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「刹那様。仕事の依頼が舞い込んで参りました」
カラスが、少女――刹那に近寄る。
その日は曇り空で、今にも雨が降り出しそうな陰気な天気だった。
刹那はいつものように、椅子に座っていた。
カラスの言葉を聞くと、目を輝かせ笑顔になった。
それは、刹那が退屈していて
何か面白そうな事を聞いたとき、見たときの反応だった。
「あら、どんな仕事?」
刹那は、胸を弾ませながら聞く。
カラスは口の端を上げて、ニィと笑った。
「刹那様の好きな、戦争でございます」
それを聞いたとたん、刹那は
さも嬉しそうな、笑顔を見せた。
「まぁ、戦争なんて何年ぶりかしら!」
刹那は喜びの表情を見せる。
「ねぇ、カラス。早速行きましょうよ。もう戦争は始まっているんでしょう?」
刹那は身を乗り出し、カラスの腕を引っ張った。
「お望みのままに」
カラスは微笑む。
「じゃあ、行きましょう」
刹那は胸の高鳴りを押さえながら、立ち上がり、コートを着込んだ。
「刹那様。・・・もう、体のほうは・・・」
カラスは、静かな声で問う。
「大丈夫よ。少なくとも、戦争が出来る体までには、回復したわ」
刹那は口の端を上げて笑い、さぁ行きましょう、と言って
カラスに近づいた。
カラスは、刹那を抱き上げた。
刹那は、カラスの首に手を回す。
カラスは窓辺に近づき、
窓を開け放つ。
「wing」
カラスが呟く。
すると、カラスの背中に
漆黒の翼が生えた。
「――刹那様。準備はよろしいでしょうか」
「えぇ」
刹那は早く行きたい気持ちを抑え、
静かに返事をする。
「それでは」
カラスは窓淵に足を掛け、
そこから一気に、空へと踏み込んだ。
風が、顔の横を通り過ぎる。
寒すぎるほどの、冷たい風。
カラスはそれらを、翼で操り
目的地へと、一揆に急いだ。
「刹那様。着きましたよ」
カラスはそこに、ふわりと飛び降りて
刹那を、ゆっくりと地面へ降ろした。
「あぁ・・・久しいわ・・・この匂い・・・」
刹那は胸を弾ませて、辺りを見回した。
地面は、倒れた人間で埋め尽くされていた。
そして、赤い。
ここは、戦場。
血の臭いが蔓延していて、なんとも無残な光景が
広がっているこの場を、刹那は
目を輝かせ、見渡していた。
「お気に召されましたか?」
カラスは、微笑を浮かべ刹那に問う。
「えぇ・・・!!こんなに楽しい気分になったのは、久しぶりだわ・・・!」
刹那はカラスを見ず、戦場を見渡しながら
返事だけをする。
そこで、刹那はあることに気がついた。
「あら・・・?もう、戦争は終わったの?
動いている人間は、誰もいないけれど・・・?」
刹那は不思議そうな、少し寂しそうな表情で言った。
「たぶん、向こうの方にいると思われます」
カラスが指差した方向を、刹那は見つめる。
しかし、刹那は視力があまり良い方ではないので
向こう側は、ほとんど見えなかった。
「じゃあ、早く行きましょう。戦争が、終わらないうちに」
刹那は微笑みを顔に浮かべ、カラスに言う。
「お望みのままに」
カラスは返事をすると、刹那を抱きかかえて
翼を翻し、遠い向こう側へと飛んでいった。
「やはり、ここにいましたね」
カラスは、独り言のように呟く。
刹那が早く、と急かすが
カラスは、刹那をゆっくりと地面に降ろした。
「嗚呼!!なんて久しぶりのこの光景・・・!!」
刹那は感激に心を震わせ、それを見詰めた。
人間達が、命を惜しみもなく人を殺 す、その姿を。
刹那達は、人々が戦う場から
少し離れた場所にいた。
「ねぇ、カラス!私も戦ってきていいかしら?」
刹那は待ちきれない、という表情で
カラスを見詰める。
「お望みのままに」
カラスは微笑み、優しく答えた。
刹那の顔は輝き、そして
戦いの場へと、急いで行こうとした。
「刹那様。お待ちになってください」
カラスは静かな声で、刹那を引き止めた。
刹那は後ろを向き、何?と不機嫌そうに答える。
「私も、一緒に戦わせてはいただけないでしょうか」
カラスは片手を胸にあて、微笑する。
刹那は少しキョトンとして、それから不気味に笑った。
「勿論よ」
「・・・それでは、無茶を為さらないように。お気をつけて」
カラスは浅く、御辞儀をした。
刹那は不気味な微笑みを見せた。
「・・・何に気をつければいいのかしら?」
カラスはそれを聞き、少し考えるような素振りを見せ
ゆっくりと微笑んだ。
「・・・そういえば、刹那様には気をつけることなど有りませんでしたね」
刹那は笑い、そしてすぐさま戦いの場へと走っていった。
その走りは、誰にも見えないほどの速度だった。
カラスはもう一度微笑み、そして刹那同様
人間の目には、見えない速度で戦いの場へと向かった。