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50 悪魔のはずだが

 マリスのとんでもない発言に、ベテラン騎士で編成された先遣隊は眩暈で倒れそうになった。


 確かに。

 今求められるのは膠着状態からの突破策だ。

 非情な手段も必要かもしれない。

 セオドアに薬物を投与されるなどと言うことよりは、骨ならいつか治ると思えばマシかもしれない。

 その薬物にしてもマリスの機転で処分されたらしいのだ。

 あの、王太子の経歴に傷を付けた憎々しい女の騎士にしてはよくやったと、褒めてやっても良いぐらいだ。

 この現状を崩すのに、マリスの言うことは一理あるかもしれない……


 それでも!


 王太子の、セオドアの、骨を折るなんて……!


 ゴルドの方も、マリスの言うことに返事をしなかったが、今、双方が睨み合って動けない状況だ。

 やはりマリスの言うことも理に適っているような気がしてくる……


 いや!


 それにしても、ゴルドが言うのもなんだが、マリスと言う騎士は容赦が無さ過ぎではないだろうか?


 とにかく、騎士たちとゴルドがあまりのことに動揺する間も無いまま、マリスはささっとセオドアの傍に寄った。


「や、やっ、やめ……」


 と、皆がどうしていいか分からず、もう叫び出すしかないような瞬間。

 マリスは、素早い動きでセオドアを引っ張って少し移動させ、しゃがませてから片腕を上げさせて、セオドアのシャツの袖を肘までめくった。

 セオドアはマリスに腕を掴まれてされるがままだ。

 マリスはセオドアの腕しか見ない。

 セオドアもマリスの方は見ないで、目をギュッと閉じて歯を食いしばっている。

 マリスは、間髪入れずに、掛け声のような言葉を叫んだ!


「いきますよ! サン、ニィ、イチ、とぉおーっっ!!」


 同時に、恐ろしい、本当に恐ろしい、音が響いた。

 骨が、骨が、セオドアの骨が……ぁぁぁあああああ


「ぃいうぐぅーーっ!」


 セオドアの声なのか、絶叫のような声も響く。


 咄嗟に、歴戦の騎士たちはもちろん、離れたところにいた人質の子の父親も耳を塞いだ。

 ゴルドも、人質の子供の頭に自分の耳を付けて、できるだけ耳を塞いだ。

 人質になった子供もわけが分からないが、とりあえず、地獄絵の中に自分が入っている恐ろしさに目を瞑った。

 それでもゴルドがギュウッとくっ付いてきたので、倒れずに済んだ。


 音と声は、本当に凄かった。

 そして、セオドアは、セオドアの腕は。

 ………………今、あり得ない方向に曲げられている!

 (さば)かれた鶏のようになったセオドアは、顔から脂汗を流し、その顔は苦悶の表情に歪んでいた。


 マリスは、本当にやったのだ。

 躊躇せずにやってのけた。

 なんて恐ろしい女なんだ。

 いや女とか言う前に人間の皮を被った悪魔だ。

 生ける拷問だ。


 ゴルドは(おのの)いた。

 騎士たちも慄いた。


 セオドアは、足はなんとも無いはずだが痛みで動けないようだ。

 マリスに支えられて立ち上がったが、やっと立っているといった状態だ。

 苦し気な息をしている。

 マリスは真剣な面持ちでゴルドに告げる。


「ゴルド、一緒に来て。

 外に騎士団が来てるから、その馬車を使おう。

 それで、馬車にセオドア君を乗せるから、ゴルドとその子も乗って。

 でもその子は馬車を出す前に返してよ。それで御者に言って馬車で好きな所に行けばいい。

 適当なところで馬車ごとセオドア君を捨てればいいよ。ね?

 それでいいよね? ゴルドくん!」


 ゴルドはもう、マリスに従うしかない。

 この黒髪の化け物には恐怖しか感じない。

 ゴルドの父王も恐ろしい人だが、もっと怖い人間がこの世にいたなんて!

