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54 辞めたはずでは

 ゴルド(元)王太子との面会のあと、セオドア王太子は王城内を歩いている。

 そして、そのすぐ後ろに付き従っているのは、マリス騎士だ。


 ゴルドはしばらく、ゼントラン王国の王城で幽閉される。

 東の隣国に対する人質……にはならないようだが、一般の罪人と同じ扱いにするのも難しい。

 しかもまだ若い。


 それにしても、なぜマリスは王城にいるのでしょう。


 マリスは襲撃事件の関係者の一人だ。

 だが、マリスは一介の平騎士ではなかったか。

 王太子であるセオドアと一緒だったから許可が出たのかもしれない。

 しかし本来ならば、特別な牢に収容されている囚人に会うことなどマリスには難しいはずだ。


 しかもだ。そもそも、マリスは指南役も騎士も、辞めたはずでは……?


 マリスは指南役を辞した。王立騎士団も辞した。

 だから騎士と言う称号は無くなって、ただのマリスになるはずだった。

 ところがだ。未だにマリスはマリス騎士だ。


 王立騎士団の騎士と言うのは、王のため、そして王国のために、その剣を振るう者の集団である。

 対して、マリスは今、たった一人の為にマリスの能力を使う立場に在る。

 その一人とは、ゼントラン王国の次代の王、王太子セオドアだ。


 セオドアは、王都郊外で早朝に起こった事件のあと、さすがに疲れて馬車で王城に戻って来たが、馬車の中で何か考えていたようだ。

 戻るとすぐに、ずっと寝ずに起きていた王に言って、王太子のための新たな役職を設ける許可を得た。

 王は、なんだか睡眠不足のせいか、浮かれている? ぐらいに見えた。

 えーと……王は完全に浮かれていた。

 なのでとにかく、セオドアは許可をもぎ取った。


 それが、王太子直属の、王太子専任の、王太子だけの、騎士の役職だ。

 王太子の王太子による……だ。

 その上でセオドアは、マリスの、武術指南役退任と王立騎士団辞職を認める書類に王太子自ら押印し、続けて、王太子の専任騎士にマリスを就ける書類にも判を押した。


 王太子を護衛する騎士は複数人いる。

 王立騎士団から常に配備されている。

 当然だ。

 とは言え、彼らは王太子の直属ではない。

 そして王太子の護衛と言っても、あくまで、「王のために王太子を守っている」という立場の者たちだ。

 しかしマリスは今、王太子のために王太子を護衛する騎士になったのだ。

 なんなら、王太子のためなら、王に剣を向けるぐらいの役職にマリスはいるのだ。


(こ、れ、は、『嫌がらせ』……じゃないよ。ね?)


