異能学院のドスケベクソ異能
この国には魔法が無い。代わりに「異能」と呼ばれるものがある。
魔力なんか関係ない。何かしらの「技」を、ずっと使える。
たとえば空を飛ぶ異能を持っていれば、空が飛べるのだ。どんな時も、いつだって。
異能はひとりひとつ。ふたつ持つ者は稀代の天才。
しかも全員が全員持っているわけじゃない。だいたい、千人のうち一人の割合で、18歳までに異能に目覚める。
それまでは異能の有無問わず、初等教育、中等教育、高等教育を受けるが、異能のある人間はその後「異能学院」に進む。
異能があれば国から重宝され、就職に困る心配はほぼ消える。
そんな異能学院において、異能の良し悪しは最重要項目の一つだ。
血筋や貧富の差より、異能。
気に入らない相手をねじ伏せられる異能を持つ人間には誰も逆らえないし、花を咲かせる異能などを持つ人間は「花だけかよ」とバカにされる。
特別な能力を持っているからと言って性格がいいとは限らないし「女が後方支援系の異能を得意とする認識は差別」「パワー系の異能を持たない男への風当たり」など、結局のところ異能があろうがどの国でも問題になるようなことしか問題にならない。
異能があるうえでの人間関係のダルさがあり、そういうのが嫌で私は入学早々不登校になった。入学式から出てない。理由は行きたくないから。ゴミみたいな異能で明るい未来なんて無いから。
将来は誰も殺さない犯罪で刑務所に入るか、残虐な殺人をしたけど懲役そこまでに至ってないとか、酷いいじめを行ったのが確定している人間とか、強姦魔みたいな奴を8人くらい殺して刑務所に入る。今まで生きてきた分かかった税金は、国がやりたくても出来ないことをすることで相殺する。
そうすれば家族もそこまで悪く言われないはずだ。
「ノヴァ・クインバス嬢、おはようございます。起きていらっしゃいますか? おはようございます」
入学式から一か月後の朝。
寝室で眠っていると高らかな声が響く。
私に与えられた寮部屋は寝室一部屋、風呂手洗い台所あり、他二部屋つきなので、相当声を張らないとここまで響かない。
勘弁してくれと思いながら時計を見ると5時だった。無視しようと、私はブランケットを目深にかぶる。
「私の名前はアルバート・フォン・シュバルティエと申します、突然の訪問の非礼についてはお詫びします。どうかお話を聞いていただけないでしょうか」
駄目だ。私は仕方なく寝台から起き上がり、玄関に向かった。
アルバート・フォン・シュバルティエ。
シュバルティエを名乗れるのはこの国の王族だけだ。だってこの国はシュバルティエ王国という名称だから。そのアルバートというのは第二王子の名前だ。王位継承権も第二位。
つまり王族が尋ねてきた。
訪問者が教師なら出ないけど、相手が王族なら違う。私は権力に弱い。すぐに飛び出ると、さらさらした金髪に透き通るような緑の目という王道王子様みたいな外見をした男が立っていた。アルバート・フォン・シュバルティエ本人である。護衛がいない。
彼は私が扉を開けたことに驚いて、わずかに目を見開いた後、ハッとしつつも私に目を合わせた。
「入学式から、ずっと……休んでいるので……心配で。体調は……学院の医者には見てもらっていますか?」
王子様はこちらを気遣う。私は女で向こうは男、色々関わりづらいのだろう。
「なぜ、殿下が」
「あの、同じSクラスでして」
異能はその能力の希少性、強さによりランク分けされ、それがそのままクラス分けになる。
ランクが高ければ特別な寮に住めるし、ランクが低ければオンボロの寮生活。教師だってランクの高い生徒には逆らえないし、学院内で使えるお金はランクにより支給額が違う。
そして私は──殿下と同じSクラスだ。
殿下の異能は知らない。国家機密だから。
代々王族の異能は知られておらず、「異能の代償として口外すると死ぬのでは」「知られないことがそのまま威力に繋がるのでは」「カスすぎて秘匿されているのでは」と国民の世間話の種だ。ただ、代々王族はSクラスなので相当なものだろう。
「同じSクラスであることは、存じております」
答えると、殿下は不思議そうな顔をした後、「あの……なので、同じクラスの一員として、心配で……」と続けた。
なんていうことだろう。こんなゴミみたいな世界でも、同じクラスの人間だから心配と嘘でも言える人間がいるなんて。
同じクラス、同じ職場だからといって仲良くなる必要はない、関わりたくない、自分軸とか言い出して周囲の人間の陰口を積極的に行う自称サバサバエセ一匹狼と大違い。
こちらは本当に一人でいたいので、関わろうとする人間の意向を尊重したうえで、拒絶する。
