今を生きる揮発性の私より
新緑がまぶしい季節を迎え、爽やか五月晴れが続く今日この頃。いかがお過ごしでしょうか。
文通をしてみたいという私の勝手な願いに協力していただき、心の底から感謝しています。
堅苦しいのはこの辺にして、文通を始めたいと思った理由について話していなかったので、最初に書いておくことにします。最近、万年筆がどんな使用感なのか気になりまして、自分自身へのプレゼントとして一本万年筆を買いました。思っていたよりも書くのに力を必要としないのが印象的でした。しかし、パソコンと向き合う学問を専攻しているためか、買った万年筆を使う機会というものがほとんどなかったのです。そこで、文通という万年筆を使う機会を設けることにしたのでした。
しかしながら、文通をしようといっても文通自体が初めてなので、何について書けばよいか分からず、なかなか筆が進まなかったのです。この手紙が遅れてそちらに届いくのは、このことが原因の1つでしょう。ところで、私を十八年間育てたあなたは、私が今を生きることをなによりも大切にしていることをご存知だと思います。今回は、そんな私の極端な性格が起因となった大学生活での少し変わった体験について書きたいと思います。
あれは去年の秋ごろでした。秋といっても吹く風は驚くほど冷たく乾いており、私を凍えさせたことを今でも覚えています。朝は特に凍えて、なかなか布団から抜け出せない日々だったのです。家を出て、授業を受け、大学の図書館で課題を片付けて家に帰る。帰宅後は家事を済ませた後、読書をして一日を終える。その繰り返しが続く毎日でした。バイトもせず、ただ自分のしたいことだけをする生活は、わがままな生き方ともいえるでしょう。周りの人間がどう思っていたのかは今でもわかりませんが、私自身はその生き方について特に思うことはなかったです。そんなどうしようもない生活を送る私にも友達と呼べる関係の人間がいました。名前は遠藤。同じ情報工学部に所属しており、大学の課題などに関して助け合っていました。大学での彼はいつも怠そうな顔をしていて、ときどきその憂鬱が私に感染するのです。遠藤の表情には常に不満が湧き出ていたのです。あるとき、なぜ不満そうに生きているかを本人に聞いたことがありました。しかし、彼は「別になんもないよ」とはぐらかし、不満の正体を自分から明かすことはしなかったのです。当時は遠藤が持つ不満の正体がなんなのかは検討もつかなかったですが、勉学について悩んでいたためだと今では納得しています。彼が情報工学にあまり熱心ではないような様子。そんな風景が大学では、たびたび見られたのです。普段の授業の様子を考えると、どちらかといえば、数学が好きそうでした。いざ、情報工学部に入ったはいいものの、そこでの学問がイメージしていた内容ではなかった。そのような現実のせいで彼の中に不満が湧き出るようになったのだと思います。将来に引きずられながら、生きていく。そんな言葉が遠藤を見ていると浮かび上がってくるのでした。
ある日、いつものように大学に行き、授業が始まる前の教室に入ると、そこには様子のおかしい遠藤がいました。そこにあったのは普段の不満を纏った顔ではなく、さわやかな表情だったのです。どこか吹っ切れたかのような、澄んだ目をしていました。その時私はなんだか不穏な気配を感じました。目の前の友人が別の誰かに変わってしまったような気がして、私の心が影に覆われてくのでした。なにがあったのか彼に聞こうとしましたが、その行為が禁足地に踏み込むことのように思えて、結局彼の心に手垢をつけるようなことはしませんでした。数日後、遠藤は大学に一切来なくなったのです。連絡先は持っていましたが、いざ近況を聞こうとしたとき、彼が蒸発する直前に感じた不安が再度現れ、特に連絡をしないまま日々を過ごしていくのでした。周囲の人間も彼がいなくなっても、何かを気にすることはなく、変わらない毎日がただそこにあるだけ。そんな日々が続いたためか、もともと遠藤の存在なんてなかったとさえ思えてきました。その時初めて私は世界から切り離された感覚に陥りました。人は他の人間と関係を持って生きているけど、結局自分の世界でしか生きていない。自然とこんな考えが浮上してきたのです。
彼が蒸発した背景にあるのは、私の「今を生きる姿勢」だと今では思っています。自分の心に従って、やりたいことに思う存分熱中する。そんな生き方を彼の前で晒していたために、彼自身もその生き方に憧れたのだと思いました。後に別の友人から聞いた話によると、遠藤はどうやら理工学部に転学部したそうです。振り返ってみると、これは一人の大学生が本当に望んでいる道にただ歩き始めた話で、特に教訓といったようなものは存在しないです。しかし、私自身も含めて世界は揮発性であり、時が流ればすぐに今の形を失ってしまうのだと考えることが、この出来事を期に増えました。明日は明日の風が吹くとも言いますし、今に執着して生きていくということは案外悪くないのかもしれません。
少々長くなりましたが、これにて私からの手紙を終わりにしたいと思います。吹く風も夏めいてきました。心身共に晴れやかにお過ごしください。