 マリスは自分に言い聞かせる。

 一応セオドアは、専任騎士への着任について、マリスに断るかどうかを尋ねた。

 シャールもだが、マリスも、罰せられてもおかしくない立場にいたのだ。

 これを断ることなど、うっかり者のマリスにだってできることではない(再)である。

 それにしてもだ。

 これが、万が一嫌がらせだったとしたら、マリスは特大の罠に嵌ってしまったことになる……



 ともかく、王太子直属の専任騎士になったと言っても、マリスの職務が大きく変わったわけではない。

 護衛の仕事は、基本的に要人警護と同じだ。

 指南役という立場ではないが、結局、王太子と一緒に武術鍛錬もやっている。

 目立って異なるのは制服の色が変わったことぐらいだ。

 マリスの制服は薄茶色だ。(はしばみ)色とも言う。

 この色を纏っている騎士は、マリスの他には居ない。


 セオドアは、王太子の居住区内にマリスの部屋を用意すると言い出したが、マリスはティーガー騎士団団長に言ってもらって断った。

 ティーガーも「まだ早い」と言って、セオドアを説得してくれた。

 「まだ」と付いたのが気になるが、とりあえず助かった。

 マリスへの苦情文がまた増えるところだった。


 ところでだ。

 マリスへの苦情・抗議その他諸々だが、これまで一手に引き受けていたケビン隊長のところには届かなくなった。

 ここしばらく、マリスはケビンには会えていないが、苦情文などを運んでいた騎士団総務部の文書管理担当が、嘘みたいに仕事が楽になったと言っていた。

 マリスの勤め先が変わったのでそれが原因かとも思ったが、王太子のところにも来ていない。

 さすがに王太子に抗議文を送りつけるうっかり者はいないのか、とも思ったが、それとも違うようだ。


 城下で、マリスは石だの泥だのを投げられることが無くなった。

 それどころか、果物とかお花なんかをくれる人が結構いる。

 なんでも、前にタチアーナと行ったカフェの女性店員が、商工会の会頭の孫娘だったそうだ。

 その女性店員もそうだが、タチアーナに会ったことがあるという会頭もマリスに大変感謝しているとかで、城下の商店街を中心に、マリスに泥を投げるような行為は絶対止めるようにと通達が出たらしい。


 一方、貴族からの苦情も一切無くなった。

 こちらの方は、エゼルセフ公爵家から各貴族家に対し、お願いと言う名の指令が下されたらしい。

 その文面には、シレーヌによる体術についての簡単な説明と鍛錬の重要性についての記載もあったそうだ。

 シレーヌは、妹君や侍女と協力して、大量の手紙を書いてくれたらしい。


 女騎士たちはどうだろうか……

 最近、マリスは女子階に入る機会が無くて、彼女たちの近くには行っていない。

 ただ、昇進したサーラ隊長が、会うたびにマリスに話し掛けてくれる。

 サーラは周囲に見せつけるようにして、マリスへ親し気に接するのだ。



「お疲れ様です」

「おつかれー」


 マリスとセオドアが王城の回廊に差し掛かったところでフェリクスとジャスティンがやって来た。


「フェリクス、ジャスティン、こんにちは!」

「マリスは、このあとのシャール様のに付き添わないんだって?」


 ジャスティンがマリスに尋ねた。

 今日、シャールは国王に拝謁するのだ。

 なんだかシャールには名誉なことが起きるらしい。

 シャールは困惑を隠さなかったが、でも、知らなかったとは言え、王太子を襲撃した賊の武術指南をしていたことで、後ろめたさが有って話を受けるらしい。

 名誉なことなのに渋々受けるというのがシャールらしい。


 少し話しただけで、フェリクスとジャスティンは、今日は忙しいと走るように行ってしまった。



「マーリス!」


 今度はタチアーナ王女がやって来た。

 タチアーナの後ろにグレタも居る。

 タチアーナは、セオドアの横をすり抜けてマリスに抱き付く。

 ギリリっという何かが噛むような音がマリスの耳に聞こえた。


 タチアーナは、今日このあと、ゼントラン王国内にある修道院へ向かう。

 侍女のグレタと一緒にだ。

 ゼントランでの取り調べで、タチアーナの違法薬物疑惑は晴れているが、西の隣国での調査は終わっていない。

 タチアーナが西の隣国へ戻ったあとに、万が一にも投獄や処刑が先行しないよう、しばらくゼントランに留め置かれることになった。


 タチアーナの父、西の隣国の王も、それを望んでいる。

 父王は今度こそきちんと調べて正しい処断を行う覚悟だ。

 ゼントラン王国のステファン国王も、自分が子供時代に幽霊王子として扱われていた過去を考えると、タチアーナのことを他人事だとは思えず、ゼントランでの一時預かりを二つ返事で了承している。


 修道院は王都からは遠い。

 マリスとタチアーナはしばらく会えなくなる。

 タチアーナは、既に泣いている。


「ターニャ、大丈夫。必ずまた会えるから。元気にしていてね。

 そのために、毎日少しずつでも運動をした方がいいわ。

 頭もスッキリするしね」


 それを聞いてタチアーナが、微笑むみたいに笑った。

 とても美しい笑顔だった。

 マリスも短い間だったが、タチアーナという王女が実は、人の悪口を聞くのが嫌いなこと、楽しいことを周りと共有したいと考えていることに気が付いていた。

 だから、別れが寂しい。


「マーリス、体操とかはやるけど……一緒に塔の上から降りてくるのは絶対無理だからね」


 タチアーナが再びマリスを抱きしめて、去って行った。

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