「ありがとうございます。お気持ちは本当にうれしいです。ただ、本当にろくでもない異能を持っているだけなので、休んだほうがいいというだけです」
私は全て正直に話をしてから扉を閉じた。嘘をつこうと思ったけど相手は王族、色んな不敬罪のかたちがある。ドアスコープで外をのぞくと、殿下は完全に困惑顔で立ち尽くしたあと、向かいの部屋に戻っていた。
そう。殿下は向かいの部屋に住んでいる。
学院の寮はクラス別で割り振られており、異能の強さで露骨な依怙贔屓が行われる。私の住まいは──Sクラスの住まいは一つの建物を二人用に分割し割り振っていく構成で、私の相手は殿下だった。
少女が好む小説の舞台設定かよと心中突っ込んだが、私は入学式からずーっと不登校だし、殿下は王族なので「ご近所さんにあいさつ」といった庶民じみた行動はしない。今が初対面である。
……てっきり、王族特権で私の異能を知り、避けられていると思っていたのに。
私の異能は、ろくでなしの異能だから。
無関係の人間に打ち明ければ、Sクラスに在籍という状況からして、おそらく「過去に何かあったのかな」「炎や氷系の異能で誰かを傷つけたのかな」「親子関係が複雑で……」と同情しつつ綺麗な想像をするだろうが、私の異能はそんなものではない。現実はもっと汚くて醜い。
ドスケベクソ異能。
これに限る。
それが八つ。
異能はひとりひとつ。ふたつ持つ者は稀代の天才とされる中で、私は八つ持っている。
全部ドスケベクソ異能だけど。
時間停止に催眠、透過・透明化、触覚の操作、人間の魂の入れ替え、創成──真っ白な一部屋を生み出す能力、など。
時間停止はそうした場のみという制限付き。
透過・透明化は人間相手のみ。自分を透明人間にする場合は全裸固定。他人に使うのは犯罪で論外。持ち物検査しか使う手段がない。
催眠は、相手を苦しめる、精神崩壊させる、自死させるようなことは出来ない。全部そっち方面。
触覚操作の場合、痛みを強く与えることは出来ない。そっち方面だけ。
魂の入れ替えにあたっては、無関係の人間同士ではなく、両片思いの男女、もしくは両想いの男女しか入れ替えが出来ない。
創生も、ろくでもないものしか出来ないし、空間創生の場合は両片思いの男女、もしくは両想いの男女限定と制約がある。
残り二つの異能もどうしようもない。
異能の目覚めも18歳という嫌な意味でぴったりの年齢で、国の役人も若干引いていた。 登校拒否になったのはそれが理由だ。
学院に通っていい人間ではないのだ。
国としても「ドスケベ異能を持つ人間はキモいので通学を免除します」とは言えない。人権問題だから。
だから、私が察しなければいけない。
私は学院に通ってはいけない。
こんな人間の前に王子を住まわせるなと思うけど「ガスとか炎の異能者をそばに住まわせ、万が一の事故に遭うよりマシ」という国の判断があったのかもしれない。
Sクラスにいれば人生安泰、下位クラスはお先真っ暗なんていうけれど、本当の深淵はここにある。
自分の異能なんてと思ってる人間全員私に謝罪してほしい。私のことを知れば絶対そんなこと言えないはずだから。そして……知ったら最後、私の前でもうなにも話せないだろう。こんな気持ち悪い異能を持つ人間と関わろうとする人間なんていないから。
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「アルバート・フォン・シュバルティエです、今いらっしゃいますか」
その日の夕方、殿下が尋ねてきた。不敬罪に該当しないよう、私は扉を開いた。まだ異能について聞いてないのだろう。さっさと聞いてくれればいいのに。あまりに他責なのは承知だけど、説明することが不敬罪に該当するような異能を持っているので本当に手立てがない。
「……はい」
私が出ていくと、殿下はまた驚いた顔をした。
「すみません。何度もお訪ねしてしまって」
「いえ。出なかったら不敬罪なので」
手短に答えれば殿下は傷ついた顔をした。
「あ、あの、異能について聞きました……今まで、何があったかは聞いてませんが……周囲にいじめられたり、そういうのが不安なら、もしよかったら、私が一緒に登校したりとか……色々手立てはあると思うんです」
「大丈夫です。それに、婚約者もいるでしょうし、男女の違いは明確にあると思うので、心配だから異性と登校とか、部屋に訪問するのは、婚約者様が同意していても、良くないですし、私も困るので」
「こ、婚約者はいませんっ!」
殿下は声を張り上げた。顔が真っ赤だった。婚約者で照れるって何?
