孤狼の回想 1
追憶があふれる。
ジーンが、ナルヴィとアリスの息子になったあの日。そして、二人を襲った悲劇……。
惑星系内シャトルでセレスへの航行中、俺たち乗員は気楽なものだった。レーザー推進の〇.〇一G加速でのんびりと進んでいたからだ。
「ナルヴィ、お前の番だ」
シャトルの狭いラウンジのなか、三人でカードに興じる。
自分のカードを見つめていた男がちらりと俺に笑みを向ける。
「自信ありげじゃないか、キース」
ひょろりと背が高く、肉付きの薄い身体に淡い灰髪の男、ナルヴィ・タキザワが言った。
「どうだかな」俺は軽く受け流す。
「キースがこんな調子のときは用心した方がいいわよ、ナルヴィ」もう一人の乗員、アリス・タキザワが茶化す、そんな穏やかなひとときだった。
今回の調査任務の目的地は、準惑星都市セレスにある星間ゲート管理施設だ。
星間ゲート自体は太陽系外縁部にあるが、制御機構はセレスに集約されている。そのセレスとの通信が途絶したのだ。
小惑星連合は『大脱出』の際、セレスを念入りに要塞化したうえで退去した。許可を持たない者には接近すら困難だろう。
そして、セレス周辺の無人自動救難システムは正常に応答しているというちぐはぐな状況だった。
セレスに何が起こったのか? それを探るのが調査の目的だ。
減速フェイズが終盤に近づきセレスはもう目前だ。
現地調査直前のブリーフィングが終わり、俺たちは雑談にふけっていた。
「ジーンはもう五歳か」
俺が話題を振る。
「そろそろ話さないといけない時期かな……」
ナルヴィが沈んだ声で返事をする。
「ええ、勘のいい子だから遠からず気づくでしょうね」
アリスの声も憂いを含んでいる。
ジーンの出自の件だ。
―― ジーンはノーザンエンドの北東約三百キロの地点にある、ポイント・ズールーの地下で偶然発見された。
ノーザンエンドと通信塔を結ぶ経路に中継拠点はいくつかあるが、このポイント・ズールーはバンクーバー・シェルターの建設以前から存在する。
太陽系事変以前、知的種族共同体『アウトノーマ』への加盟を目指していた地球連邦政府が、異星種族と共同で建設したものだ。
ジーンを発見したのは、ナルヴィ、アリス、それに俺を加えた三人。
ポイント・ズールーに定期点検のために訪れた俺たちは、地下貯蔵庫の点検を行っていた。
突然、警報音が鳴り響く。
『Emergency alert massive solar flare predicted. Evacuate immediately. (緊急警報、大規模な太陽フレアの発生を予測。直ちに避難せよ)』
壁面に警告文が表示される。
続けて合成音声のアナウンス。緊迫感を含んだ声が響く。今では使う者も少ない英語だ。
「大規模太陽フレアだと? 太陽活動が低下しているこの時代にか?」
「うーん、気象情報でも太陽に異常は無いって言ってたけど……」
ナルヴィも否定的だ。
『ちょっと来て。この警報のことを説明したいの……』
ずっと貯蔵庫脇の制御室にこもっていた、アリスからの通信。
「この警報は何?」
ナルヴィと共に制御室に入る。
そこにいたのは、目の覚めるような鮮やかな金髪の女性だ。
小柄ながら蠱惑的な肢体。耐寒服のインナー姿だ。
「説明するわ。えっとね、朝からずっとここのシステムを調べてたの」
「どうして?」
「今度、ノーザンエンドの子供たちがここに見学に来るでしょう? 安全対策について、科学部長のドナルドさんに相談したの」
「ドナルド爺さんか。口うるさいけど頼りになるよね」
ナルヴィに会話を任せて俺は聞き役に回るとしよう。
「そうしたら、ポイント・ズールーの機能を調べ直しなさいって。まだ不明な部分が多いから」
「そうなの? ノーザンエンド評議会は安全を確認したと言ってたけど」
「表面的にはね。ドナルドさんは、もっと徹底的に調査しろと要求したけど却下されたって」
「それでこの機会に調べ上げてこいって言われたの?」
「そうそう。でね、入念に調べてみたら非常脱出装置が隠されていたのよ。これが動けばもっと安全かなって、脱出装置のシステムチェックを走らせてみたら……」
「脱出装置か……誘導灯も無いから気づかなかったよ」
「本当に『アウトノーマ』的よね。非常事態にならないと扉すら見えないわ」
アリスがコンソールを操作した。
ディスプレイには貯蔵庫の構造図が表示され、貯蔵庫の四隅にある非常脱出装置が点滅している。
『System inspection in progress. (システム点検実行中)』のプログレスバーも出ている。
「これ以外にも脱出装置があるみたいなの」
表示が切り替わり『Access to the hidden chamber requires permission. (ヒドゥン・チェィンバーへのアクセスには許可が必要)』と表示される。
「私のアクセスレベルで実行したら……当然こうなったわ」
アリスがログを表示する。
『Access Denied. (アクセス拒否)』に表示が変わった。
「ヒドゥン・チェィンバーなんて興味が湧くじゃない? ハックしようとしたんだけど、すんごく強固な防壁に阻まれて……」
「すんごく強固な防壁?」
ナルヴィが繰り返す。
「私程度の知識では突破は無理ね。機械知性ならどうにかしそうだけど……。攻撃的な行為と判断したら絶対に手を貸さないし」
謙遜しているが、アリスは非常に優秀なシステムエンジニアだ。「北のウィザード」と呼ぶ者さえいる。
「その表情からすると……何とかなった?」
ナルヴィは微笑みながら聞く。
「もちろん! それがさっきの警報につながるんだけど『アウトノーマ』の緊急避難システムはね、非常事態が起こるとアクセス制限が緩和されるの。たとえば火災とかの場合ね。それでねノワールに協力をお願いしたの」
こいつだんだん早口になってきたぞ。
「ノワール? 『通信塔』を管理している機械知性の?」
「うん、最初は彼も渋ってたけど頑張って説得したわ! それで太陽フレア予告を出してもらったの。それもフレア強度X50相当の」
アリスのもう一つの異名は「MIジャンキー」だ。
彼女はやたらと機械知性の友人が多い。世界各地のシェルター統括知性とも、頻繁に通信をしている。
「X50ってインフラが壊滅するレベルだね……。ノーザンエンドくらいの大深度なら大丈夫だろうけど」
「それで予告を受けたシステムが警報を鳴らしたの。それで、もう一度アクセスしてみたら」
その時のログを呼び出したようだ。
すると、『Access Granted due to Emergency. (緊急事態につきアクセス許可)』に表示が変わった。
アリスが操作すると、再び貯蔵庫の構造図が表示される。かなり縮尺が小さくなっている。
貯蔵庫の真下にも点滅している箇所があった。
「スケールからみて貯蔵庫の五〇メートルくらい下に小部屋があるね。そこにも非常脱出装置があるみたいだ」
「こんな部屋があるなんて聞いてないわよ」
「僕もだ。しかし、どうやって行くんだろうね、この部屋」
たしかに小部屋につながる通路が無い。電力・通信用と思しき配管は表示されているが……。
「脱出ポッド用のシャフトから行けると思う。保守通路が併設されてるみたい」
「ノーザンエンド評議会の怠慢だな。通信塔への重要な中継拠点を調査不足のまま放置するとはな。どうする?」
俺も口をはさんだ。
「時間はまだあるね。調査しよう。僕たちは調査課員だからね。これも職務の範疇だ」
チームリーダーのナルヴィが決断を下す。




