ポイント・ズールーへ 1
思い出に耽るのはここまでにしよう。
「今夕、約三百キロメートル先のポイント・ズールーに到着予定。車両の点検、整備、休息をおこなう。到着までのワッチは俺が担当する」
透明セラミック窓にマップを表示しながらジーンに指示を出す。
「了解、アル。予定は頭に入ってるよ。それより少し振り回してマニューバの経験値を稼ぎたいんだけど……」
「慣熟走行か。さんざんシミュレーターでやっていた気がするが……」
「現実だと微妙に違うんだよ。体にかかる加速度変化とかね!」
ジーンはずいぶんと高揚している様子だ。初めての遠征任務、そして彼はまだ子供だ。仕方がないか。
「慎重にな」一応注意しておく。
早速、大きめの氷塊を踏んだセンチネルの挙動にはしゃぐジーン。
「大丈夫だよ、アル。だいぶ慣れてきた」ジーンが呑気に答える。
そのとき、赤外線センサーに反応が出る。
「ジーン、車高を落とせ。二時方向の氷塊の陰に隠れろ」
「どうしたの、アル?」
「赤外線センサーに感あり。八時から車両が接近」
「見えた! 装軌車両だね」
左後方、約一キロメートル先に雪煙が上がっている。履帯で氷原を疾走するとこうなる。
指示どおりジーンが巨大な氷塊の陰にセンチネルを進める。
「こちらに向かっているな。シェルター共通コードでインタロゲータをオン」
「了解……トランスポンダーの反応無し。ハブ・ジャッカーってこと?」
「断定はできんな。さあ、次はどうする?」せっかくの機会だ。ジーンの訓練に利用しようか。
「シェルター共通周波数での呼びかけだね」
ジーンが不明車両に呼びかける。
「こちら、ノーザンエンド大規模セツルメント、調査課所属、ジーン・タキザワ。接近中の車両へ、接近の意図を示せ」
応答無し、そのまま向かってくる。
「次は、警告用の発煙弾を発射するよ」
擲弾発射機から発煙弾が打ち出される。
不明車両の前方に信号煙が立ち込める。色は赤、黄、赤。これ以上接近すれば攻撃するとの意思表示だ。
不明車両は信号煙を無視して突き進む。
車両の形状が見えてきた。シェルター標準仕様のフロスト・レンジャーだ。
「フロスト・レンジャーにはIDタグが組み込まれている。インタロゲータにフロスト・レンジャーのコードを入力しろ」これはまだジーンには教えていなかったことだ。
「ちょっと待って……あった。これだね!」ジーンがインタロゲータを発信。
今度は反応有り。フロスト・レンジャーは自分宛の問いかけに反応した。
データベースに照会すると、ロサンゼルス・シェルター管区で二年前に強奪された車両だった。
「よし、対象をハブ・ジャッカーと断定。ちょうどいい、対ハブ・ジャッカー戦闘の実地訓練といこう。状況開始」
ジーンの表情から余裕が消えた。当然だ。初めての実戦なのだ。
「武装チェック。十二ミリ機関銃、徹甲弾を選択。擲弾発射機、煙幕弾装填。対地誘導弾、二基発射準備。アクティブ防護機構、オンライン」
センチネルは長距離クルーズ用のフルオプションで出発した。これは完全武装の意味を持つ。
「ドローンが先だ。すぐに上げろ」
「あ、ドローン始動、射出ハッチ開放、射出!」
ドローンが打ち上げられ、五十メートル上空で主翼を展開。ロケットモーターを点火、自律飛行を開始する。
「俺がドローンの制御を担当する」
「了解、アル。ドローンの映像が来たよ」
俯瞰映像がセラミック窓の一画に投影される。
「敵車両は一両。ふむ、武装が追加されているな」
「これは……機関銃?」
「世界連邦軍時代の20ミリ機関砲だ。骨董品だな」
ジーンがコンソールを操作する。
「画像を照合。20ミリ航空機関砲『ビースティンガー』がヒット。秒間八十発の連射能力。うわぁ……」
嫌そうな顔をしているジーンを無視、広角にズームアウトして画像を注視。
威嚇的な外観のセンチネルに果敢に向かってくるフロスト・レンジャー。何か奥の手を隠しているようだ。
案の定、センチネル後方から高速で接近してくる小さな敵影を発見。赤外線センサーに反応はない。
アイス・プレーン、四枚のブレードで氷原を滑走する、ハブ・ジャッカー御用達の機動兵器だ。
タンデム座席で乗員はむき出し、ロケットブースターを搭載。ブースターを捨てれば赤外線センサーでは捉えられない。
後席の乗員が小型対地誘導弾を構えている。不意をつくつもりだ。
「ジーン、敵の隠し玉が来るぞ。アイス・プレーン、小型対地誘導弾装備。六時、八百メートル」
ブースターを切り離し慣性で滑走してくる。時速二百キロは出ている。
「了解」
ジーンが落ち着いた声で答える。そして、思わぬ行動に出る。
フロスト・レンジャーに向け、煙幕弾を斉射。超信地旋回でアイス・プレーンに正対する。
アイス・プレーンから発射炎。対地誘導弾だ。
アクティブ防護機構が反応。ライダーの出力が攻撃モードに。誘導弾に光パルスが収束、爆散。
ちらりとジーンの横顔を見ると表情が抜け落ちている。感情を排した戦士の顔だ。
水素タービンの甲高い叫びが響く。緊急ブーストを使ったな。
猛然とアイス・プレーンに迫るセンチネル。
慌てたアイス・プレーンが進路を変える。
ジーンが天井に左手を伸ばす。補助腕操作用のアームグリップを掴む。
センチネルの操縦系統が自動的にフットペダル操作に切り替わる。
ジーンが左腕を後ろに開くと左補助腕が連動して水平に伸びる。
そのままの姿勢で緩旋回。アイス・プレーンの進路に合わせる。
すれ違いの瞬間、補助腕がアイス・プレーンの乗員をなぎ払う。
我に返ったジーンがつぶやく。
「殺しちゃった……よね?」
年相応に怯えた顔を見せるジーンに告げた。
「後悔も葛藤も後にしろ。それは生者の特権だ。フロスト・レンジャーが来るぞ」
煙幕を抜けてフロスト・レンジャーが姿を現す。近接索敵モードに戻ったライダーの警告音が止まらない。
左の補助腕でコックピットを守り ―― XR表示で補助腕越しの視界は確保されている ―― 右補助腕に十二ミリ機関銃を構える。
フロスト・レンジャーのビースティンガーが火を噴く。
Brrrrrrrrt。腹に響く連続発砲音。
続いて補助腕に甲高い命中音が響く。砲弾を跳ね返した音だ。
セラミック窓、正確には透明セラミック透過装甲に当たれば万事休すだ。ジーンが嫌な顔をした理由だ。
だが、アモルファス合金製の補助腕を20ミリ航空機関砲で撃ち抜けるわけがない。
対して、ジーンの撃った十二ミリ徹甲弾一連射十二発は、フロスト・レンジャーの防弾ガラスを粉砕した。
血煙が上がる。誰も生きていまい。
「状況終了」と静かに宣言する。
ジーンの実地訓練が終わった。