「こ、婚約者は……その万が一があってはならないので、兄夫妻の世継ぎが色々あり……」
殿下は視線を落とす。彼の兄は齢23の若き王として君臨している。兄夫妻が子供を設ける前に、殿下が誰かとそういう関係になり子供が出来た場合、確かに色々ややこしいことになりそうだ。でも18歳の相手に婚約者なしとは。兄夫妻にも変な重圧になるのでは。
「内々に決まった婚約者や恋人がいらっしゃるとは思うので」
「いませんっ、そ、そんな、婚約者がいるのに、女子生徒の部屋を尋ねたりはしません。その時は、他の女子生徒にも、頼みます」
すごいどもってる。
「なら、何故今回お一人で」
「その、あんまり大勢で訪ねたら、精神的な負担になると思いまして……それに、なにか計画して……貴女の部屋に訪れたわけではないのです」
「どういう意味ですか」
「その、まさか出て頂けると思っていなくて」
なるほど、どうやら殿下は不登校が気になり一か八かで訪問したら、私が出てきてしまった、ということらしい。出ない前提で訪問されていたのだ。
「すみません。不敬罪かなって」
「いえ……で、出ていただけて、元気そうな御姿が見られて、良かったです。本当に、ど、どうなっているか分からなかったので……ずっと、具合が悪いのかと、気になってはいたのですが……」
殿下の立場からすればしんどいだろう。一般人でも向かいの一人暮らしの学生が一か月学校に行ってないと聞いたら若干怖い。「学校に行くのが辛くて行ってない」という情報が入っていたならまだしも、それ以外の情報が無いのだ。向かいに住む人間が爆弾を作ってたり、銃の自作をしているという可能性が否定できない暮らし。さぞしんどいだろう。
「貴女が出て下さった時、もっと早く尋ねていれば良かったと思ったんです」
「なぜ」
「僕がもっと早く勇気を出していたら良かったなって。万が一のことがあるじゃないですか。孤立の果てに……とか」
どうやら殿下は私の一か月以上の引きこもり生活の間、心配してくれていたらしい。クラスメイトだから心配という言葉に、嘘や世辞はなかったようだ。
こんな人もいるんだ。
「私も良かったです。向かいに住んでいる方が、優しい方で」
「優しいだなんて……全然」
「ありがとうございます。では」
私は扉を閉めようとした。こんな優しい人間にドスケベクソ異能を持つ人間を関わらせてはいけない。大前提として17歳と11ヶ月までに異能に目覚めるので、異能に目覚めるのは18歳までにという表現が使われるなか、私は18歳0ヶ月での目覚めというより解禁に近い。
それだけでもう、私の異能がいかに最悪かが分かる。
「待ってください、、お話ししましょう!」
殿下は扉をノックした。
「調べたほうがいいです。調べが甘いんです。ちゃんと調べたら、殿下はこの部屋の扉に触れようとは思いません!」
「し、知っています、た、多様な異能を持つ代償として、全てに厳しい制限が設けられている異能ですよね?」
物は言いよう。
直感的に思った。そんな言い方あるんだ。心が綺麗で優しい人間はドスケベクソ異能を『多様な異能を持つ代償として、全てに厳しい制限が設けられている異能』と表現するんだ。いいこと聞いた。今度異能について聞かれたらそう答えよう。殿下の言い方だと、不思議と生きていいような異能に聞こえるから不思議だ。実際は親の顔も見れなくなるようなゴミみたいな異能なのに。
「あ、あの、少しでいいので、お、お話しませんか、どこか、好きな場所でいいんです。少し、部屋を出て……」
真摯な声に悩んだ。今日、断ったとして。明日も来るかもしれない。それに結局あと4年は、殿下と私は隣人……というか対向線上で暮らす。なら、少し殿下の気が済むまで付き合うか。
どうせ、能力のことがハッキリわかってきたら、相手からいなくなる。
私は「準備するので」と伝え、着替えを始めた。
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「ここが、好きな場所なんですか?」
「まぁ、はい。万が一私の異能が暴走しても、守衛に取り押さえられて終われる」
殿下が困惑している。私が「この場所が好き」と言って殿下に紹介したのは、学院の守衛所の前のベンチだった。ここにいれば殿下は安全だし、私も安心できる。
「終われる……?」
「おしまいにできる、ということです」
「暴走ってよくあるんですか?」
「異能に目覚めたときだけです。それ以降、無いというか……そもそも使わないので。気持ち悪いし」
早口で答えれば、殿下は「気持ち悪い……」と復唱してきた。そう、気持ち悪いんです。この異能は。
「で、でもいずれは、その異能を、将来に役立てて……何か、将来の職業に差しさわりが、あるのでしょうか。なりたいものに、なりづらい問題みたいな……」
殿下は私の異能への嫌悪を慎重に探っている。嘘つこうかと思ったけどやめた。殿下の異能が分からない。Sクラスに在籍できる異能は、一応、価値があるものなのだ。
私みたいなろくでもないものを八つもっている例外をのぞき、心が読める、相手の異能を模倣できるなど、国が「どうしても欲しい!」「ある程度の法律も横暴も許す!」と頭を下げるレベルの異能を持たない限り、Sクラスには入れない。将来も期待される。
