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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第二章 隣国との戦争

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出立の朝(ライアス・ノエル視点)

【ライアス視点】


 出陣の朝だった。

 夜明けと共に、屋敷の外が動き始めた。


 兵たちが整列し、馬が引き出され、荷が積まれた。

 空は晴れていた。

 風もなかった。


 良い出陣日和だと、誰かが言っていた。


 ライアスは外套を羽織りながら、玄関ホールに向かった。


 グラント、ノエル、クラウスの三人が、既に揃って待っていた。


 ライアスはグラントの前に立った。


「留守を頼む」


「かしこまりました」

 グラントが一礼した。

「お任せください」


 次に、ノエルを見た。


「ベルナード嬢」


「はい」


「グラントと共に、領地を頼む」


「かしこまりました」

 ノエルが答えた。

「閣下がお戻りになるまで、しっかりと守ります」


 ライアスは少し、ノエルを見た。


 いつも通りの顔だった。

 落ち着いていた。

 それが、妙に、頼もしかった。


「クラウス」


「はい」

 クラウスが前に出た。


「不在の間の屋敷の警護を頼む」


「かしこまりました」

 クラウスが答えた。

「ノエルさんのことも含めて、しっかり守ります」


 ライアスは頷いた。


 玄関の外に出た。

 馬が引き出されていた。

 エリナが既に騎乗して待っていた。


 戦場向けの装備に身を固めていた。

 騎士としての所作が、馬上で完璧に様になっていた。


「閣下、準備が整っております」


「わかった」


 ライアスは馬に乗った。

 手綱を握りながら、振り返った。


 グラント、ノエル、クラウスが並んで立っていた。


「皆、達者でいろ」


「閣下こそ、ご無事で」

 グラントが一礼した。


「ご無事でお帰りください」

 ノエルが言った。


「絶対帰ってきてくださいよ」

 クラウスが言った。

「約束ですからね」


 ライアスは少し、その三人を見た。

 それから前を向いた。


 そのとき。

 視線を感じた。


 ノエルを、見た。

 ノエルがこちらを見ていた。

 目が合った。


 一瞬だった。


 ライアスは前を向いた。

 何も言わなかった。


 しかし、その一瞬が、妙に、頭に残った。



 出立の号令がかかる前、エリナが馬をノエルの横に寄せた。

 馬上から、ノエルを見下ろした。


 笑顔だった。

 しかし、いつもの上品な笑顔とは少し違った。


「ノエルさん」


「はい」


「ライアス様と私が帰る場所を」

 エリナは静かに言った。

「しっかりと守ってくださいね」


 ライアス様と私が帰る場所、という言葉だった。


(この人、公爵家を自分の帰る場所と言い切った)

(まだやる気だ)

(宣戦布告の続きだ)


「かしこまりました」

 ノエルは答えた。

「フォルセア様もご無事で」


 エリナが少し、目を細めた。

 不敵な笑みを浮かべた。

 馬をライアスの隣に並べながら、一瞬だけ振り返った。


 その目が、ノエルをはっきりと見た。


 ノエルはそれを、正面から受け取った。

 エリナが前を向いた。


 出陣が始まった。

 公都の大通りを、軍が進んだ。


 ライアスは馬を進めながら、大通りの両脇を見た。

 領民が並んでいた。

 手を振っている者もいた。

 声をかけてくる者もいた。


 その中に、見知った顔があった。

 孤児院の子供たちだった。

 カルロスとイルマに連れられて、大通りの端に並んでいた。


 小さい子たちが、ライアスを見て、一斉に手を振った。


「いってらっしゃーい!」


「がんばれー!」


「かってきてー!」


 ライアスは少し、手を上げた。

 子供たちの方に向けて。

 静かに、一度だけ、振った。


 子供たちが、また歓声を上げた。


 その中で、レイが一人、少し離れたところに立っていた。

 手は振っていなかった。

 しかしライアスと目が合った瞬間、レイはゆっくりと顎を引いた。


 それだけだった。

 しかし確かに、そこにあった。


 ライアスは前を向いた。

 横に、エリナが並んだ。


「領民に慕われているのですね、閣下」


 エリナが言った。

 驚きの色があった。

 以前のライアスを知っているからこそ、の驚きだった。


「……そうか」


 ライアスは曖昧に答えた。

 しかし内心では、少し考えていた。


(この半年で、見える景色が変わった)


 以前は、大通りを進むとき、領民の顔がここまで目に入らなかった。

 入っていたかもしれないが、それがどういう表情をしているか、気にしていなかった。


 今は違う。


 一人ひとりの顔が、見えた。

 手を振っている老人が見えた。

 子供を抱きながら頭を下げる女性が見えた。

 路地の端から静かに見送っている男が見えた。


(領民の生活の見え方も、変わった)


