嘆願
ルシアンは恐怖に震えながらもなんとか声を出す。
「あの……いったいどういう事なんでしょうか。僕……いえ、私たちにも分かるように説明を頂けませんでしょうか」
質問したいことは色々あるが、一つ一つ質問などする余裕などなかった。
「あなた方に分かるようにですか?そうですね……神話にもある通り私たち、あなた方に神と呼ばれるものは、二つの勢力に分かれて勢力争いをしています。この世界だけでなく無数ともいえる世界で。と言っても直接力を行使して争っていては、世界が壊れてしまいますから、それぞれの眷属に加護を与え、勢力を拡大し、その世界の支配権を握ることで一つの世界を支配します。私たちの勢力、自らを「光」と呼んでいますが、その眷属はあなた方人間族です。一方の勢力は所謂「闇」の勢力の眷属はあなた方のいう魔族ですね。相手側はそちらに加護を与えています。一人一人に力を与え底上げすることも重要ですが、時には一人に大きな加護を与えることも必要です。それが魔王や勇者と呼ばれるものです。加護を得たものはその力に応じた責任を求められますが、自ら意志によって放棄することもできます。意志無き者に力を持たせ続けるのは危険ですからね。
そして、今回その慣例に付け込んで、思考を誘導しあなた方に加護を放棄させたのが、そこにいるエリスティアと名乗っているものです。その時点であなた方は勇者、賢者、剣聖と呼ばれるにふさわしい加護を失い、魔王どころかその辺の魔物ですら倒すのに苦労する強さになってしまったのです。この世界はほぼ覇権が確立されていましたから、今回が挽回の最後の機会でした。なので、私が写し身を派遣して干渉してたのですが、先ほども言ったように加護を与えた人間が力を失ってしまったため、最早魔王に対抗するすべがなくなってしまったのです。ですが、幸運にもエリスティアは世界の所有を望みませんでした。
先ほどの申し出で、この世界はまだ我々が関与することができる事になったというわけです」
女神は淡々と説明する。
「それは何かの間違いではないでしょうか。私たちは自分の役目を放棄したことなどありません。今も魔王を倒すために旅をしていたところです」
ルシアンは必死の思いで反論する。本当に自分たちは魔王を倒すために、命がけで旅に出たのだ。もちろん功名心はあった。だが今までの説明を聞く限り、それで加護を失うという事はないはずだった。
女神は反論されたことに少し驚いたようだった。そしてしばらく考えると、錫杖を持ち上げ、トンと床をたたく。錫杖に取り付けられていた幾つもの輪がシャランと澄み切った音を奏でる。
それと同時に一人の男が女神の横に姿を現した。白髪交じりの濃い茶色の髪に、濃い茶色の目を持つどこにでもいるような中年男だった。
「ラ、ラヴェル?」
シルヴァーナが悲鳴にも似た声で名前を呼ぶ。他の二人も驚愕の表情で固まっていた。
「覚えていていただいて何よりです。この世界で私はこの姿を取っていました。この姿を覚えているなら、自分たちが何をしたかは分かりますよね?」
ルシアン達はサーッと血の気が引くのを感じた。そう、自分たちははっきり言ったのだ、ラヴェルから受けていた力はいらないと。それは、その時が、今までの会話から加護を放棄した瞬間だったとわかる。
「赦してください……」
ルシアンは力なく懇願する。自分たちが戦いに苦戦するようになったのは、魔物が強くなったからではなく、自分たちが弱くなったからだと理解したからだ。
「?何をですか」
女神は不思議そうな表情を浮かべる。ルシアンの言っている意味が分からないようだった。
「私たちがラヴェル、つまり貴方様を騙して、追放したことに関してです」
ルシアンがか細い声で話す。
「?赦すも何も、そうなったのはそこにいるエリスティアと名乗るものがしたことです。そして私の消し難い失態でもあります。あなた方に罪はありませんよ」
そう言って女神は優しく微笑む。
「では、私たちの力は元に戻していただけるのですか?」
女神の言葉にルシアンは希望を見出す。
「はい?今の力が本来のあなた方の力ですよ。正確に言えば、本来得ることのできなかった莫大な経験値によって能力は高くなっていると思いますが……まあ誤差の範囲でしょう。本当ならば得ることができなかった力として、それも取り上げるべきなのかもしれませんが、そこまでする気にはなりません。実際に魔物と戦って勝ったのは事実ですから。とはいってもエリスティアがどう思うかではあります。どうしますか?」
女神はルシアンではなく、エリスティアに問いかける。
「私は、貴方様と交わした条件以上のことは望みません。ですが、あえて言わせていただけるなら、この無礼な者たちの処罰を任せていただきたいと思います。責任をもって処罰いたしますので、他の方々のこの世界への関与を止めていただけたらと思います」
エリスティアは僅かに震える声で答える。この状況を招いたのはエリスティアである。経緯がどうあれ、それは玉座に座る「光」の神々の盟主である女神が断言した以上覆らない。であるならば、このたかが人間が神にむかって何か意見を言うなどという行為の責任が、自分に掛かりかねない。それをエリスティアは恐れたのである。事実盟主の手前、平静を装ってはいるが、自分を射殺さんとしている複数の視線を感じていた。ここにいるものは皆、盟主のもとに侍ることを許された神々だ、自分とは格が違う。
人間など本当なら何か意見を言った時点で消すべき存在。だが、相手の眷属には直接手を出さないとの盟約があるため、エリスティアははらはらしながら見ているしかなかった。そこで、どうするか聞かれた以上は撤退あるのみである。もう、自分にとって望むものは手に入れたのだから。
「そうですか。ではそのようにしましょう。そなたは無欲ですね。実に有意義な時間でした。また逢う日が来るのを楽しみにしてましょう」
女神はそう言うと、だんだんと姿が消えてゆく。姿が完全に消え去った後は、整列した神々が天上に現れた魔法陣へと、吸い込まれるようにして姿を消していく。
いつの間にかルシアン達は元の廃墟の部屋に戻っていた。周りに魔物の気配はなくなっており、夜のとばりの中、静寂がその場を支配していた。