ただ──私の異能は違う。何にも使えない。
「八人くらい法の隙を潜り抜けた凶悪犯を殺して、刑務所に入って死刑になります」
「え……えええええっ」
それまで品行方正、歩く優雅、絵本に出てきそうな佇まいだった殿下が声を荒げた。
「あ、貴女はなにを、じ、自分が何をおっしゃっているのか、分かっているんですか⁉」
「はい。王族相手に嘘つきたくないので」
私は殿下を見返す。
「いるじゃないですか、見ず知らずの人間を殺そうと、何人も刺したのに、相手の人生をめちゃくちゃにしたのに、全員助かったから結果的に、ふつーに世に出てきちゃうみたいな。そういうの八人くらい殺して、一直線に死刑を目指します」
異能によっては国から軍事や国防への協力要請が出て、それが中々の金額だったりする。だから異能者は大抵、国の中枢に関わる仕事に就くことが多いけど、中には「犯罪に使えばもっと儲かる」と考えるバカもいる。結果、国では異能を使った犯罪の抑止のために、異能を持つ人間をさらに欲し……という循環だ。
バカだなと思う。まともな異能があるのに犯罪で儲けようなんて。だって普通に就職出来るのに。私なんかこの有様。だからこそ、私は私なりに将来計画を練った。
八人殺して、死刑を目指す。
「……そうしろと誰かに言われたのですか」
「いいえ、この国が異能者に使う税金の金額を計算して、だいたいその金額が釣り合うのがそれかなって。私の持っている異能と数も合うし、丁度いい」
「丁度良くなんかない!」
殿下は私を真っすぐ見つめ、声を震わせた。
「なんで……君は、生きていることに、前向きになれないのか」
「なれないというか……こんな異能を持って、未来なくないですか?」
カスみたいなラインナップの異能。夢を見る権利すら与えられない。
このありさまで教師になりたいと願ったとする。こんな教師に誰か自分の大事な子供を預けたいと思うだろうか。
何か食べ物を作って売るような仕事を願ったとする。
パティシエでも、出来たものを運ぶウエイターだっていい。
こんな人間の関わったものを口にしたいと思う人間はいない。
夢を見る権利はないし、私に出来る仕事は無い。
私は、何もできない。
だからみんなが出来ないことをする。
「ある! どんな異能を持っていようと関係がない! 異能があるということで、未来が狭まるなんてことはない……ましてや、異能があるからと誰かを殺して死刑になる必要なんてないんだ」
殿下はキッパリ言い切る。王子様みたいだなと思った。実際王子様だけど。未来を悲観する国民を立ち上がらせようとする、真摯で誠実で、物語に出てくるような王子様。
清らかで──私の傍にはいてはいけない人間だ。
「まぁ、殺人は止めるしかないですよね。王族として。殺人の肯定は出来ない。すみません。殿下の称賛を得たくてお話したわけではなく、嘘をついて不敬罪になりたくないからです」
「そんなことで不敬罪になんてしません」
「そうでしたか」
なら、部屋から出なくても良かったなと少し後悔した。
もう明日から無視してしまおう。それが殿下の為である。
だって女子部屋に突撃って、責められる行動だし。
それに、嬉しかった。
突撃じゃなくて、否定されたことが。
私の将来の展望について否定されて嬉しかった。
ろくな未来が無いので、自分で畳むしかない。希望は捨てる。見苦しくあがこうとしない。きちんと諦める。そういうの全部否定してくれる相手が欲しかった。
どうせそんな人間は現れないとただただ一か月こもり続け、そのまま4年の経過を待ち自由を得たら八人殺す予定だから。
そうして刑務所に入れば誰かひとりくらいは居てくれてよかったと言ってくれるはず。死なないでほしかったと言ってくれるかもしれない。そういう妄想に浸りながら私はこれからを過ごす。
「八つも異能があることは、素晴らしいことです」
殿下は神妙な面持ちで繰り返す。
「それがまともだったら、素晴らしかったでしょう。実際は無いほうがいいものが八つ。無いほうがいい」
「……そんなことは、ありません」
「まぁ、王族である以上、異能の否定は出来ない──」
「無いんです」
殿下は私の言葉を遮るように言った。
「ない?」
「私には異能がありません」
「……は?」
「ちなみに国家機密です」
「は⁉」
私は大慌てで周囲を見渡す。幸い、周囲に人はいない。近くに守衛所があるだけだ。しかも巡回中と札が下げられ誰もいなくなっている。
「なんでそんなこと言うんですか⁉ 何でこの、学園に」
「異能を持つ人間との接し方、異能を学ぶ必要があり、代々Sクラスに入学するのです」
「代々って……王族は異能を持たないということですか」
「はい、国家機密ですが」
「それを知ってるのって、だ、大体どの範囲で」
「王家の血を引くものと、一部の忠臣のみです」
「なんで私に」
「……死んでほしくなかったので、そういう人間もいるということを、伝えたらどうかと……」
じゃあなに? 自殺予防によって私は今、国家機密を知ったってこと?
