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06 共に支え合ったはずだが


 王宮の外廊下を見目の良い若い男性が二人歩いている。

 セオドア王太子の側近の二人、フェリクスとジャスティンだ。

 二人共セオドアと同じ年に生まれている。

 王太子の側近は王太子が幼少の頃よりの側近だ。

 西の隣国への留学にもこの二人が同行した。


 濃い茶色の髪をした生真面目そうな方がフェリクスで、銀に近い金髪の自由人っぽいのがジャスティンだ。

 二人共、肩より少し長い髪を束ねて耳の下から前へ流している。

 ゼントランで王族の近くに侍る者たちが良くやるスタイルだ。


 二人は今、上質なしかし装飾などは抑えた衣服を纏っている。

 これからフェリクスとジャスティンはセオドアのために行われる武術の鍛錬に付き添うのだ。

 指南役も迎えての鍛錬だ。

 指南を務めるのは……マリスだ。

 あの、やらかした騎士、マリスだ。



 セオドアは王に許可を得て、セオドアより年下で騎士団での階級も低い、しかも己を伸した女性騎士マリスを王太子付きの武術指南役に抜擢したのだ。

 大抜擢だ。


 一応マリスにはこの話を受けるかどうかを決める権利が与えられたがそんなのは建前だ。

 これを断ることなどうっかり者のマリスにだってできることではない。

 故郷で農作業に勤しむ母のことを想えば応じる以外の返答などないのだ。



 歩みを止めないまま、ジャスティンが銀の髪を左右に軽く揺らして呟く。


「はぁーーー、今日も、あのよく分からない、男女の触れ合いに同席しないといけないのか?」

「ジャステン! 言い方!

 王妃様に聞かれたら、スクワット千回を三セット言い付けられますよ。

 多分一週間じゃ……済まないかもです」

「おお! フェリクス、それ! 全然冗談じゃないところが怖いな!

 いやもう、最近はセオドア以外そんなに鍛えてないんだから、そもそも無理だけどな。腿の筋肉をやりそうだな。膝かも……。

 そうじゃなくて! フェリクスだって、あれはおかしいって思ってるんだろ?」

「ま、まあ、そうですけど。

 セオドアが無自覚にあんなのになるなんて、誰も予想しないでしょ?

 あの人格完璧な聖人王子様が……。

 いやしかし、子供の時のこと考えたら……。

 小さい頃は王妃様の訓練が辛くて逃げ出したりとか、仮病使ったりとか……色々ありましたね」


 フェリクスは切れ長の目で遠くを見た。

 彼の眼鏡の銀縁がきらりと光る。



 セオドアとこの二人はセオドアが王太子になる前からこれまで様々な困難を一緒に乗り越えてきた。

 その困難のほとんど全てが王妃ナターリエから出される課題だった。


 ナターリエは西の隣国の王女として生まれたにも関わらず、武芸者だったナターリエの祖父に教えを受けて武術にのめりこんだ。

 祖父の遺伝なのか素質もあったらしい。


 今もなんとかいう剣の英雄だか神様だかを心の師として崇めているとフェリクスの母から聞いている。

 王妃はその絵姿か何かを秘密の小さな宝箱に入れて大切にしているらしい。

 まるで可憐な少女のような話だ。


 フェリクスの母はナターリエがゼントラン王国に嫁いできたその日からナターリエの侍女を務めていた。

 そんな王妃の秘密を王妃付きの侍女が口外してはいけなかったのだが、フェリクスの母は自分が亡くなる間際にこんな微笑ましいエピソードを伝えてナターリエの人となりが筋肉だけで構成されていないことをフェリクスに伝えたかったのだ。


 しかし母には悪いが王妃の神様も結局筋肉だ。

 そういう話だとフェリクスは思っている。

 そう思うだけのことをフェリクスとジャスティンそしてセオドアは体験してきたのだ。



 武闘派のお姫様だったゼントラン王国王妃ナターリエは息子であるセオドアを産んだあと、セオドアが幼少期の折に、自ら彼に武術を手ほどきした。

 その際ナターリエは、千尋の谷に我が子を突き落とす育児法でセオドアを鍛えたのだ。

 言葉通り、セオドアは古井戸に落とされて自力で這い上がらされたこともある。

 フェリクスとジャスティンもしっかり巻き添えを食う。

 逆立ちの継続時間がセオドアの半分でよかったとしてもだ。


 セオドアは……正直ついていけなかった。

 辛かった。

 度々逃げ出すがナターリエに連れ戻されてはお仕置きの腕立て伏せをやらされていた。


 セオドアは痩身の父に似たのか筋肉が付きにくい体質で幼少期は特に小柄で非力だった。

 それでも毎日の鍛錬で鍛えられてはいたがナターリエの理想からは遠かった。

 セオドアにとって幼少期の記憶は「艱難辛苦」一色でほぼほぼ塗られている。


 辛い、辛かった。

 セオドアの子供時代はそんな日々だった。

 フェリクスとジャスティンが居たから耐えられた。本当にそう思う。

 三人は支え合って乗り越えたのだ。


 成長に伴って王妃の要求にも段々と応えられるようになってきた。

 セオドアの勉学や執務の時間が増えるに伴い鍛錬は減らされ、セオドアが立太子する頃には王妃も手を引いた。

 ただセオドアの鍛錬は今では本人の意向もあって続けられている。




 フェリクスとジャスティンは王太子の執務室前に着いた。

 扉を警護する騎士が二人の到着に合わせてさっと両脇に寄る。

 フェリクスが扉をノックした。

 中から「どうぞ」と返答があり騎士が扉を開けてフェリクスが入室した。

 ジャスティンは面倒なので扉の前で待った。


「王太子殿下、時間です。マリス先生は既に応接間にいらしてます」

「フェリクスありがとう。すぐに行こう」


 王太子の執務室で書類を見ていたセオドアは榛色の瞳を上げてフェリクスに軽く微笑んで応じたあと、すぐに立ち上がって部屋を出た。

 既に動きやすい服装には着替えてある。


 武術指南を受けるのは週に三回。正午からだ。

 現役騎士の貴重な時間を割いてもらっているのだ。

 待たせてはいけない。

 走ることはしないが長い足で早歩きになってセオドアは応接間に向かう。

 フェリクスとジャスティンはセオドアの気が急いていることに顔を見合わせて、こちらは小走りで追従した。

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