 書類の上の数字だったものが、今は顔になっていた。

 未亡人たちの顔があった。

 孤児院の子供たちの顔があった。

 カルロスとイルマとレントの顔があった。


(私は、少しは変わったのだろうか)


 領民から見て、この半年で、公爵が変わったと見えているだろうか。

 もしそうなら。


(それを、嬉しいと思う)


 そう感じている自分に、ライアスは少し、驚いた。

 以前は、そういうことを考えなかった。

 嬉しい、という感情が、こういう場面で出てくることが、なかった。


 ライアスは外套の胸のあたりに、片手をそっと当てた。

 服の上から、小さな膨らみを感じた。

 人形だった。

 昨日、受け取った人形だった。


(ベルナード嬢が、作った)


 胸の中が、少し、温かくなった。

 前を向いたまま、ライアスはそのまま馬を進めた。


 公都の大通りが、続いていた。

 その先に、戦場がある。


 行って、帰ってくる。

 それだけだ。



【ノエル視点】


 軍が、大通りの向こうに消えていった。

 最後にライアスの銀髪が見えて、それも消えた。


 ノエルはしばらく、その方向を見ていた。

 グラントも、クラウスも、黙っていた。

 静かだった。

 少し、しんみりとした。


(行ってしまった)


 そう思った。

 思ったら、少し、胸の中が静かになった。

 しんみりした。

 本当に、しんみりした。


(……閣下)


 そう思った瞬間。

 脳内の別回路が、全力で起動した。


(待って)


(馬上のライアス様、見た?)

(見た)

(戦場向けの装備に身を固めた馬上のライアス様を)

(見た!!!)


(ゲームのスチルにもあったが!!!)

(現実は次元が違う格好良さだった!!!)

(銀髪が朝の光を受けて輝いてた!!!)

(馬上でも姿勢が完璧!!!)

(なんなの!!! あの存在感は!!!!)


 ノエルは出陣していくライアスを脳内で高速再生した。

 完璧だった。

 全部、完璧だった。


 馬への乗り方も、手綱の握り方も、視線の向け方も、全部。


(そしてあのポンコツ発言だよ!!!)


(ノエル人形はないのか!!!)

(あの完璧な見た目の閣下が!!!)

(あんなことを言うから!!!)

(昨夜、枕に顔を埋めて悶えた!!!)

(我ながら気持ち悪い笑い声が止まらなかった!!!)

(今思い出してもまずい!!!)


(帰ってきたら、実物大ノエル人形を作ってプレゼントするべきだろうか!!!)

(いや、さすがにそれは!!!)

(でも、閣下がノエル人形と言ったのは事実で!!!)

(需要がある可能性が!!!)

(いや、絶対に需要はない!!!)

(でも!!!)

(しかし!!!)

(やはり!!!)


「あの……ノエルさん」


 声がした。

 クラウスだった。


「さっきから笑いが漏れてますけど、どうしたんですか?」


 ノエルは、我に返った。

 周囲を見た。


 引きつった笑みでこちらを見るクラウス。

 生暖かい眼差しで何も言わずにこちらを見るグラント。

 若干引き気味にしつつ、温い温度感の笑顔でこちらを見る使用人たち。


(しまった!!!)


(また溢れ出た!!!)


「な、なんでもありません」

 ノエルは答えた。

「風邪の引きはじめかもしれません」


「真夏ですよ」

 クラウスが言った。


「……季節外れの風邪というものが」


「ないとは言い切れませんが」

 クラウスが引き気味に言った。

「その笑いは風邪の症状じゃないと思います」


 グラントが静かに前を向いた。


「参りましょうか、ベルナード嬢」


 それだけ言って、歩き出した。

 何も言わなかった。

 しかし完全に、全部わかった上で、何も言わなかった。


 ノエルは顔を両手で覆った。


(反省している)

(猛烈に反省している)


(しかし閣下の馬上姿は本当に格好よかった)


(反省と格好よさが、脳内で共存している)

(これは収拾がつかない)


「……ノエルさん、行きますよ」


 クラウスが、呆れたような、しかし少し笑いをこらえたような声で言った。


「はい」


 ノエルは顔を覆ったまま頷いた。

 それから、顔を上げた。


 仕事を、しなければならない。

 グラントが先を歩いていた。

 ノエルはその背中を追いながら、もう一度だけ、大通りの方向を見た。


 もう、誰もいなかった。


(閣下)


 静かに、心の中でそう思った。


(必ず帰ってきてください)


 それだけだった。

 それだけで、十分だった。


 ノエルはグラントの後を追って、歩き出した。


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