「……できれば内緒にしていただけると助かります」
殿下は神妙な面持ちで言う。
「出来ればも何も、ないです。言いませんよ絶対。というか王家に仕える人間で記憶消去とか精神干渉系の異能を持つ人間に記憶を消去させ……」
そこまで言って、気付いた。
「いや、国家機密漏洩で、殿下、処分されません……?」
王族とはいえ、殿下は王ではない。
「される」
殿下の答えに私は空をあおいだ。
「なんで……そんな、自己犠牲を……こ、国家機密を……」
「人の命より、大事な国家機密なんてないですよ」
目がくらみそうなほどの善に、言葉を失った。
正しい。
正しさの塊。
そういうやつが一番嫌いなはずなのに、あまりに破天荒過ぎて憎む暇もない。
「しょ、将来の仕事に困っているのなら、わ、私の護衛をしてみませんか、しょ、将来」
殿下は緊張した面持ちで私の目を見る。
死のうとする人間に対し、将来希望が見れるようなことを話す。目的達成には適している気もするけど、それはそれとして無茶苦茶だ。破天荒に無茶苦茶の重ね掛け。
「王族の護衛なんて、私なんかに務まるわけがありません。それにいっぱい志望者もいるでしょう」
「確かに志望者もいます」
やっぱり。
「でもそれは、兄の話です。私は……第二王子として、ある意味、王にならないことが決まっている身の上です。なので私は……私の護衛を選べるんです。王になるのならば、そうした自由は、得られませんから」
第二王子は護衛を選べる。王は選べない。
第二王子である殿下のほうが権力が強いからではない。
第二王子は──政治的に、どうしたって王に劣る。王は重要な分、不自由がある。第二王子は学生という身分もあるけど、ある程度の自由が存在する。
でもこの口ぶり……もしかして、王位継承に関心が……。?
「まぁ、卒業するまでにやりたいことも見つかるかもしれない……ので、候補として、覚えておいてくだされば。なので……」
殿下は笑みを浮かべる。
「未来は、ちゃんとあります」
バカみたいな正論。綺麗ごと。真っすぐな思い。そういうの全部嫌いだったはずなのに。
「覚えておきますよ。そんなに言うなら」
私に、未来があると教えてくれた人間がいた、ということだけ、覚えておく。
そのうえで、私は私の末路をきちんと選ぶ。
「あのう、アルバート殿下」
いつの間にか私たちの目の前に男子学生が立った。邪魔しては悪いと、私は「ではこれで」と足早に立ち去ろうとした、その時だった。
男子学生のつま先に血がついていた。
嫌な予感がして、私は殿下の手を掴むと思い切り引っ張る。
銃声が響き、さきほどまで殿下が座っていたベンチの背もたれに穴が開いていた。
男子学生は銃口から煙が出たままの銃をこちらに向ける。
私は殿下の手を握りしめたまま走り出す。当然男子学生はこちらに向かって駆けてきた。
守衛所に逃げ込み鍵を閉めれば、中で全員守衛が撃たれて倒れていた。血だまりが出来ている。
男子学生のつま先の血の原因が分かった。最悪だ。しかも扉に銃弾が撃ち込まれ続けている。
「あれ、殿下のお知り合いですか……」
混乱しつつも私は殿下に問う。殿下は「こういうことは兄だけのはずですけど……」と驚いていた。
「兄だけのはずってどういうことですか」
「いや、王位継承権的に……なので、別に君を危険に晒したいわけではなかったんです。私の護衛をというのは、簡単なお仕事をご紹介するつもりで……」
「そんな話は今はいいんですよ‼ あ、あれは暗殺者ってことでいいんですか」
「わ、分かりません。暗殺初めてで……と、とりあえず貴女は逃げてください‼ 相手の狙いは私です! 離れてください! 貴女を巻き込みたくない」
殿下は私から離れ、扉の外に出ようとする。
自分が家にやってきて、将来だのなんだの話をしてきたくせに。自分が命を狙われていると分かったら自分だけ逃げろと言い出す。なんなんだこの人は。
「……一点質問します。あれは、国防に関わる存在でいいんですよね?」
「え」
「殺傷性のある銃で王族狙ったらどうなりますか!」
一刻を争う事態だ。私は殿下に問いかけた。
「死刑になります!」
「じゃあもういいですね!」
銃でドアノブと蝶番を撃ち抜かれ、とうとう扉が開いた。
男子学生──に扮した殺人鬼がこちらに銃口を向ける
「──スライム」