 いや、こいつは悪魔だった。

 少なくとも地上の生き物である父と同列に語ってはいけなかった。


 今度はゴルドが目眩で倒れそうになったが、それでも、必死に人質を抱えて、ゴルドはマリスになんとか付いて行った。



 外には、先遣隊を待つティーガー騎士団団長たちが待っていた。


 その皆の前に邸内から、先遣隊で入った手練れのはずの騎士たちが、ある者は茫然自失、ある者は沈痛慷慨(ちんつうこうがい)、またある者は阿鼻叫喚のままの表情で、出て来た。


 そして、なんということだ。


 その後に、我らがゼントラン王国の輝く太陽、セオドア王太子殿下が、支えられるように、なんとか歩いているという状態で息も絶え絶えに邸から出て来た。


 先ほどめくられたシャツはマリスによって戻されていて、腕がどうなっているのかが、よくは分からない。

 しかし、先ほどの現場にいた者であれば、恐ろしくて直視できないだろう。

 とにかく、セオドアは額から大量の汗を流して痛みに耐えるような苦悶の表情を浮かべている。

 気の弱い者なら、その顔を見ただけで卒倒してしまいそうだ。


 しかもだ。

 王太子の腕を乱暴に掴んで寄り添っているのは、あの、アレの、あのマリス騎士だ。

 こちらは、神妙な顔をしているが、何を考えてこうなったのだ。


 しかもしかも、見たことの無い、赤毛のキノコ頭で白い服を着た、ずんぐりした少年のような男とその男にナイフを突きつけられた幼気(いたいけ)な子供まで現れた。

 ナイフで脅されている子供は分かるのだが、何故か、脅しているキノコ頭までが、共に絶望したような面持ちをしている。


 もう、情報過多過ぎ!!



 一番落ち着いているマリスが、ティーガーに言った。


「馬車と御者を用意してください。

 これから、こちらの御方が逃亡されます。

 おかしな動きはしないように。

 これは我が国の王太子殿下も納得されてのことです。

 だから絶対に騒がぬ様に」


 厳しい声でマリスが言ったので、ティーガーも固い表情を崩さず従った。

 すぐに馬車が用意され、まずはマリスと、既にフラフラになっているセオドアがマリスに押し込まれるように馬車に乗り込んだ。

 即座にマリスは馬車から出て来る。


 次はゴルドが乗る番だ。

 マリスは馬車の乗り口のすぐ側で、ゴルドが子供を抱えたまま乗り込むのを凝視していた。


 そして。


 ゴルドが、痛む腕を押さえて苦悶しているセオドアにナイフを突きつけてから、子供を扉のところに立たせ、その背を蹴った。

 人質だった子供は、馬車から空中に放られ、待ち受けていたマリスの胸に飛び込んだ。


 子供が助かった!


 本当に、なんと言うことだろう。

 ゼントラン王国のセオドアと言う人は、尊き王太子殿下という御身にありながら、この身分も地位も無いだろう、まだ小さな子供を、国の為に何の役にも立っていないただの子供を救ったのだ。

 しかも自分の身を犠牲にしてだ。

 これは人格者などと言う言葉で表現してはいけないレベルだ。

 というより……

 王太子殿下! 無謀過ぎる! 王太子殿下っ! 


 と。


 皆が俄かに正気を取り戻したかと思った瞬間。


 バガターンンッ!


 と、まだ動き出していない馬車の扉から、白っぽい何かの塊が、噴き出してきた。


 すかさずマリスが動く。

 その塊に近付いて、そして、何度目になるか分からないくらい捻り上げた腕を、ゴルドの腕を、今再び、掴んだ。


「ぎゃあぁあぁぁぁぁっっっ……」


 生ける拷問に腕を掴まれたゴルドは何かの痛みを感じる前に恐怖で失神した。

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