出発前夜
ドナルド爺の言いつけどおり、真面目にシミュレーターでの訓練を続け、明日はいよいよ出発の日だ。実は『センチネル』を実際に操縦するのが楽しみで仕方ない。
ノーザンエンド建設時に導入された特殊車両なのだが、元は地上軍で使われていた戦闘車両がベースになっているそうだ。とにかく頑丈で整備性が高い。パワーもあり余るほどある。
厳重に保管されていたものを、今回の調査用に復帰させたのだ。
僕は最後のシミュレーター訓練を終え家路につく。
ここは、旧バンクーバー・シェルターの直上に増設されたノーザンエンド大規模セツルメント、住民たちは単にノーザンエンドと呼ぶけれどね。そこが僕の住む街だ。
地下二百メートルに位置する、直径五キロメートル、最大天井高百メートルのドーム型の居住施設だ。地上に続くシャフトの直上には物資搬送口を兼ねた屋根付きの整備区画がある。
今の時期のノーザンエンドは、晩秋設定なので少々肌寒い。まあ、地上に比べると天国だけれど。
天蓋パネルの夕日に照らされた町をゆったりと歩いていると、脇道から出てきた人影に声をかけられた。
「ジーン、今帰りか? ちょっと話がある」
ドナルド爺だった。
「珍しいね。シェルターから出てくるなんて」
「明日からの調査だが……」
「わかってますよ。調査を終えたらすぐに帰って来ますから。道草なんてしませんって」
「いいぞ、好きにして」
「えっ……」
ドナルド爺の返事に言葉を失った。
「行きたいんだろ。宇宙に」
もちろん行きたい。というか、宇宙に昇る手段さえ見つけたら、勝手に行くつもりだった。
「いいの?」
とまどいながら僕は問う。
「ああ、だが、通信塔の調査が終わってからだ。あそこの主は曲者だ。理由があって応答しないのかもしれん」
通信塔の主?
「それと、ノーザンエンド評議会の許可は取ってある。出張扱いだな。通信塔には自動制御の小型シャトルがある。それを使え。だが約束しろ、必ず無事に帰ってくると。定期連絡も忘れるなよ」
こんなに深刻な顔で語るドナルド爺は珍しい。いつもはガミガミ怒鳴っているだけなのに。
「どうせ、目的地はセレスだろう? 気をつけろ、あそこは何かがおかしい」
セレスは僕の両親が消息を絶った場所だ。
「どういうこと?」
「資料はセンチネルのデータバンクに入れてある。アルも知っているはずだ。自分で考えて判断しろ」
「わかった……」
「あれから九年か。お前はあいつらに似てきたな。本当に困った親子だ……」
ドナルド爺の昔語りが始まった。いつものことだが、僕の両親を話題にするのは本当に久しぶりだ。二人が行方不明になってからは初めてかもしれない。
『遺伝子流動プロジェクト』により、僕の曾祖父たちは日本のシガ・シェルターから、カナダのバンクーバー・シェルターを訪れた。なんてことはない。男手不足のバンクーバー・シェルターに、嫁探しに来たというのが実情だ。こんな時代なのに元気なことだ。
曾祖父たちは現地の女性と結婚し、この地を終の棲家と定め、婿入り道具として持参した予備の『豊穣の角』を大々的に活用してバンクーバー・シェルターを、ノーザンエンド大規模セツルメントへと拡充しはじめた。
ドナルド爺は移民組の日本人とバンクーバーの女性の間に生まれた二世だ。僕の爺様の友人だったそうだ。爺様はノーザンエンド拡張中の事故で死んだ。まだ僕が生まれる前のことだ。
僕の両親は、ノーザンエンドの調査課の職員で星間ゲート管理施設の異常を調査しにセレスに向かったが、現地での事故で行方不明になった。
かく言う僕も、両親と同じく調査課の職員だ。まだ未成年だから見習いだけどね。
シャトル事故が起きたのは僕が五歳の時のことだ。もちろん両親は生きちゃいないだろうが、自分の目で確かめたいとずっと思っていたんだ。
通信塔の調査が終わったら、ようやく宇宙に行ける。
アルにもドナルド爺の話を伝えなきゃ。




