表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第二章 隣国との戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/60

呼び方(ノエル視点)

【ノエル視点】


 呼び出された。


 グラントさんから「閣下がお呼びです」と伝えられた瞬間、ノエルの脳内で盛大なファンファーレが鳴り響いた。

 ファンファーレではない。警報だ。


(皆さーん!)


 心の中で絶叫した。


(あの高台で! 夕焼けの中で! 「ありがとう、ノエル」と! 私の名前を! 呼んだ! あのライアスが!)


(その後ベルナード嬢呼びに戻って涼しい顔してやがりますよー!)


(こっちはまだ引きずってるんですけど!)

(というか今も引きずってるんですけど!)


(あれは何だったんですか閣下! どういう気持ちで呼んだんですか! こっちは今でも再生するたびに体温が二度上がるんですけど!)


(そのまま呼び出しますか! 平然と!)


 扉の前で、ノエルは深呼吸を三回した。


 前世の事務員魂よ、今こそ出番だ。


 扉をノックした。


「失礼いたします」


 執務室に入ると、ライアスが執務机の前に立っていた。

 グラントも同席していた。


「来たか、ベルナード嬢。座れ」


「かしこまりました」


(ベルナード嬢だ。ベルナード嬢呼びに戻ってる。あの夜は夢だったのか。いや夢じゃない。確かに聞いた。絶対に聞いた。聞き間違いじゃない)


 ノエルは椅子に座った。

 完璧な事務員の顔をしていた。


 脳内は完璧に崩壊していたが、顔には出なかった。

 前世の事務員魂よ、永遠なれ。


「本題に入る」


 ライアスが言った。


「隣国からの宣戦布告が、正式に届いた。戦争が始まる」


 ノエルは少し、止まった。

 グラントも、静かに目を閉じた。


「閣下は、出陣されるのですか」

 ノエルは言った。


「そうだ。二週間以内に動く」


「……わかりました」


 ノエルは声を平静に保った。

 しかし脳内では、別の声が走っていた。


(ゲームと同じ流れだ。戦争が始まる。ライアスが出陣する)


「私の役割は、王太子殿下の護衛がメインになる」

 ライアスは続けた。

「殿下が指揮官として動かれる。私はその隊を率いる隊長として動く。前線には出ない」


(え)


 ノエルは少し、止まった。


(前線には出ない?)


(ゲームでは、ライアスは前線で戦っていた。指揮官として動きながら、最も危険な場所に自ら踏み込んでいた。それがゲームのライアスだった)


(でも今、前線には出ないと言った)

(ゲームと、違う)


 ノエルは平静な顔のまま、脳内で素早く計算した。


(ゲームの開始時期は、この戦争が終わった後だ。つまりライアスもアルベルトも、この戦争では生き残る。それは確かだ)


(でも、ゲームと展開が変わっている)


(変わっているなら、何が起きるかわからない)


 表向きは安心した。

 内心では、微妙な不安が小さく灯った。

 しかしそれを顔に出さなかった。


「グラント」

 ライアスが続けた。

「私が不在の間、領地の管理を頼む。領主代行として動いてくれ」


「かしこまりました」

 グラントが静かに言った。

「五十年、この日のためにここにいたようなものでございます」


 ライアスが少し、グラントを見た。


「……頼りにしている」


「は」

 グラントが一礼した。

「閣下こそ、ご無事で」


 ライアスがノエルを見た。


「ベルナード嬢」


「はい」


「グラントの補佐を頼む。これまで通り、領地の実務を回してくれ」


「かしこまりました」

 ノエルは答えた。

「グラントさんと二人で、閣下がお戻りになるまで守ります」


 ライアスが少し、頷いた。


「二人がいれば、領地は問題ない」


 その一言が、静かに部屋に落ちた。


 グラントが、目を細めた。

 ノエルは、少し前を向いた。


(閣下が、そう言ってくれた)


(二人がいれば、問題ない、と)


(それが、すごく嬉しかった)


(推しに認められた、という喜びとは、少し違う種類の嬉しさだった)


(……今は考えない。後で考える。別紙に書く)


「戦力について、一つ確認させてください」

 ノエルは言った。


「なんだ」


「王国と隣国の戦力差は、どの程度ですか」


 ライアスが少し、ノエルを見た。


「王国の方が上だ。今回の宣戦布告は、正直なところ言い掛かりに近い。隣国が今この時期に動いてきた理由が掴めていないが、戦力差から見て王国が負ける可能性は低い」


「……戦力差については、私も同様に見ておりました」

 グラントが静かに言った。

「だからこそ、腑に落ちない部分がございます。この時期に、なぜ隣国が動いたのか」


「私も同じ疑問を持っている」

 ライアスは言った。

「今は答えが出ていないが、注意は要る」


「かしこまりました。引き続き情報を集めます」


 ノエルは二人のやり取りを聞きながら、静かに思った。


(ゲームでは、この戦争の裏に何かあった気がする)

(魔人の誰かが、戦争を仕掛けていた、というセリフがあった気がする)


(でも、詳しくは覚えていない)


(覚えていないが、グラントさんの「腑に落ちない」という言葉が、妙に引っかかった)


 ノエルはそれを、今は口にしなかった。

 根拠のない話を持ち出す場面ではない。

 ただ、頭の隅に留めておいた。


 話し合いが終わって、グラントが退室した。

 ノエルも立ち上がりかけた。


「ノエル」


 ライアスが言った。


「はい」


 ノエルは少し、止まった。


(また呼んだ!)


(ノエルって呼んだ!)


(グラントさんがいなくなった瞬間に!)


(というかこれ、グラントさんがいる時はベルナード嬢で、いない時はノエルなの!?)


(何なのその呼び分けは!)


(無意識なの!? それとも意識してるの!? どっちなの!?)


(ライアスーーーーーーー!)


「……一つ聞いていいか」


「は、はい」


 ノエルは一秒で平静心を装った。

 ただし今回は、装いきれていなかった可能性が高い。


「高台の後、何か気になることはあったか」


(え)

(え???)


(なぜ高台の話を)


(もしかして)

(もしかしてあの時のノエル呼びに、閣下は気づいている?)


「いいえ」

 ノエルは答えた。

「特には」


「そうか」


 ライアスが少し、前を向いた。


「……ならいい」


 それだけ言った。


(気づいてないのか!)

(気づいてないから聞いてるのか!)


(ということはやっぱり無意識だったのか!)

(無意識に私の名前を呼んで、今もそれに気づいてないのか!)


(そして今もノエルって呼んでる! これも無意識!)

(どういうことですか閣下!)


「では、失礼いたします」


 ノエルは完璧な一礼をした。

 完璧な足取りで扉を開けた。

 完璧に退室した。


 廊下に出た瞬間、ノエルは天井を見上げた。


(あの名前呼びはなんやったんや!!!!!!!)


 声には、出なかった。


 廊下を歩きながら、ノエルは自室への道を急いだ。

 今夜の観察日誌は、別紙が何枚になるかわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