結末
フーッとため息をついてエリスティアは額に染み出た汗をぬぐう。賭けではあった。だが自分はそれに勝ったのだ。達成感と安堵感が全身を包む。
「エリスティア!君は僕たちを騙していたのか?」
不意に不快な音が聞こえる。元勇者だったものの声だ。
「黙れ下郎。身の程をわきまえよ。たかが人の分際で」
エリスティアはいまだに膝をついたままの3人に向かって怒気を放ち冷たく言い放つ。見下ろす瞳は以前と変わらず金色だが、本来なら白い部分が真っ黒になっている。髪も輝くような銀髪だったものが、くすんだ色になっていた。たったそれだけの違いではあるが、醸し出す雰囲気はまるで真逆になっていた。慈愛にあふれた聖女ではなく、冷徹な死刑執行人のような雰囲気を放って威圧してくる。
「騙す騙されぬは同格とは言わずとも、少なくとも同じ盤上を争うことのできるものの間で成り立つものだ。ただの盤上の駒の分際で何をぬかす。お前は釣った魚に、罠にかかった獲物にそんな感情を抱くのか?もっともあのまま成長していれば魔王どころか私の命も危うかったがな。それ程お前達にあたえられた加護は絶大だったのだ。それをたかが色恋沙汰で手放すなど何と滑稽なことか。まあ、それで助かったのは事実だがな」
ルシアンは黙り込む。釣った魚を食べるときに、こいつ騙されやがった、なんて感情を抱いて食べるものは稀である。というか変人だ。つまりは自分たちはその程度の存在でしかないという事なのだ。そしてそれを変える手段を自ら手放したことも理解してしまう。
「しかしまあ困りましたね。私は自分のことで手いっぱいで、あなた方の今後にさしたる興味はなかったのですが……成り行きとはいえ、処罰の責任を負ってしまいました。手っ取り早いのは肉体的な苦痛なのですが、そんなありきたりのもので相手が納得してくれるかが問題ですね……一寸刻みにする、全身の骨を折る……うーん。そんなもの魔族同士は言うに及ばず、人間同士でもやっていることなので、いまいちインパクトに欠けますよね……」
エリスティアはルシアンから視線を外すと、威圧を収め、ブツブツと物騒な独り言を呟き始める。口調は以前に戻ったが、雰囲気は禍々しいままだ。どんな結論に至るのか。口をはさむのはためらわれるが、結論が出るのが恐ろしい。
「うーん。なかなかこれといったアイデアは思いつきませんね。仕方がありません。暫くは自由にしていいですよ。何か良いことを思いついたら実行します。つかの間の安寧を謳歌しなさい」
そう言ってエリスティアはトンっと飛び上がると、闇の中に消えていった。
勇者一行のその後は悲惨なものだった。3人とも無事に王都に帰り着いたはいいものの、魔王討伐に失敗した理由をはっきりとは答えられなかった。聖女と名高いエリスティアが魔族側だったなど、誰も信じてくれるはずがなかった。
それどころか、勇者一行は聖女を犠牲にして生き延びたとの噂が流れ始める。反論しようとするも上手く説明することができない。何時しか噂は本当のこととして語られるようになった。
勇者一行が以前のような強さを持っていたらまだ違ったかもしれない。だが、帰ってきた勇者一行は、出発の時とはまるで強さが違っていた。
剣の才能がまるでないものが努力で何とか剣を人並みに振るえるようになった、というレベルの元剣聖アルデリック。魔法の才能のないものが努力の結果、初期の魔法が使えるようになったというレベルの元賢者シルヴァーナ。そして、何の才能もない人間がいろいろ手を出した挙句、どれもものにならなかったというレベルの元勇者ルシアン。その程度の者を庇おうというものなどどこにもいなかった。
それでも、ラヴェルを追放した時の財産を持っていたら、世界の片隅でひっそりと暮らせたかもしれない。贅沢をしなければ、金貨1枚で1年は暮らせるのだから。
だが、勇者一行は出発前に装備やその時のノリで殆どのお金を使っていた。魔王を倒して戻ればそんなものどうとでもなるし、死んだらそもそも関係ないというのはあったが。
元剣聖であるアルデリックはダンジョンのへ潜っている途中、シェリカーマッシュルームと言われるキノコの魔物に身体を乗っ取られた。通常ならそんなレベルのモンスターに体を乗っ取られはしない。耐性があるからだ。だが、アルデリックは乗っ取られた。更に身体を乗っ取られたのに意識はあるらしい。殺してくれと叫びながらダンジョンを徘徊するようになった。あまりの不気味さゆえに、本来なら楽に倒せるレベルの冒険者も避けるようになった。なので数十年たった後も倒されずにダンジョンを徘徊しているらしい。
元賢者であるシルヴァーナは元の暮らしから生活レベルを下げられず、借金を重ね、娼館に身売りされた。若いころはそれなりに稼いでいたが、年を取るにつれ稼げなくなり、最後は評判の悪い魔術師に売られていった。その後は誰も知らない。
そして元勇者であるルシアンは路地裏で乞食をしていた。身を潜め、エリスティアの処罰に怯えながら。
ある日ルシアンの前に置かれている鉢に銀貨が入れられる。銀貨!久しくお目にかかっていなかったものだ。これで1週間は食いつなげる。ルシアンは鉢に入れた人物にお礼を言おうと顔を上げて固まった。忘れもしないそれはエリスティアだった。もう数十年がたつというのにその姿は何も変わっていなかった。
「あ、あああ・・・・・・」
ルシアンはうめき声とも悲鳴ともいえない声を上げる。恐れていた処罰が下るときが来たと思ったからだ。
「どうしたんですか?この銀貨は貴方のものですよ。心配しないで今日は美味しいものを食べてくださいね」
そう言って天使のような微笑みを浮かべる。
「エリスティア何をやっているんだ?」
裏路地の向こう。大通りの方で少女を呼ぶ声が聞こえる。
「はい。こちらの恵まれない方に施しをしていたのです」
「エリスティアは優しいな」
「まるで伝説の聖女みたいね」
そんな会話が聞こえる。ルシアンは悟った。好意の反対は悪意ではなく無関心だと。エリスティアはそもそも自分なんかに興味はなかったのだ。他の神々も……処罰?最初の方は考えたのかもしれない、だが興味のないものをいつまでも考え続けることはできない。自分が罠にかけて食った鳥のことをいつまでも覚えていないように。中には暴れて自分を傷つけた鳥もいただろう、だがそれをいちいち覚えてはいない。そんなことがあったというレベルだ。うすうすわかってはいた。だが、認めたくはなかった。そして認めざるをを得ない現実をつきつけられたとき、ルシアンはわずかに残っていた何かが砕ける音が聞こえたような気がした。
「はは、ははははは」
裏路地に乾いた笑い声が響いていた。目の焦点はあっておらず、口からよだれを流しながら笑うその乞食を、通行人は哀れななものを見るように蔑んだ目で見るだけだった。
如何だったでしょうか。面白いと思っていただけたら幸いです。よければほかの作品の読んでいただけたらと思います。




