51 上手くいったはずだが
騎士団の馬車の、丈夫に作られたはずの扉が少々壊れてしまった。
その壊された扉から、扉を壊した張本人のセオドアが出て来た。
馬車を降りながら両腕で伸びをして、皆に自分の無事を示している。
汗をかいているが、爽やかに、爽やか過ぎる笑顔を湛えて登場した。
ちょうど、朝焼けの空の端から眩しい日の光が差す。
でも、ゼントラン王国民にとっての太陽は、セオドア王太子その人自身だ。
その場に居た精鋭の騎士たちも涙を流してセオドアを見ていた。
そう!
セオドアはマリスに骨を折られたりしていない。
どころか、何かの苦痛を与えられたりしていない。
精一杯、顔の筋肉を収縮させて脂汗を出し、恐ろしい痛みに苦しむ声を絞り出し、マリスと呼吸を合わせて、マリスの作戦に従っただけだ。
セオドアは、まだ震えて泣き声すら上げられないで地面に座っていた幼い子供を抱き上げた。
邸の中から外を見守っていた使用人たちが駆け寄って来る。
少年の父親らしき男性が、セオドアから少年を受け取った。
人質にされていた子供は、やっと声を上げて泣き出した。
良かった……
そして、使用人達は……なぜか、真っ二つに割れた野菜なんかを、それぞれ手に握り締めている。
「なるほど! それで音出したんだね」
セオドアが感心したように使用人たちを眺めた。
そうなのだ。
使用人たちはマリスの指示で、マリスの掛け声に合わせて、野菜や乾麺なんかを一気に折った。
そうやって、セオドアの骨がどうにかなっていると思わせるような恐ろしい音を出したのだ。
マリスは使用人達が待機する部屋の扉の近くにセオドアを移動させていた。
予め扉を少し開け、厨房にあった鍋も並べて、音を直接廊下に響かせる工夫もしていた。
時間の無い中でやったが、使用人たちは、人質に取られた子供をなんとか助けたいとマリスに全面的に協力してくれた。
とにかく、マリスは素早く行動した。
音の発生源がセオドアの位置とは異なることや、音自体が偽物であることなどを、あの場に居た人たちに冷静に判断させる余裕を与えなかった。
マリスはセオドアにも何も言わなかった。
セオドアが子供の頃に王城で見た曲芸師の出し物のことは、武術の鍛錬の参考になればとマリスにも伝えられていた。
セオドアは関節を使った曲芸師の技をこっそり練習していたのだ。
あれを今やる、というメッセージは目くばせなども含めて一切伝えないまま、でも、それでも、絶対伝わると信じた。
だって、それだけの時間を共に過ごしたのだ。
鍛錬と言う時間を、武芸を高め合う時間を、精神を寄せ合って共に過ごした。
だから、行ける! とマリスは踏んだ。
同時に、行ける! とセオドアも読んだ。
ゴルドに見せつけるように、セオドアのシャツの袖をめくって、そのあとさりげなくシャツを戻して、フリがバレないように気を使った。
セオドアの脂汗も効果ばっちりだった。
ところで、マリスは大急ぎで準備をしたので少し息を切らしたが、とりあえず元気なようだ。
セオドアは気になっていたことを尋ねた。
「マリス、体は辛くない?
ゴルド王太子が言ってたんだ。マリスに何かの薬が入ったワインを飲ませたって。
話の感じだと睡眠薬のようなものだと思うんだけど。ふらついたりしていない?」
「大丈夫です。そうなんだ。薬入っていたんですね。
でもワイン飲んでないです。一滴も。だって、職務中ですし……」
マリスは、ワインの瓶を寝室の扉の前に置いた家具の上に載せていた。
侵入者が入ってきたら瓶が倒れるので、それで即座に気付けるように備えたのだ。
中身は飲んでいなかった。しかし。
―― いや、マリス。職務中に……寝てたよね。
薬入りワイン飲んでなくても寝てたよね。
疲れてたのはそうなんだろうけど、襲撃犯の隠れ家でグウグウ寝てたよね。
「あはは、……大丈夫です。とにかく元気です!
殿下は、さっき私が引っ張ったところ痛くないですか?」
「うん! まったく問題ない。私も元気一杯だ。
我々の策が上手くいって、本当に、嬉しい!」
そう言うセオドアの目の下にはクマがくっきり浮かんでいる。
セオドアは一睡もしていない。
マリスは快適なベッドの上でぐっすり眠ったが……
なんだか、セオドアが無理をしている気がして、マリスの両方の眉尻が下がった。
(セオドア殿下は大丈夫かな?)
なんだか、ちょっと、これまでにない空気が、マリスとセオドアの間に流れる。
「マリス、あの、マリスが無事で、本当に私は……」
セオドアがマリスの方に少しだけ近付いて、そして何かを言おうとしたそのとき。
セオドアめがけて何かが飛んで来た! 矢だ!
マリスは咄嗟にセオドアを庇う。
今、マリスは剣を持っていない。素手で対応できるか。
しかし、矢はセオドアまで届かず、かなり手前で落ちて地面に刺さった。
「おーいマリス、邪魔して悪いが、こいつ捕まえた」
矢が放たれた茂みからシャールが黒装束の男を引っ張って出て来た。
矢を放つ直前にシャールが拘束したようだ。
「大変申し訳ないんだけども、こういう、ひと段落ついたときに茂みから敵を狙うと良いよって、俺が教えたんだよね………だから見回ってた」
シャールは鍛えられた体躯を小さくして言った。
マリスは今度は眉をひそめた。
シャールは知らなかったとは言え、まさしく、このゼントラン王国に弓引く輩に武術を指南していたのだ。
マリスはシャールの横に立ち、セオドアに対峙して深く頭を下げた。
「王太子殿下、この度のこと、大変申し訳ありませんでした。
ここに居るのは私の叔父です。
叔父はそうと知らずに賊の剣術講師をしていました。
それから、私も、フリだとしても王太子殿下の御身に傷を付けるという大罪を犯しました。
私は殿下の武術指南役と……それから王立騎士団を……辞します。
それではお許し頂けないかもしれませんが、どうか寛大な処置を頂きたく存じます」




