横になる。部屋にはテレビやらラジオやら、そういう情報媒体がないため、暇を持て余すだろう。そういう客のためにここにリラックスルームを設置したのかもしれない。そうだとしたら、とてもいい考えだ。現にこうやって、有効活用させてもらっているし。
テレビをつけると、特番をやっているらしく、レポーターがなにやら騒ぎ立てている様子だ。
「お?ここ、この街じゃァないか」
確かに、画面の左上にはこの町の名前が写っていた。もしかしたら有名な街なのかもしれない。画面には一人の女性が、なにやら真っ黒い衣装に身を包み、しかしハキハキとした話し方で、一生懸命に何かを語っている。見るところ若そうだ。この年で、何かを自信を持って語ることができるのは、自分からしたらとても羨ましいことだなァ。
俺には、何か、自信を持って主張できることが、あるだろうか。
少し考えてみたけど、思いつかなかった。
「この町で、昔から魔法の研究をしているそうですが」
「はい、まったくもってその通り、それ以上もそれ以下もないですね。詳しく言うと、魂の蘇生についての研究でしてね、○×大学の研究機関にいたのですが、なにか、自分には縛られながら物事をすることに、あまり良い感情を抱かない。それで、そこを出てきて、今に至るわけです」
「なるほど、そういう経歴のお持ちで」
「はい」
「それで、ホントのところ、魂の蘇生なんていう神の所業と言わざる負えないことが、可能なのでしょうか」
「はい、いや、今はまだ実験段階なのですが、私の研究は必ず成功を収めるでしょう」
やはり、自分に自信があるようだ。
この女の人のことが気になってきた。
特に、その胸部にたわわに実らせた果実が、とても美味しそうだ。彼女が動くたびに、ゆっさゆっさと揺れるその果実は、本当に・・・・・ゴクリ。
なんてことは、一切思っていないことにした。煩悩退散!煩悩退散!
明日はどうせ、朝から色々なところに出かけるだろうし、三咲のやつがまた「アップルパイが食べたい!」と言い出すに決まっているから、少しこの研究機関に訪れてみるのもいいかも知れない。
中学、高校とずっとある部活に属していた俺には、興味をひかれる件だ。もしかしたら、有益な話が聞けるかも知れない。三咲に、この研究所に立ち寄ることを相談しよう。
眠気というやつは、本当に突然来るもので、自分がはっきりと意識しながら眠りに落ちていくことは、まずないだろう。不思議だが、これが人間、というよりは生物なのだから、抗うほうが間違っているというもので。
気づくと、俺は高校のある教室にいた。何故ここにいるのかとか、そういう前後関係は一切お構いなしだ。唐突に、自分がいるのだからシヨウがない。
「・・い。・・・たい。・・・・・・」
耳を澄ませてみると、なにやら人の声らしきものが聞こえてくる。なんと言っているかは、あまりはっきりしない。が、その声は段々と遠くなっていく。
とっさに教室のドアを開いて、その声のする方へ歩く。
ゆっくりと確実に、その声は近くなっていくようだ。
声の主は、移動しているのか。
「・・・たい。・・い・・い」
いくら耳を澄ませてもはっきりとした言葉は聞き取れない。
しかし、声を追っているうちに、急激に声の大きさが大きくなるペースが上がってきた。もしかしたら、声の主が立ち止ったのかもしれない。
チャンスだと思った。気になることは、ずっと気になってしまう性質だから、とにかく確認したい。いったい、何と言っていたのか、何と言っているのか。
すると、急にその声は聞こえなくなった。
と、同時に。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
猛烈に、激しい声が聞こえてきた。
鼓膜が破れてしまいそうだ、早くここから逃げなければ!しかし、足が言う事を聞かない、このままでは、このままでは―――――――――
ふと、気付くと見慣れた見慣れたブラウン管が目の前にあった。