私は手のひらを握りしめながら、異能を発動する。最悪な気持ちだった。
私と殺人鬼の間の床に、気泡を纏ったピンク色の粘液が湧き出てくる。
見ているだけで不愉快だった。殺人鬼はこちらに銃を撃ち込むが、スライムがにゅっと伸びて盾となり、嫌な音を立てながら銃弾を溶かす。
「気持ち悪いもの出せやがって」
私は思わず呟いた。
殺人鬼は構わず銃弾を撃ち込むが、スライムの前では無力だった。
「意味無い。それ。何も効かない。それが絶対溶かせないのは人体と──人体を支えるような床だけ」
そういう最悪なスライムなのだ。人がそこに立っていなければ床だって溶かそうと思えば溶かせる。なにもかも。
「今お前が使ってる銃が、異能で出来たものか、市販か、軍で開発したようなものか分からないけど、絶対勝てないから。全部無駄」
私の警告に対し、殺人鬼は構わずナイフを取り出した。こちらに襲い掛かってこようとする。何かを狙っているらしい。想像がついた。
「スライムを操る異能の場合、コアがあるんでしょ。異能のコア。それをナイフで切り裂けば、無力化できる」
だから、スライムを操る異能を制圧するには、銃でそこを狙うか、ナイフで切り裂くからしい。
そういう弱点があるのだ。
普通のスライムは。
私は、そういうので良かった。
本当にただ、みんなに受け入れてもらえるような、ありふれたもので良かった。
「でもこれ普通じゃないんだわ」
スライムは自我があるかのように動き、殺人鬼の銃ににゅるりと巻きついた。
そのまま銃を飲み込み溶かし、殺人鬼本人の身体に這って覆っていく。やがて殺人鬼は生気を抜かれたように、くったりとスライムに身を預けた。服も溶けている。
何て醜い能力だ。
私は殿下に振り向く。彼はハッとした顔をしたあと「守衛さんを!」と止血を始めた。
「まだ助かるかもしれない……!」
殿下は必死に助けようとしている。どう考えても、厳しい気がするけど……。
「助けたいですか」
「はいっ」
「何をしてでも?」
「勿論です!」
殿下は即答した。
「じゃあ、一か八かで……」
私は死者の蹂躙にならないことを祈りながら、倒れている守衛たちの元に近づいた。
「触手」
呟けば、今度は床から触手が湧き出る。ペンを五本ほど束ねた直径で、数は……十本以上ある。種類は様々、全部外見が最低。
それらは守衛の服に入り込み、巻きついた。
「これは、一体」
「死んでさえなければ、治癒が出来ます。失った臓器を取り戻すみたいなものは無理ですけど、虫の息でも、生きてさえいれば、大体どうにかなる……ただ」
「ただ?」
「さっきのスライムもそうなんですけど、触れた人間は……強烈な興奮作用といいますか、意識が無ければ意識が戻った後に、意識があればそのまま、っていうか……」
残り二つの異能は、スライムと触手だ。
スライムは人体以外のものを溶かす。ただし武器のみを溶かすのは無理だ。放たれた銃弾のみならまだしも、手に持っている銃を溶かす場合、人体にまとわりつき衣服まで溶かす。そういう悪癖のある最悪なスライムだから。そして触れた人間を、昂らせる。
触手は治癒が出来る。こちらも触れた人間を昂らせる。
結局ゴミみたいな異能だ。
絶望的な気持ちになっていると、「き、傷が治っている……」と殿下が守衛を見て驚いていた。
先端がイソギンチャクみたいになっている触手がべっと銃弾を吐き出す。
やがて、騒ぎを聞きつけたらしい教師や他の守衛たちが守衛室に飛び込んできた。
私は犯人を拘束していたスライムを消し去る。
「銃、溶かしたんですけど、そいつが殿下を撃ちました。ベンチに銃弾の痕があるはずです。あと、守衛さんたちは医者に診てもらった後、意識が戻る前に精神干渉系の異能で、鎮静させてください。効くか、分からないですけど。学院長に、ノヴァ・クインバスの異能でとお伝えください。それで全部通じると思うので。殿下をよろしくお願いします」
もう、私がすることはない。
今度こそ邪魔しないように、私はその場を後にした。
♥……♥……♥……♥♥……♥……♥……♥
「ノヴァ・クインバス嬢、おはようございます。起きていらっしゃいますか? おはようございます」
殿下暗殺騒動の翌日。
寝室で眠っていると高らかな声が響いた。
正気を疑いながら私は玄関扉を開く。
「おはようございます……昨日はよく眠れましたか?」
