01 想いを伝えたはずだが
第二編の最初のお話です。第一編の続きになります。
第二編は、第一編で書ききれなかったエピソードと、新たな登場人物も入れて、お話が進みます。
第一編の最後で踏み込んでしまったセオドアはどうやら失敗しますが、周囲の恋愛事情には様々な展開が見られます。
「いいかいマリス、心して、聞くように。
今のは、私からの、王太子からの、純然たる、『嫌がらせ』だ。
そして、私はこれからも、これから先ずっと、ずーーーーっと、マリスに『嫌がらせ』をする。
今後、私の君への『嫌がらせ』は、こんなもの、では済まないからね。
覚悟して欲しい。
私の決意は、君への想いは、こんな生半可なものじゃない。
そして、忘れないで。君に『嫌がらせ』していいのは、未来永劫、わたし、だけだ。
いいね?」
快晴の予感漂う、遅い朝の時間。
ゼントラン王国の、王城の、回廊の、曲がり角が連続している辺りの、ひと気の無い、その場所。
そこに、王国の王太子にして、生きとし生けるものの理想形と言われる、人格・容姿・武術・勉学・その他諸々全てが、大変、とっても、もの凄く麗しい、と言うセオドア殿下と、平民出身である小娘のマリス騎士が居る。
そしてセオドアは、自分の想いをあらぬ方向に発動させて、マリスに『嫌がらせ』を宣言したところだ。
マリスは、一人しかいない、セオドア直属の専任騎士だ。
専任騎士とは、ひと月ほど前に、セオドアたっての希望で作られた、マリスのためだけの役職だ。
想いを寄せるマリスをそばに置くために、セオドアは国王の許可を得て、これを新たに設けたのだ。
他に何人もいる王太子の護衛騎士は、「王の為に王太子を護衛する」騎士であって、マリスのように、「王太子の為なら王にも歯向かう」立場の人間は、この国にはマリスしか存在しない。
とは言え……とは言え。
マリスが前職の王立騎士団を辞して、危うく遠い故郷へ帰ってしまうところだったのを、自分の傍に引き留めることには成功したセオドアだが、マリスの気持ちはまだまだ引き寄せることが出来ていない。
残念ながら。
セオドアは、マリスを一過性の恋愛対象として扱いたくはない。
けれどそのために、自らの枷である王太子と言う立場を、無責任に投げ出すなんてことも、したくはないのだ。
だからこそ、身分差のあるマリスとの未来を確立する方法を考えている。
簡単なことではないとセオドアも覚悟している。
それでも、どうしても、マリスがいいのだ。
ひと月ほど前に、マリスへの想いを自覚したセオドアは、その想いが日々強くなる自分を持て余してしまうほどだ。
マリスは、セオドアより二歳年下で二十歳。
つい最近まで王立騎士団に所属しており、王都の警備のみならず、災害復旧現場での活躍や、東の王国との小競り合いでも功績を上げたと言う期待の騎士であった。
正確に言うと、その評判は『花形女性騎士』から一旦、醜聞まみれの『やらかし騎士』にまで落ちたが、とにかく、マリスの武芸の腕前は、幼少期から武術の道を究めてきたセオドアを、「剣術大会で一撃で伸してしまう」ほどのものだ。
つまり滅茶苦茶強い。それがマリスだ。
なのに、特定の方面にだけは、極端に鈍い。それが、マリスだ。
そして今、その強いマリスの鉄壁の間合いに、セオドアはがっつり入っている。
セオドアはマリスに向かい合い、なんなら、息がかかるほどの距離に居るのだ。
今しがた、マリスはセオドアから「百数える間動かないで」と言い付けられてしまった。
マリスは言い付けを守って身動きが取れない。
拳を握り締め、必死に、耐えている。そして、混乱している。
(%ー! %ー! %ー!)
どうして、こんな事態になったのか。
己が太陽のごときと評されるセオドアにとって、今は、マリスが、マリスこそが、セオドアの太陽そのものなのだ。
しかしそのことに、マリスは一切気が付いてくれない。
それどころか、いつまで経っても、セオドアのことを『王太子殿下』と役職名でしか呼んでくれないのだ。
だから、セオドアは思わず勢いに任せて、マリスに動かないように言った上に、「私だけの太陽」などと自分の想いをぶつけてしまった。
少なくとも、王太子という役職では無く、一人の男として意識してもらいたいと思ったのだ。
なのに! 事態に付いていけないマリスは、つい口にしてしまった。
『あ、あのー……まさかと思いますが……これは『嫌がらせ』では、ない、ですよね?』
もちろん、マリスだって、大変に動揺していたのだ。
セオドアはしかし………全然分かってくれないマリスに、分からせたいと、更に踏み込むことにした。
と言うか、思わず衝動的に、自分の掌に載せていたマリスの艶やかな癖の無い黒髪に、口付けをしたのだ。
そうしてセオドアは、冒頭の『嫌がらせ』発言をするに至った、のである。
人格者王太子による『嫌がらせ』?
未来永劫って……
マリスはこれからも『嫌がらせ』を受け続けねばならない、のか?
そもそも、『嫌がらせ』って? ………いったい、何の何?!
真っ赤になって動けないマリスが、なにか言葉らしきものをつぶやいた。
「……っっっ……」
(……マリス……可愛いすぎる…………)
セオドアは、赤くなったマリスが愛しくて、抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。
マリスの髪には触れているが、ぎりぎり、体温を直接感じることは堪えていたのだ。
それにしてもマリスは、何かを応えようとしている?
「マリス?」
セオドアの右手が、触れていた髪を落として、マリスの肩の方へと動き出そうとした。
「い、い、い、いやい……」
マリスがようやく聞こえる声で言った。
(……いや? イヤ? 嫌って? 嫌だった?!)
こちらも真っ赤だったセオドアが焦る。
しまった。どうしよう!
そうだ。
セオドアは、マリスの唯一の上司なのだ。
そのセオドアがマリスに「百数える間動くな」と指示したら、素直なマリスは従うしかない。
冷静に考えたら、セオドアは、王太子の権力を傘にきて、動けない女性に無理矢理キスしたのだ。
「マ、マリス……マリス! あの、済まない、その、ど、どうしよう……」
とうとう、セオドアまで狼狽え出した。
マリスは、ますます、どうしていいか分からない。
もう、とにかく逃げよう!
百はとっくに、数え終わった!!
と、回廊から庭に出た健脚のマリスは、もの凄い速さでセオドアの視界から消えてしまった。
セオドアはどうしていいか分からず、しばらく、マリスの去って行った方向に片手を伸ばしたまま、ちょっと素敵な銅像のように固まっていたが、そのあとフラフラになりながらも、なんとかして王太子の執務室前まで戻ってきた。
そして、心を落ち着かせようと、執務室の扉の前で待機していた護衛の騎士にお茶の用意を頼んだ。
その騎士は言った。
「かしこまりました。すぐに用意いたします。
それから、マリス騎士からこちらを預かっております。どうぞ」
セオドアが渡されたのは一枚の書類。
マリスの古巣である王立騎士団の書式で書かれたものだった。
それに承認印は押されていない。
押印するのはセオドア本人だからだ。
そして、書類の内容はマリスの休暇届けだった。
休暇の期間は、開始日が本日、終了日が空白、となっていた。




