交渉
気が付くとルシアン達はエリスティアを除いて大理石のような白い床に跪いていた。ただエリスティアだけが皆の前にまっすぐ立っている。あれほどいた魔物はもういない。それどころか廃墟もその周りのうっそうとした森もなく、淡く光る白い床と、キラキラと輝く小さな粒子が舞う空間が広がっている。
音もなく先ほどの神々が近づいてくる。大抵のものは人の姿だが、背中に翼をもっているもの、はたまた腕が翼のもの、少数ながら人型ではない異形のものもいた。神々はルシアン達の前に整列する。正確にはルシアン達の前に両側に整列し、通路を作っている。そしてその通路のルシアン達の反対側には、いつのまにか黄金に輝く玉座が備え付けられていた。
神々が整列するとすぐに玉座の上に巨大な魔法陣が描かれ、ゆっくりと巨大な扉だけが降りてきた。観音開きの凝った彫刻が全体にあしらわれた豪華な白銀の扉だった。扉は玉座の上までゆっくり降りてくると、開き始める。そして開き終わると、霞のように消え、代わりに玉座に光があった。それ自体を直視できない程の強い光を放ちながら、周囲をかき消すわけではない。光そのものが凝縮したような存在だった。
その光が現れてから、ルシアン達は神々の神々しさをしさをあまり感じなくなり、息苦しさが消える。だが依然として身動き一つできない。なぜかはすぐに分かった。玉座で放たれる気配が強すぎて、他の気配が感じられなくなっていたのだ。まるで夜にはまぶしいほど強く輝く星であっても、太陽が昇ればかき消されるように。そして太陽を直視することなどできない。
「け、気配を抑えてくださいませ……お願いでございます。それと後ろの者たちも認識してくださいませ……」
エリスティアが息も絶え絶えに必死に訴える。
「これは失礼しました。抑えていたつもりではあるのですが、少々警戒心があったようです。配慮不足でした。それでつい先日も失敗したというのに……まったくあなたには教わることが多いですね。後ろの方々も認識しました」
鈴が鳴るという言葉では言い表せない、しかしそうとしか狂言仕様がない美しい声で答えが返ってくる。それと同時に玉座の上の光が次第に収まり、人の形になっていく。そこには美しい女性が座っていた。女性は床に届こうかというほどの長くまっすぐな青い髪、エメラルドのような瞳の切れ長の目をしていた。服装はシンプルなトーガの様なものだが、所々に金で刺繍が施されている。右手には巨大な赤い魔石を埋め込んだ錫杖を握っていた。
く、かはっと情けない声を出してルシアン達は空気を肺に吸い込む。気付きもしなかったが、今の今までルシアン達は息をしていなかったのだ。息苦しいというレベルではない。そして自分たちの前に現れた神に恐怖する。そしていやがおうにも気付かされる。少なくともこの空間において、自分たちは言われなければ気付かないほどの存在感しかないという事を、許しがなければ息の一つさえできないという事も。
「呼んでおいてなんですが、まさかご本人がご降臨されるとは思ってもみませんでした。それほどの贄を捧げたつもりはありませんでしたし」
一度深呼吸をした後、エリスティアがいつもの口調で話しかける。流石神々の寵愛を一身に受けていると言われている聖女だ、とルシアンは思う。自分は話しかけるどころか、顔を上げることさえもできない。
「それが勝者に対する礼儀というものでしょう。私を打ち負かしたものに直接会いたかったというのもありますね。そのせいで少々大仰になってしまいましたが……それで起こったこの世界に対する歪みは私の方で責任をもって対処いたします」
「お心遣い痛み入ります」
エリスティアはほっとした様子で頭を下げる。
「それで、貴方の望みは何ですか?私とおしゃべりをするために眷属を生贄にしたわけではないのでしょう?」
玉座に座った女神が問いかける。
「はい。実は先ほどの勝負を無かったことにしほしいのです」
エリスティアの言葉に女神は不思議そうな顔をして首をかしげる。
「何故です?我々はこの世界で敗北しました。この世界はすでに貴方のものです。貴方の盟主に献上すれば、序列の末端ぐらいには名を連ねられると思いますが。最後に勝負したのが私だといえば、さらに上も目指せるのではないですか?」
女神はエリスティアに疑問を投げかける。
「なんといいますか、私は元来そんなに働きものじゃないんです。序列に加わってあなた方としのぎを削りあうなんてのはやりたくないんです。確かにこの世界の魔王は強いとは思いますが、私の加護が強いのではなく、目立たないように長い年月をかけてコツコツとレベルアップした結果なんです。本当に地味にコツコツと。何と言いますか、絶対倒せるような人間を延々と倒し続けてレベルを上げたんです。働くのは嫌いですが、ルーチンワークは苦にならないほうですので。それを、下手したら0の状態から、今より厳しい世界でやり遂げるなんて無理です。あくまで私は育て上げた魔王を使って、この世界で自分の有利な状況で戦っていたいのです」
エリスティアは必死に訴える。その内容に状況に頭が白くなっていたルシアン達3人も何かがおかしいと思い始めた。
「なるほど、随分と自己中心的な望みですが、ある意味それがあなた方の特徴かもしれませんね。それでまだこの世界が闇に飲まれてなかったという訳ですか。私の失態がなかったことになるのですから、私としても異存はありません。ですが、これはいわば自らの陣営を裏切り、世界の半分を私たちに差し出したのと同じこと。あなた方の盟主は怒りませんか?」
「それを含めて、無かったことにしてほしいのです。無かったことにというか、出来れば表向きぎりぎりで引き分けたとか、そういう体裁にしていただけると助かるのですが……」
女神はエリスティアの答えを聞いて少し考えるそぶりを見せるが、直ぐに満面の笑みを浮かべる。
「良いでしょう。何かの策略の可能性も高いですが、それを考えてもあなたの提供する利益の方がはるかに大きい。貴方の願いは対価に見合ったものとは思えません、他に望みはありますか?」
女神が優しげに問いかける
「最低千年、出来れば二千年程、この世界に勇者は送り込まないでもらえると助かるのですが……それと写し身とは言え、序列にも入っていいない私のようなものに、盟主自ら乗り出すのは反則に近いのではないでしょうか……」
エリスティアが恐る恐るといった風に答える。
「そんなに自分を卑下せずとも、我々を退け続けていればそれなりに警戒されるものですよ。ですが、それもわかりました。そもそもあなたに対して短期戦を挑んでいた我々の戦略ミスですね。この世界に私は手を出さないと誓いましょう」
「それで充分です。有難うございます」
女神の返答に満足したのか、エリスティアは満面の笑みを浮かべる。ルシアン達の頭には?マークがいくつも浮かび上がる。顔を上げてどちらか何がどうなっているのか聞きたいが、先ほどから声を出すどころかいくら頑張っても身じろぎ一つできない。
「それとこれは余計はお世話なのかもしれませんが、後ろの者たちが何か言いたそうです。どうされますか?」
仲間だというのにエリスティアは突き放したようなものの言い方だった。
「それは気づきませんでした。そうですね。せっかくあなたに再会の機会をもらったのです。発言を許可しましょう」
女神がそういうとルシアン達の体が軽くなる。顔を上げると、優しく微笑んでいる女神と、自分たちを射殺そうな目で見ている整列した神々が見えた。