訪問者の正体は殿下だった。
殿下はホッとした顔で私の様子をうかがう。
「……はい」
「昨日は……申し訳ございません。巻き込んでしまって……」
「別に」
謝るのは殿下じゃない。暗殺者か、気持ち悪いものを見せた私のほうだ。
「こちらこそ、ろくでもない異能を見せてしまって、大変失礼いたしました」
じゃあさようならと扉を閉じる。不敬を気にする必要はなかった。私と関わることそのものが、殿下にとっての不敬になる。
「ど、どうして貴女が謝るんですか……貴女は、私や守衛さんの命を救ってくれたじゃないですか!」
殿下が扉越しに叫んだ。
「尊厳を踏みにじった。感情の殺人と変わらない」
あのあと、守衛や暗殺者がどうなったか想像がつく。私は教室に行かずともSクラスを維持できている。それほど強力なのだ。この異能は。
「鎮静化は」
私の言葉に殿下が言葉を濁す。それが答え。
「私の異能には、誰も勝てない」
悲しいくらい誰も勝てないのだ。不要な異能を持ったまま、誰かに支配されたらたまったものではないと国にかけあった。
異能を封じるか、異能に関する記憶を消去するかして、この醜い八つの能力を無くしてほしいと。
結果は無理だった。
効かないのだ。八つも異能を持つなんて貴重だと、国は私に研究の協力を要請した。私は快諾した。異能の研究が進めば、私は異能を手放し楽になれるはずだから。研究が進めば進むほど、私の異能は、誰も手が付けられないものと証明されるだけだった。
「異能に目覚めたとき、18歳ぴったりです。誕生日の日に、家族と出かけて、父親が絡まれたんです。なんていうか……お店の人に酷い態度を取るような男の集団に。助けなきゃと思って、異能が発露した」
後はもう思い出したくないし、殿下が少しでも私の身の上を把握すれば、既知の事実の復唱になる。
「そのあと、私は両親の前で自分の能力の説明を受けました。学院に入学して……」
異能に関わる職員の中には、他人の異能を正確に解析できる人間が何人もいる。私が今把握している自分の異能についてのすべては、その場で職員が話をしたことだ。
「それは……配慮が欠けていました。大変、申し訳ございません」
「殿下が謝ることじゃないです。どのみち、異能を親に隠すのは無理ですよ。それに、身近な人間が危険な存在だと
知ったほうがいい」
「貴女は危険なんかじゃない!」
殿下は扉越しに怒鳴る。そうだったらよかった。でも現実は違う。
「私は、ちゃんと、危険です」
異能学院は、異能を持つ人間を隔離する場所とも言える。理由は、異能に目覚めるのは18歳までとされているけど、実質、異能の能力が完全となるのは──その人間の最大値に到達するのは18歳とされているから。
学院の入学が18歳からなのは、高等教育卒業後と教育的な流れをそのまま踏襲した部分もあるけど、異能が最大化し、なおかつ使い方や社会適応が未熟なうちは隔離しているとも言える。
「だから、今後は近づかないほうがいい。学院を卒業したら、八つの醜い異能ごと、無かったことにするので」
「卒業……」
「だって四年間は、全寮制の暮らしである程度……国に把握されるじゃないですか。足がつきやすい。結構な人数殺さないと死刑にならないし、下手に無期懲役になって、税金で暮らすわけにもいかないじゃないですか」
だから、私は確実に、死刑になる人数を殺す。
国で裁けないような悪人を殺す。殺せると思う。殿下を狙う暗殺者と対峙して分かった。殿下を守りながら戦うのは難しいけど、一人で、どうでもいい状態なら私は何人でも殺せる。
「……だから、殿下の評判が悪くなりますよ。殺人鬼と交流があったなんて。最低目標が八人なだけですし」
「なら関わります‼」
殿下は即答し、ガチャン、と扉を開いた。
「なんで、扉が……?」
「王族特権で全室の鍵を持っています。将来的な殺人の示唆なので……緊急事態と判断しました」
「……」
私は殿下の凶行に唖然とした。殿下自身はいたって真面目な顔をしているが、異性の部屋の突入だ。正気ではない。
「前にも言いましたよね。護衛として迎えたいって、僕は、暗殺されかけたじゃないですか。貴女に助けて頂きましたが、だからこそ、貴女にそばに居ていただきたい‼」
「いや……」
