09 女性の騎士と女騎士、ほぼ同じはずだが
マリスは男女の機微に疎い。
マリスの母は大らかな人だ。
マリスの故郷の豊かな自然そのもののような女性だ。
その分なのか、父は思慮深い人だったそうだが、マリスが生まれる前に亡くなっている。
そしてマリスの父とは双子のはずの、放浪癖のある叔父シャールも天真爛漫を絵に描いたような人だ。
母の血なのか、叔父の影響によるものか、マリスは見目を気にするとか、着飾るとか、恋とか、ときめきとか、そういうものを見えないくらい遠いところに忘れて来てしまった。
すなわち無頓着だ。
マリスの将来を心配したケビンがマリスの作法指導にあたったのでマリスは騎士にもなれたが、そうでなければ、今頃叔父と共に武者修行の旅に出ていたことだろう。
そういう細かいことに拘らない明るさはマリスの美徳だが、それが問題を大きくすることもある。
加えてマリスが王都から遠く離れた地方で育った上に王都に来てすぐに騎士になったことも今のマリスの孤立の遠因になっている。
ちょうどマリスが故郷から王都へやって来たとき、当時副隊長だったケビンは王都を不在にしていた。
そしてケビンは自分が戻るまで王都見物でもしていればいいとマリスにお小遣いを置いていってくれていた。
ケビンも母一人子一人なのでマリスと境遇が重なるところがある。
亡くなったマリスの父のこともケビンは覚えている。
そのせいかケビンは故郷にいた頃もいつもマリスを気に懸けてくれた。
そしてケビンの心遣いが嬉しかったマリスは、ケビンへ報いたいと言う熱い気持ちをドドンと沸かせて、すぐに王立騎士団へ赴きそのまま採用試験を受けたのだ。
採用試験に男女の別は、実は無かった。
志願者がいなかっただけだった。
そしてマリスは騎士になった。
マリスは女騎士枠の制度をあとから知った。
でも別に、一般の騎士枠で女性の騎士になっても、女騎士枠で女騎士になっても、大して変わらない気がマリスにはしていた。
マリスに、そう言えばまだ女騎士枠について教えていなかったとケビンが気が付いたのは、マリスが騎士の試験を受けたあとだった。
しかしケビンも、武術の力量があるマリスなら男性騎士と競っているぐらいの方がいい気がしたので良しとした。
女性の騎士と女騎士。
マリスの方は所属とか呼び名が異なるだけで、職務も少し違うが、目標は同じなのだという感覚でいた。
だからその違いをさほど意識してはいなかった。
マリスには女騎士が就かないようなより危険な仕事も割り振られる。
でも元より騎士とはそういうものだと思っていたからマリスに不満はない。
女騎士枠に関連して整備された設備のお陰で騎士団の女性たちは問題なく過ごせている。
女子階もある。
女子階には、更衣室だけでなく、シャワー室や仮眠室も整えられているのだ。
マリスもその恩恵を受けている。
訓練中、外でも脱ぎだす男性騎士に混じって気を遣うことも無くは無いが、マリスの大らかさで解決できる問題だった。
すぐ慣れた。
だから騎士と言うやりがいのある仕事に就き、充実した毎日を送っているが特定の方面には鈍いマリスには、誰かに負の感情をぶつけられるという感性が無かった。
しかし女騎士たちの方はそうでもなかった。
マリスは王都にはほとんど知り合いがいない。
当然、女騎士たちの方もマリスの人となりを知らない者がほとんどだ。
そのため、男性騎士に混じって行動するマリスに対して、実は以前から鼻に付くと感じていた者もいたのだ。
剣術大会で、信じられない失態をマリスは犯した。
なのに、その女性騎士マリスが大役を申し付かった。
そして……、ずっとくすぶっていた火種に一気に火が付いた。
その結果、王太子に対するマリスの武術指南が始まってから本来身内であるはずの騎士団内でも一部の女騎士によってマリスへの中傷が続いている。
マリスが王太子に宝飾品をねだっているとか、王太子のみならず側近の二人にまで誘惑の魔の手を伸ばし、穢れを知らない純粋な男性三人で性悪のマリスを奪い合っているなどという悪意しか無い噂を流している者がいるのだ。
投書文を見たケビンは、そういう粘度の高い考えを持つ者がいることに、気付いてなかったことを気付いた。
が、マリスには伝えあぐねている。
妹のようなマリスを傷つける言葉が書き連ねられている内容なのだ。
それにマリスが知ったところで武術指南役を今更降りることはできないだろう。
鍛錬の内容はマリスではなく王太子主導で決めているため、マリスの方で改善することも難しいのだ。
マリスに変な気負いは持たせない方が良いのではないか。
ケビンはそんな風に考えて心を痛めてている。
ともかく、マリス自身は皆が自分を睨みつけるのは自分が剣術大会でやってしまったことや身分なんかが原因なのだと思っていたし、ケビンも当初同じ考えだった。
それももちろんあるだろう。
しかし大事なのはそこじゃない。
婚約者のいない王太子の、すぐ傍どころか隙間なく体を寄せ合っているのが、若く見た目も悪くない女性であることにこそ周囲が感情的に反発しているのだ。
だが残念なことに、マリスには思い至らない。
次回「抗議に来たはずだが」