殿下の言葉は合理的だが、殿下は私に守ってもらいたいというより、目の前の自殺志願者を止めたい気持ちのほうが強い気がする。だって一番危ない時、私に逃げろと言っていた。
「殿下が、希望しても、王族からすれば……問題では」
「あれから、王家にも報告しました。王家としては、学院に新しく沢山の護衛を置くことは、中々難しいそうです。異能者に強く干渉することは、のちの反発を生みかねないと」
「え……」
「国に敵対している存在は、何も国外だけでなく、国内の異能者も含まれているのです。現在異能者は国に重用されていますが、一部の過激な異能者は、異能を持たない多くの民をふるいにかけ、異能者だけの国にすべきと……活動している人間もおり、異能を持たない人間も国民として認めるという王家の考えを、甘いと……」
「それまずいんじゃないですか。っていうかそれ、また国家機密レベルの話では」
「はい‼」
殿下は勢いよく返事するが、れっきとした情報漏洩だ。こんな元気に快活に情報漏洩されても困る。
「そのため、多くの異能を持つ貴女との交流が増えることは、問題が無いと……王家として……国としては異能は絶対ですので……‼」
「異能は、絶対……」
18年生きていれば嫌でも分かる。この国は異能が絶対であると。全員が持っているわけでもないのに、持っていないからこそ、持つ者が絶対とされる。
そんな国で、殿下は異能が無い。
そんな彼が異能は絶対と話すのは、何かの自傷行為ではないのか。
「もし貴女の異能が、本当に醜いものだとしても、その異能には沢山の可能性があることを、貴女に未来があることを、私が証明します」
「……は?」
「私が、守って良かった、守りたいと思える人になります」
「別に、守りたいと思うかどうかで異能使ってませんけど」
「そんな貴女が……明日に希望を持つのが苦しい人間が、関わって良かった、守って良かったと思える人間に私がなります‼ 学院を卒業するまでに、絶対に‼ この人を守るために、生きていなければと思う人に‼ 私がっ‼」
殿下はとんでもないことを言い出した。
「有益な人間を守りたいと思ってるわけじゃないです」
「でも貴女が八人殺して死刑になる理論と同じですよ‼」
「いや……」
「だから……これから私の護衛として、よろしくお願いいたしますっ‼」
学院の、卒業までの間。
確かにその間ならば。
私は暇だし……殿下は、この間の時みたいに狙われるとしたら、危ないだろうし……。
殿下を、排除しようとする存在から、殿下を守る必要はあるわけで。
そしてこの人は、ぼろぼろ情報漏洩するし、それに異能無しに学院生活を送るなんて……どう考えても危ないだろう。
「……卒業するまでの、間。卒業後は、本当に知りません」
私は呟く。
「ありがとうございます‼ これからもよろしくお願いいたします‼」
殿下は宝物を見つけたみたいな笑みを浮かべた。
「卒業するまでの間です」
その間だけ、殿下の護衛を担う。
期限付きのよろしくお願いしますだ。
それが終われば、さようなら。私は固く誓いながら、こちらに手を差し伸べる殿下と握手を交わした。
♥……♥……♥……♥♥……♥……♥……♥
卒業するまでの間という約束は、結局果たされなかった。
理由はその後、学院に通うようになったら、私は殿下と共に学内のカースト争いおよび権威争いに巻き込まれたからだ。しかもSクラスの学内ではいくつかの派閥があり、クラス内でも序列が出来ていた。
クラス内で派閥を作る人間は皆「異能が優れた自分は何をしてもいい」という、問題児ばかりで、入学以来登院拒否で一か月学院に行ってない私がマシである。
問題児ばかりのクラスだからか、殿下は王族なのに一人ぼっちで孤軍奮闘の学園生活を送っており、殿下に巻き込まれるままに世直しもどきをしていたら、兄王子との悶着があり、国を揺るがす大騒動の末、殿下は陛下になった。
なので結果的に私が王の直属護衛という、カスみたいな異能を持ちながらとんでもない位置に昇格してしまったのである。
前に将来はあるような話を殿下にされたが、殿下が陛下になったことで、私の将来は誰が見ても「ある」と判断する状態になってしまった。
なので残念ながら登院拒否が出来たのは一か月、その四年後には連日登城どころか城に住むことになった。
八つの異能を持ったままで。
かくして私の将来計画は、ものの見事に破綻したのである。




